「私の生き方は不安定です」。そう口にする人の表情を想像してみる。下を向いているのではないだろうか?はたまた、涙をこぼしているのでは?

だが今、目の前にいるその人は、確かなまなざしでその言葉を紡ぎ「不安定なほうが、おもしろいものが見つかるんです」と微笑む。今回のミモザなひと、曽根千智さんだ。

ドラマトゥルク・演出家・リサーチャーなど、演劇に関わる様々な役割で活躍する彼女。ある時には自分が中心となり、またある時には他の作り手の傍らで活動を支える姿は、一見すると”演劇に魅せられてキャリアを歩んできた人”のよう。

しかし曽根さんは「演劇自体をやりたいわけではない。そのとき考えたいテーマを探求する“手段”のひとつなんです」と語る。彼女を突き動かす探求心と、不安定を保つ生き方のつながりを紐解いてみよう。


ドラマトゥルクは不安定さを肯定する仕事

画像: ドラマトゥルクは不安定さを肯定する仕事
―演劇を中心に、舞台芸術に幅広く関わる曽根さん。特に「ドラマトゥルク」というお仕事は初めて聞きました。

曽根:日本ではまだ馴染みがない仕事ですよね。ドラマトゥルクとは、舞台作品を作るときに作り手の傍らで客観的な視点を提供する役割のことです。

作品を完成させるには、脚本・演出・俳優の動きなど、数多くのことを検討して決める必要があります。……が、「とりあえず決めてしまおう」と、ひとつのアイデアだけを頼りに突っ走ってしまうことも。そんなときに「もう一回考えてみよう」とストップをかけて、対話の場を設けたり、他の選択肢を並べてみたりして、作品のために作り手がよりよい意志決定ができるようにする。それが私の役目です。

―具体的にどのような視点を提供するのでしょうか?

曽根:専門分野の研究者などがドラマトゥルクとして参加して知識を活かすことが多いですが、私は研究者ではないので、これまでの作品作りの経験を活かしています。現場目線で意見を伝え、作り手側での決定が固まる前に選択肢を増やそうと働きかけるという感じですね。例えばセリフひとつ取っても、俳優が言うのか、映像で流すのか、ボイスレコーダーに録音したものを流すのかなど、多くのやり方が考えられます。他にも、何を表現したいかゴールが定まっていない時点で一緒に街を歩いてみたり、そこで感じたことをもとに考え直してみたり……アイデアがひとつに閉じていきそうなときに、もう一度開いてさらに広げていくイメージです。

また、どんなテーマでも観客に観てもらう表現を想定したときに社会的に配慮が必要な場面はたくさんあります。作り手だけの視点で気がつく範囲は限界があるし、ともすると不適切な表現をしてしまうことも起こりえる。ドラマトゥルクがいれば必ず防げるとは言えないかもしれませんが、少なくとも異なる立場で作品を見ることで、無自覚のうちに誰かを傷付けてしまうことを防ぎたいと思っています。

―外からの視点の大切さを感じます。

曽根:そうですね。作り手だけでは“もう一度検討する”という行動は生まれにくいと思います。しかも演劇においては、演出家や劇作家などの発言が自然と力を持って、その方向に進んでいくことが多い。そこにドラマトゥルクが入り、フラットな対話の場を作ることで、作品検討の幅を広げることができるんです。特に大きな座組になるほどヒエラルキーができやすく、ドラマトゥルクが重要な役割になると思っています。

私はドラマトゥルクって「不安定さを肯定して持ち続ける仕事」だと思っていて。なかなか決まらない/決められない不安定さを保つからこそ、作品やそれを取り巻く環境についてより深く考えて表現できるのではないかと。

―とはいえ、決まりかけているものを引き戻すのは勇気が必要になりますね。

曽根:だからこそ、自分の提案が「その視点もあるね」という発見につながったときは、ドラマトゥルクとしてのやりがいを感じます。自分と他の人が似た気持ちを抱いていると気づくことや、同じ体験を共有できることって奇跡的なことです。だからこそ、自分がそのトリガーになったときは嬉しいですね。

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