「駐在帯同はキャリアのブランディング期間」――そんなキーメッセージを掲げ、“駐在妻"のキャリア支援をしている「CAREER MARK」。共同代表のひとりである鎌田薫さんは、夫のロンドン駐在に帯同したとき、「『私のキャリアはおしまいだ』『働くことが生きがいだったのに、働いていない私にはもう価値がない』」と苦しんだといいます。そして、その経験が事業立ち上げのきっかけになりました。

「またいつかあのころのように働きたい」と願いながら海外で生活する駐在帯同者に、強みを活かして自分らしい人生を歩むためのサポートを続ける鎌田さん。「私がやらなくては」と決意し、CAREER MARKを立ち上げるまでの経緯や、彼女が感じる「駐在妻×キャリア」の課題、今後目指していきたい社会の在り方について伺いました。
※パートナーの海外赴任や海外留学に帯同する女性たちのこと。多くは、渡航先のVISAの条件やパートナーの会社のルールにより仕事を辞めて配偶者として同行するケースが一般的。


「もう私のキャリアはおしまいだ」と思った

画像: 「もう私のキャリアはおしまいだ」と思った
――まずは、駐在帯同が決まったときのことを聞かせてください。お話を聞いて、鎌田さんはどんなことを感じましたか?

鎌田:夫からロンドン駐在を告げられたのは、私が第一子の育休に入って半年ほど経ったときのことでした。そのときとっさに浮かんだのは「もうおしまいだ」「キャリアウーマンには戻れない」という、ネガティブな思い。そもそも、育休を取るのすらためらいを覚えるほど、働くことが大好きだったんです。自分にしかできない仕事で世の中に貢献していくことに、本当にやりがいを感じていました。

当時勤めていた会社も「仕事は、復帰してからでもたくさんできるよ。いまは子育てをしておいで!」と温かく送り出してくれて。子育てと仕事を両立しているロールモデルもたくさんいたから、育休に入ったんです。それなのに、突然の海外転勤。夫に帯同して何年も海外に行くなら、退職するしかない……。そこで私のキャリアは終わりだと感じました。

――駐在中はキャリアをお休みしてまた働きはじめる、という選択肢は考えなかったのでしょうか。

鎌田:「仕事とはやり続けるもの。働き続けたいならブランクを作ってはいけない」と思い込んでいたんです。どんなにやる気があっても離職期間を作ったら、もう戻れないように感じてました。こんなふうに“辞めざるを得ない人”がいるということも、自分がその立場になるまではリアルに想像できていなかったですね。

ただ、海外生活そのものには前向きでした。ロンドンはもともと暮らしてみたかった街だし、海外に住むチャンスなんてそうそうない。私の人生になかった道が夫との生活によって与えられたんだから、よし、ここは行ってみよう!と。なんだかんだで、どんな状況でもプラスにとらえるタイプではあるんです(笑)

――とはいっても、お仕事に強く未練があったのにそこまで切り替えられるのはすごいです。

鎌田:育休中だったのもよかったですね。プロジェクトなどを抱えて目一杯仕事をしている最中に言われたら、「数年のことだし、夫一人で行ってもらって、私はワンオペで働きながら待っていることはできないか」と考えたかもしれません。


家にこもって塞ぎ込む日々から、仕事の楽しさを再認識するまで

画像: 家にこもって塞ぎ込む日々から、仕事の楽しさを再認識するまで
――赤ちゃんを連れて渡ったロンドン。生活をはじめてみて、いかがでしたか?

鎌田:行く前までになんとかポジティブな気持ちになれましたが、行ってみると、やはりいろんな現実が待っていました。仲の良い友人もいないし、家にこもってずっと子育てをする毎日。SNSで、かつての同僚や友人たちが仕事で活躍しているのを見ると「私もあっち側にいたのに……」と焦り、悲しくなって。慣れない土地で、衣食住を整えるだけでも精いっぱいだったため、余計に「いままでは仕事を通して組織や社会の役に立てていたのに、いまの私は……」と感じてしまったんです。

「いま私がいなくなっても困るのは子どもと夫だけだ」「帯同がなければいまも大好きな仕事ができていたのに」と、塞ぎ込んで泣いたこともありました。まさに“アイデンティティークライシス(自己喪失)”だったのだと思います。

しかも当時の私には、そんな気持ちを分かちあえる仲間がいなかった。駐在妻コミュニティを通じて、知り合いはできたけれど、仕事や生き方への想いは人それぞれだし、誰に何をどこまで正直に話していいのかわからなかったのですよね。

――打ち明けられる仲間がいないなかで、どんなふうにその気持ちと向き合っていたんですか?

鎌田:「このモヤモヤをどうにか外に出さなくちゃ」と思って、気持ちをノートに書きなぐってみたり……いま思えば、海外生活は日本語の情報がなかなか入ってこないので、日本にいるときほど外の情報を積極的につかもうとはしていませんでした。だからこそ内省し、自己理解を深めるのにもってこいの期間だったなと思います。そのおかげもあって、「自分は社会に何かしら貢献していないとだめなんだ」ということを改めて知ることができました。

そんななか、ママが輝くための活動を支援する「Himemama(ヒメママ)」という日本のコミュニティの代表から「ロンドン支部をつくってほしい」とご連絡をいただいたんです。それをきっかけに、駐在妻だけでなく永住している方にも声をかけて、少しずつ周囲との交流の輪を広げていきました。「“自分”を軸として、いろんなことを話せる場」がつくれたら素敵だなと思って。

――Himemama Londonでは、どんな活動をなさっていたんですか?

鎌田:海外で学んだことをアウトプットする交流会や、これまでの経験をシェアしてお互いに学びを深めるイベントなどを開催していました。そのうちに現地の企業が興味を持ってくれて、コラボする機会なんかも出てくると、だんだん仕事のような空気も帯びてきて……「あぁ、これこれ、この感覚だ」と。「やっぱり私はこうやって働きたい。自分のアクションで誰かに貢献したい」と感じるようになったんです。また、この活動の中で本帰国後にともにCAREER MARKを運営していくことになる方との出会いもありました。

Himemama Londonを起点に人と人とがつながり、それぞれの人生を活性化させていく過程は、私自身の支えにもなりましたね。キャリアセミナー参加者を募集したときはあっという間に満席になり、「私と同じようにキャリアの悩みを抱えている駐在妻がたくさんいたんだ!」と感じました。セミナーをきっかけに現地で働き始める人や、自分の人生を前進させる人が多くて感激したし、あの時間は、私自身が“人に貢献できる喜び”を思い出していくプロセスだったようにも思います。

日本へ帰国。立ちはだかった、キャリア再スタートの壁

画像: 日本へ帰国。立ちはだかった、キャリア再スタートの壁
――Himemama Londonが軌道に乗った良いタイミングで、鎌田さんは帰国することになったそうですね。仕事の楽しさをふたたび味わって、帰国後は何をしようと思っていましたか?

鎌田:帰国時はちょうど第二子を妊娠していてお腹が大きい状態だったので、自分のペースで働ける仕事を探すつもりでした。でも、駐在妻は帰国後も働いていない人が多かったし、まだ「ブランクがあるから会社員は無理だろう」という思い込みも残っていて、何をどうすればいいのかは分かっていなかったんです。

同時に「帯同したからといって、どうしてキャリアの再スタートにこれほど高い壁があるの?」と、やりきれない気持ちになり……。しかも、同じような悩みを抱えた駐在妻たちが、続々と帰国してくるわけです。

そこで、私たちのキャリアを再び築くために、「世界の駐在妻がキャリアに困ることがなくなる仕組みができないだろうか」と考え始めました。社会の仕組みを変えなきゃいけないと思ったんです。

――改めて「駐在妻のセカンドキャリア」という課題を見つめた鎌田さん。その後はどのような動きをしていったのでしょうか。

鎌田:駐在帯同でロンドンにいる頃から、大学時代からの友人である三好怜子さん(株式会社ノヴィータ代表取締役社長兼現CAREER MARK共同代表)に、帰国後のキャリアへの悩みや「駐在妻は優秀な人材が多いのに、みんな働くきっかけをなくしていてもったいない」ということをよく話していました。彼女は自身の会社が運営するメディアをとおして、働く女性のエンパワーメントに取り組んでおり、こういった話にも興味を持ってくれていて。帰国後、あらためてこの想いを話したところ、「そうだよね、働きたいのに働けない有能な女性がいるのは本当にもったいない。まずは一緒にプロジェクトからスタートしてみよう」と、背中を押してくれたんです。


いまの仕事で、かつての自分自身も救われている

――その後、2018年にはCAREER MARKの前身となる「駐在妻キャリア支援プロジェクト」を立ち上げ。具体的にどのような活動をなさっていたのでしょうか。

鎌田:まずはプロジェクト立ち上げメンバー集めからスタートしました。「駐在妻のキャリアブランクへの悩みを解決したい」という思いに共感をしてくれた方や、実際に駐在帯同で再就職の壁を経験した方などが参画してくれて。その後も元駐在妻の参加が次々と決まり、キャリアセミナー開催という形から歩み始めました。

はじめに生まれたサービスが、帰国後キャリアセミナーです。キャリア=仕事だけではないということや、帯同期間を「ブランク」ではなく「新たな経験を積む価値ある期間」ととらえ直すこと、これまでのキャリアと海外生活での経験を棚卸し、掛け合わせ、ビジネスの現場でどう活かしていくかなどを一緒に考えていきました。

ここでは、私の実体験も十分活かせました。たとえば、適応力やチャレンジ精神、マルチタスクをこなす業務遂行力って、どんな仕事をしていくうえでも土台となるポータブルスキルだと思いませんか? 環境ががらりと変わる海外で、生活を立ち上げる帯同期間では、そうしたスキルが自然と磨かれるんです。日常のハプニングはたくさん経験しているのに、それを仕事に置き換えられていないだけ。だから、自分が新たに得たスキルはどんなものだろうと振り返りながら、それを企業にどうやってアピールするかまで一緒に検討します。

このプロジェクトでともに走る日々を過ごすなか、三好さんが「海外で鍛えられた鎌田さん自身が日本で働いていたときよりもレベルアップしているはず」と、彼女の企業が運営するウェブメディアの編集長に私をアサインしてくれ、これもまたいい経験になりました。

当時、幼稚園に子どもを通わせていたため、14時には子どもが帰宅。働ける時間は短く、一般企業で責任のある仕事に採用されるのは難しい状況でした。それにもかかわらず大役を任せてくれたのは、本当にうれしかったですね。三好さんからは「あなたが編集長のポストをやり遂げることができたら、幼稚園ママにとっても励みになる」という言葉までもらいました。

――育児や介護で仕事の最前線を離れた方にとっても、きっと同じことが言えますよね。駐在妻だけでなく、すべての働きたい方にとって大きな意義のある活動だなと感じます。

鎌田:そうなんですよね。キャリアセミナー以外にも、海外での日常生活で得た経験を、どうビジネスに活かせるかという視点で、帯同生活の振り返りを行うワークショップも企画し、とらえ直してみることを大切にしてきました。そんな活動を通じて発信を重ねる中で、企業向けの人材紹介の機会にも繋がりました。

とある国際機関が「大切なポストで人を探しているが、なかなかいい応募がない」と困っているのを聞き、マレーシア帰りの駐在妻をご紹介したら、リファレンスの質の高さに感銘をうけ、すんなり採用を決めてくれたのです。これは社会にとって本当に役立つ事業になると、強く手ごたえを感じ、事業化を加速させました。

画像: いまの仕事で、かつての自分自身も救われている
――そして2020年には、ついに事業化を果たされ「CAREER MARK」が誕生しています。

鎌田:はい。事業化したあとは『人材紹介サービスの見える化』を目指し、1on1や会員登録機能、求人情報を含めたメルマガ配信といった駐在妻との新たなタッチポイントをリリース。また、帯同前や帯同中の駐在妻に向けてのセミナーも新たに生み出しました。行くかどうかを悩む方もいる「帯同前」には、帯同で得られる経験や帰国後のキャリアの立ち上げ方などを伝えて、モヤモヤした気持ちを解消するお手伝いをします。 

「帯同中」の方々にはキャリアセミナーのほか、CAREER MARKのインターンでともに活動をしてもらっています。とくに、このインターン制度はWin-Winでしたね。駐在妻は現地の生活と並行しながらビジネス経験を積めるし、私たちはユーザーの視点から事業のブラッシュアップ案をもらえました。これまでに、延べ30名以上の方々がインターンとして活躍してくれています。

現地にいて何も仕事をしていないとき、私は本当につらかったので、CAREER MARKを社会とつながる機会にしてもらえることに喜びを感じますね。

――鎌田さんご自身は、事業のどこにやりがいを感じていますか?

鎌田:登録いただいている駐在妻の方と企業をマッチングできた瞬間が最高なんです!

その人の強みを活かし、自分らしい人生を進むためのお手伝いをする。「CAREERMARKが、駐在妻を経験した方の人生を充実させるきっかけになっている」という実感も出てきました。

何より、かつて「ブランクができたらもう働けない」と思い込んでいた自分自身が、救われているんです。帯同したからって、キャリアを諦めなくていい。いまでは、帯同したからこそ、人生をより豊かにできたと心から思えます。

私自身、2022年から二度目のロンドン駐在帯同に入っていますが、この出国のときはもう不安はありませんでした。

―― 一度目の帯同でとてもつらい思いをしたのに、二度目は不安なく行けたということが、CAREER MARKの価値や鎌田さんの前進を感じさせます。

鎌田:ありがとうございます(笑)。一度目に帰国するとき、いずれまたロンドンに戻りたいと思ったんです。人との触れ合いや景色、何気ないロンドンの日常が大好きで、夫とも「必ずこの大好きな街に戻ってこよう」と誓っていました。

だから今度は心置きなく行けるよう、CAREER MARKの事業を世界のどこからでも継続できるような、すべてリモートで対応可能な仕組みに作っていったんです。私自身が再び駐在妻としてロンドンから事業に取り組むことで、世界の駐在妻のキャリアの悩みにより触れられるのでは……という想いもあります。


「夫婦がともにキャリアを重ねられる社会」を目指して

画像1: 「夫婦がともにキャリアを重ねられる社会」を目指して
――駐在妻のキャリアを取り巻く環境は、この数年で変化してきていますか?

鎌田:大きく変わったと感じますね。コロナ禍によってリモートワークが浸透したので、海外から日本の仕事ができるケースは増えてきています。その反面、海外だとセキュリティや税制の問題があり、それまで勤めていた会社を離れざるを得ないケースはなかなか減りません。滞在国の就労ビザや、パートナーの勤め先に「帯同する妻が働くなら補助を打ち切る」というルールがある……といった課題もあります。

――「駐在する夫を、帯同する妻がサポートするべき」という旧態依然の考え方ですね。

鎌田:残念ながら、そういったジェンダーギャップはまだ残っています。ですが、最近は海外転勤する妻に帯同する夫の存在も少しずつ増えてきていますね。

抱える悩みや必要なサポートに、性別の垣根はありません。「世界中日本中どこにいても、夫婦がともにキャリアを重ねていける社会」を目指すため、今年3月には任意団体「Dual Career Anywhere」も立ち上げました。駐在妻に対する支援はある程度かたちが見えてきたので、ここからは企業側へのサポートにも力を入れていきたいです。

パートナーが国内外転勤をしても、リモート体制を整えたり、税金のルールを解決したりして「優秀な人材のキャリアを継続させること」ができている企業や、海外にいる人材をリモートで雇うことに成功している企業に取材をして、企業側の課題解決方法を探り、情報発信していくつもりです。

――外部の制約にとらわれず、誰もが望むようにキャリアを重ねていける社会……とても素敵ですね。最後に、鎌田さんご自身の働き方をどうしていきたいかも聞かせてください。

鎌田:いまはCAREER MARKのキーメッセージ「駐在帯同はキャリアのブランディング期間」にあるように、海外だから経験できることや繋がる出会いを大切にしながら、とてもやりがいのある仕事に取り組めています。

仲間が世界中に点在しているので、24時間いつも誰かがコアタイムなんですよね。だからこそ、事業をどんどん進めていける感覚も楽しいです。ジレンマは、仕事が楽しすぎていつまでも働きたくなってしまうこと(笑)

でも、せっかく大好きなロンドンに戻ってこられたのだから、家族といっしょに過ごす時間ももっともっと大切にしていきたいですね。

画像2: 「夫婦がともにキャリアを重ねられる社会」を目指して

※取材はロンドンと東京をオンラインでつないで行いました。お写真はご本人より提供いただいたものです

画像: 「海外駐在に帯同するからって、自分のキャリアを諦めなくていい」自らの葛藤を経て、“駐在妻”キャリア支援の道へ――鎌田薫さん
鎌田薫
新卒で生命保険会社に総合職として就職、リクルート等の異業種への転職を経験しながら営業・新規事業立ち上げ・人事など様々なキャリアを積む。第一子育休復帰直前にパートナーの海外駐在が決定し、離職してロンドンへ。在英日本人コミュニティの立ち上げと運営に携わりコーチング資格を取得。本帰国し第二子を出産後、駐妻キャリア支援プロジェクトを立ち上げ、運営メンバーと共に2020年にCAREER MARKとして事業化し、共同代表を務める。2023年には新たに「世界中・日本中、どこにいても夫婦が共にキャリアを重ねていける社会」を目指して活動する『Dual CareerAnywhere』を立ち上げた。現在もロンドンを拠点に活動。
https://careermark.net/

取材・執筆:菅原 さくら
編集:山口 真央

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