バランスの取り方が、自分らしさ

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―三宅さんの読書に対するポリシーがあれば、教えていただきたいです。

三宅:人とは違う解釈をするのが文芸評論家としての自分の役割だと思うので、みんなと同じ解釈で読んでしまったら、とくに商品化する必要はないわけです。なので、どういう解説や切り口であれば興味を持ってもらえるだろう、というのを常に考えながら読んでいます。

小説って伝えたいメッセージを直接的に言葉にはしないじゃないですか。難しい言い方をすると「メタファーを通して伝える」。主人公の行動だったり、状況だったり、いろいろな隠され方をしている。その隠されたものを自分がどう読んだのかというのが「自分なりの解釈」になるんだと思います。

―なるほど……なにか具体的な例はありますか?

三宅:うーん、たとえば、夏目漱石の『門』。主人公が歯医者の待合室で自己啓発系の雑誌を見かけるシーンがあります。そこで彼は「こんな雑誌を読む人なんているんだな」と白けた顔をします。ふつうに読んでいたら、ただ青年が雑誌を一瞥するだけの場面。

だけど、『門』の主人公が全編を通して、当時でいうダメな高等遊民という感じで描かれていることを踏まえてこの待合室のシーンを読むと、「当時、彼のような社会的階級が高い人たちに、ある種の傲慢さが蔓延していたのではないか」と解釈できるんですね。

……というのも当時、労働者階級にとって自己啓発雑誌は、自分も成功できるかもという夢を見させてくれる、大きな意味を持つ存在でした。一方で、インテリ層だった主人公の目にはその雑誌がひややかに映っているわけです。ちょっとした振る舞いの中にも、夏目漱石は当時あった階級格差を忍ばせていた、と読み解けるわけです。

―確かに、ただ読んでしまうと「主人公が雑誌に一瞥をくれた」としか感じないかも。

三宅:そうです。これって、こういう解釈ができるのではないかと言われてみて、違う切り口で読んでみて初めてわかる部分だと思っています。なので、「こういう読み方なら商品にできるんじゃないかな」という切り口を常に意識している感じですかね。

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―そうなると背景の知識がすごく大切になってきますが、そのためにまた読書をして深掘りして、という感じでしょうか。

三宅:もちろん読書を重ねるのも大事ですけど、それだけでもないですよ。

たとえば海外旅行に行けば、その国の小説との距離が縮まるような気がします。小説に登場した観光地や施設を訪れて、現地で案内を見たり聞いたりすると「あの小説に描かれていることって、実はこういうことだったんだな、こういう背景があったんだな」というのが後々になって深く理解できたり。そういう繋がりって本の中だけではなくて、じつはいろいろなところに、たくさんあると思います。

―お話を聞いていて三宅さんの読書は、「本を読む」というよりも、その周辺も含めて「本を味わう」という表現に近い気がしました。これはひとつ、三宅さんの“自分らしい読書”の方法なのかなと思います。では、さらに範囲を広げて、三宅さんの「自分らしく生きる」とはどのような生き方でしょうか?
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三宅:「好きなことを、バランスよくできていること」でしょうか。

好きなことを仕事にできたとしても、体調を崩すほど無理をしなければいけないとか、どうしても働き方が自分に合っていないとか、そういう状況だったらバランスは取れていない。バランスを取りながら好きなことが続けられるというのが、いちばん自分らしい状態なんじゃないかなと思います。

私にとって好きなことは、「読んで書くこと」。でも好きなことを続けるためにはそれ以外のこともしなきゃいけないですし、そのバランスの取り方はいつも難しいなぁと感じます。

―三宅さんにとっての「それ以外のこと」とは?

三宅:それこそ、こうやって取材をお受けしたり、人前でお話ししたりという「しゃべる系」のお仕事ですかね。実はそんなに得意じゃなくて。人と知り合うこと、飲み会に行くこともそうです。

―好きなこと以外でやらなければいけないことがあるときは、どんな姿勢で臨みますか。

三宅:先ほど「将来の不安と引き換えに、いまの『楽しい』を選び取ってる」とお話しましたが、同時に「好きなことや得意なことだけをやっていると、未来を食い潰すことになる」とも思っています。

たとえば、好きなことだけではお金にならないとしたら、将来が不安なだけでなく、いつかその好きなことも続けられなくなるかもしれない。だけど、好きなことをしつつも、副業などほかに貯金ができるくらい収入があれば、将来の可能性は広がりますよね。好きを活かしたキャリアの選択肢も増えると思います。とくに目標があるなら、長い目で見ると目標に近づくために得意ではないこともやらなきゃいけない、やっておいた方がいい、という場合って多いんじゃないでしょうか。

苦手なこと、得意じゃないことも「将来の可能性を広げるためにやっているのだ」とわりきってできたらいいのかも。ただ、そこで大事になってくるのがバランスですし、バランスの取り方は人それぞれなのかな、と思います。

―目標という言葉が出てきました。三宅さんにとっての、いまの目標や夢を教えてください。

三宅:いまの私の目標は、「書店に来る方を一人でも増やしたい」ですね。

私自身、書店で本に出会って買うのがすごく好きだし、そういう機会もすごく多い。でも最近は、電子書籍やネット販売が普及して書店自体がどんどん減っているので、それを食い止めたいという思いがあります。

書店に行くと、いろいろなことがわかります。流行しているもの、いまみんなが惹かれる言葉、自分がじつは読みたかったテーマ……新しい気づきや、自分の思考の幅を広げるためにも、ぜひ多くの方に書店に足を運んでもらいたい。いまは「本を読む」「書店に行く」「テキストを読む」ことのハードルが高くなってしまっていると思うので、書店に行く楽しさをもっと発信できたらいいなと考えています。

「読んで書く」を続けながら、その目標に近づきたい。ただテキストの発信だけだと限界があるので、テキスト以外の発信をしたいとも思っているのですが……いかんせん苦手分野なので、やっぱりそのバランスをとるのって難しいですよね。今後も模索し続けていくんだろうな。

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画像: 文芸評論家・三宅香帆さんが選び取った“本に狂わされた人生”の楽しさとは

三宅香帆

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。

執筆:郡司しう 撮影:大嶋千尋

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