2021年に行われた東京オリンピックの女子陸上100mハードルにて、日本人として21年ぶりに準決勝まで進出した寺田明日香選手をご存じだろうか。

彼女には、陸上短距離選手を引退して大学に進学、結婚・出産を経験し、「もう一度オリンピックを目指そう」とラグビー選手へ転向した過去がある。そののちに陸上選手に復帰し、2019年には、「ママ・アスリート」として女子100mハードルで当時の日本記録を樹立。2021年には念願の東京オリンピックに出場を果たすなど、輝かしい成績を残している現役のトップアスリートだ。

そんな寺田選手が、アスリートとして、母として、自分らしく生きるために心がけていることはあるのだろうか。「多くのターニングポイントがあった」という半生に迫る。

「走ることって楽しい!」と知った小学生時代

画像: 「走ることって楽しい!」と知った小学生時代
―寺田さんが陸上をはじめたきっかけは「走って活躍する姿を、おばあちゃんに見せたい」という想いからだったと伺いました。

寺田:はい(笑)。陸上競技を始めたのは小学4年生からです。学生時代に陸上部だった両親と、母方の祖母の勧めで、札幌市の大会に申し込んだのがきっかけでした。両親や祖母は、私が走る姿を見て心から応援してくれましたし、喜んでくれるのが本当に嬉しかったことを覚えています。

そんな些細な事をきっかけに、大会に出場するようになりましたが、学年を重ねるうちに東京で開催される全国大会にも出場できることになったんです。100メートルで全国2位という成績も残せました。そこから本格的に陸上競技の道へ進みました。

中学でも陸上部に所属したのですが、小学生のころとは違って全然結果を残せなくて。高校進学時には陸上をやめることも考えたんです。でも3年生の頃、後に進学する高校の先生と会話したことをきっかけに、高校でも陸上部に所属することに。地道な練習が実ったのか、高校から始めた100mハードルでインターハイを3連覇しました。その後は実業団選手として活動して、日本選手権でも3連覇、世界陸上にも出場することができました。


女性アスリートの「三主徴」にぶつかった20代

―2013年、23歳の時に一度陸上選手を引退されています。「まだ早すぎる」という印象もありますが、なぜ20代前半での引退を決めたのでしょうか?

寺田:それまでは意識しなくても調子良く動けていた自分の身体が、20歳を超えたぐらいから急激に変化していったんです。女性の身体って、年齢を重ねるとどんどん変わっていきますよね。アスリートだからこそ、その変化を敏感に感じてしまったのかもしれません。

練習でも試合でも自分の身体を思うように動かせなくなって、「自分でどうにかしなくちゃいけない」と深く考えすぎてしまって。焦りからか、コーチとも衝突するようになりました。

最終的に身体の不調が進み、女性アスリートが気をつけなくてはならない「女性アスリートの三主徴(エネルギー不足・無月経・骨粗しょう症)」を全部満たしてしまったという…。そんな状態の中で、ずっと目標にしていたロンドンオリンピック出場を逃してしまい、まさにどん底でした。

これからどうしようかと悩みましたが、かつての私が選ばなかった、「大学で学んでみたい」という気持ちもあったし、アスリートとしてではなく企業で働いてみたいという思いも重なって、「切り替えるなら早い方がいい」と、引退を決めたんです。


大学進学と結婚・出産を経て、新しい世界への挑戦

―陸上選手を引退して、全く新しい環境での再スタート。この時ご結婚と出産もご経験されています。

寺田:はい。念願だった大学に進学し、同時期に結婚、在学中に出産まで経験しました。大学は通信課程に在籍していたのですが、以前から興味があった子どもの発達や発育、教育などについて、研究室にも入って学びました。アスリート時代とは全く違う世界が広がって、すごく新鮮で!

大学と並行して、スポーツ系Webメディアでのインターンで、ライター業も経験しているんです。妊娠が分かってからは自分自身の体調と仕事のバランスを考えて、知り合いの事務所で経理として働いていた時期もありました。今考えると、「アスリートとはまったく違う道に進んでみたい」という自分の意志をしっかり叶えていますね(笑)。

―しっかりと目標を切り替えて、次の夢に向かっていく寺田さん。2016年には、7人制ラグビーに転向して、アスリートとしての活動を再開されていますよね。なぜ全く違う競技でアスリートとして再スタートを切ったのでしょうか?

寺田:実は、陸上競技を引退する時にも「ラグビーで東京オリンピックを目指さないか」と声をかけていただきました。でもその時は、大学に通ったり、社会で働いたり、「新しい世界を見てみたい」という気持ちが強くてお断りしたんです。

社会人として働く中で、数年後に別の方からもお声がけをいただいて。その時には「アスリートをやめた今でも声をかけてもらえるなんて、恵まれているのかも」と思えるようになっていました。

日本では、アスリートとして活動できる時間って、特に女性は本当に短いんです。スポーツは、結果はもちろんですが、努力する過程で得られるものがすごく大きい。

「あの時もう一度アスリートに戻っていればよかった」と後悔したくなかったし、「今やってみたいと思えることには挑戦してみよう」と、自分の気持ちに素直に向き合った末の決断でした。


再び始まったアスリートの道。ラグビーを通じて学んだ「人に頼るということ」

画像: 再び始まったアスリートの道。ラグビーを通じて学んだ「人に頼るということ」
―陸上競技は個人種目が多いですが、一方でラグビーはチーム競技です。チーム競技への転向を通じて得られたものはありますか?

寺田:たくさんありますよ! 中でも一番大きいのは「人に頼っていいんだ」ということです。

陸上選手時代は、個人競技なので「自分が全て完璧にこなさなきゃいけない」と思いこんでいたんですよね。大会では自分の目の前のレーンに全神経を集中しますし、孤独です。でも、チームスポーツ、かつポジション制のラグビーは全然違いました。まず、試合中でも練習中でもめちゃくちゃしゃべるんです(笑)。おしゃべりというわけではなくて、サインを常に出し合うというか。今まで経験したことがなかった「密にコミュニケーションを取り合うスポーツ」に驚きましたね。

ある時チームメンバーから、「明日香は走ってトライを決めることが仕事。得意なことに集中してくれればいいから。それ以外のことは私たちの役目だよ」と言ってもらえて、「ああ、苦手なことは任せてもいいんだ。それがチームなんだな」と。肩の荷がすっと降りた瞬間でした。

スポーツに限らず、「相手を信頼して任せる」。そんな考え方って素敵だなと感じましたし、私も任せてもらえた仕事をしっかりこなしたいと思えました。「人に頼っていいんだ」と気付けたのは、私にとってすごく大きな発見だったんです。

―2018年にはラグビー選手を引退して、陸上競技に再復帰されています。そのきっかけはなんだったのでしょうか?

寺田:ラグビー選手時代、右足腓骨の骨折という初めての大怪我をしてしまったんです。

何か月も練習に参加できず、すごく焦りました。必死でリハビリをしてチームに復帰しましたが、思っていた以上にチームの動きについていけなくて。チームプレーだからこそ、事前に情報をもらっているだけでは対応できない部分が大きかったんですよね。

その時点で、2020年に予定されていた東京オリンピックまではあと1年半。

「これはたった1年半で挽回できるものではない」と感じて、ラグビーを離れることを考え始めました。

改めて、「ラグビーをやっていてなにが1番楽しかったんだろう」と振り返ってみると、やっぱり私は走ることが好きなんだなと思えたんです。「もう一度、陸上競技に戻るという選択肢もあるかもしれない」と考えて、悩んだ末に再復帰を決めました。

「一度引退したのに」「ラグビー選手になったのに」「母親なのに」……。

世間からネガティブな反応を受けるかもしれないと覚悟の上の決断でした。でも、「自分自身と周りの人が納得してくれるなら、私はきっと大丈夫だ」と心を決めました。


自分の気持ちに素直になること。答えはきっと「自分の中」にある

―お話を伺っていると、多くのターニングポイントにおいて、決断と切り替えがとても早いですよね

寺田:陸上競技への復帰を決めたときも、「どうしよう、どうしよう」と周りに相談はしてみるものの、自分の意思はもう決まっているんです。周りもみんな私のことを理解してくれているから、「いや、もう明日香の中では決まってるんでしょ!」と背中を押してくれて。だからこそ、私の判断も早かったのかもしれません。

それに、自分の気持ちとしっかり向き合ったことで、「どんな選択をしても、自分と周りの人たちが笑顔になれればいい」と思えるようになったのも大きかったです。

仮に世間からネガティブな反応があったとしても、自分の周りの人たちが応援してくれたらそれで十分だなって。ネガティブにあれこれ考えすぎるのではなく、シンプルに考えるのが私の強みなのかもしれません。


アスリートとしての再スタート時に立ちはだかった「保育園問題」

画像: アスリートとしての再スタート時に立ちはだかった「保育園問題」
―アスリートと子育ての両立で悩んだことはありましたか?

寺田:もう本当に、「保育園探し」では苦労しました……。

ラグビー選手になった時、娘はまだ2歳。それまでは自宅で子どもと向き合っていられましたが、ラグビー選手になるからにはそうはいかない。保育園に預けなければと「保活」を始めたんですが、2歳から受け入れてくれる保育園がまったく見つからなくて。

それでも始まってしまったアスリート生活。保育園が見つかるまでは夫と義母に頼り切りでした。とにかく「申し訳ない」という気持ちでいっぱいになって、私の心が折れてしまいそうでした。でも、夫も義母もアスリートとしての私の挑戦を心から応援してくれていることもわかっている。

家族みんなで話し合い、「罪悪感を持つくらいならプロの力を借りよう」と、ベビーシッターなどのサービスを利用することを考え始めた矢先、講演先(後の所属企業)の社内保育園に入園できることが決まりました。そこでやっと気持ちがラクになりましたが、「保活」は想像以上に大変で、とても苦しかったです。

娘との大切な「お風呂タイム」で気持ちを切り替える

―アスリートとして、母としての顔を持つ寺田さん。娘さんとの時間はどのように過ごしていますか?

寺田:子育て中のパパ・ママさんはわかってくれると思うんですが、午前から午後にかけて練習をして、夕方に帰ってきて、ご飯を作って家族と一緒に食べる……、とにかく一日があっという間に過ぎていきます。

だからこそ、「娘との会話の時間を持つこと」を大切にしています。一緒にお風呂に入りながら、その日に娘がどんな一日を過ごしたのか聞くんです。

「今日はどんな一日だった?」「楽しかったことは?」「じゃあ、いやだったことは?」……。

娘との会話を通して、娘の一日を一緒に体験しているような気持ちになれる。娘の考え方が日々成長していくことに驚かされますし、母親として、とても楽しくて幸せな時間です。

他にも、寝る前に一緒に本を読んだりして、限られた時間の中でも積極的に娘とコミュニケーションを取ることで、アスリートとしての私と、母としての私を切り替えているのかもしれません。

だから「アスリートの私」である練習の時は、とにかく自分のことだけに集中するんです。移動時間は自分のための自由時間と割り切って、本を読んだり、見られなかったドラマを見たり。メリハリをつけて気持ちを切り替えるようにしています。


出産や育児で、キャリアが途切れるのではなく『一回り進化した自分で生きていける』と思ってほしい

画像: 出産や育児で、キャリアが途切れるのではなく『一回り進化した自分で生きていける』と思ってほしい
―特に女性アスリートに対しては、出産や育児などのライフイベントとともに「現役引退」という言葉が突きつけられがちなのではないでしょうか。でも寺田さんは「アスリートであり、母」。前例が少ない道を進む原動力はどんなところから来ているのでしょうか?

寺田:キャリアって、誰のためでもなくその人自身のものだと思うんです。

アスリートに限らず、働いている方々が環境などの外的要因や、“こうあるべき”という他人の意見に左右されずに、仕事と出産・育児を両立できるような世の中になってほしいという思いが常にあります。

今はベビーシッターや一時保育など、さまざまなサービスがあるので、上手に使いながら、自分の世界も子どもの世界も広げていければいいですよね。

母親になると、「子どもを預けてまで目一杯働く必要ってあるのかな」と、時々迷ってしまうこともあると思うんですけど、私はお母さん自身の生き方やキャリアも大切にしてほしい。出産や育児を、「キャリアが途切れる節目」と考えずに、「一回り進化できるステップ」と考えて、新しい自分でこれからの人生を歩んでいけたら、とても素敵だと思うんです。

―「ママ・アスリート」として現役復帰して、陸上の日本記録まで叩き出した寺田さんがおっしゃると、言葉の重みが違います……!

寺田:ありがとうございます(笑)。海外の女性選手って、出産を経てからオリンピックでメダルを取ることも珍しくなかったりします。でも日本の選手がそれをやろうと思うとまだまだ難しいし、出産を経て現役復帰しようというアスリート自体がとても少ないですよね。

東京オリンピックも、日本人女性選手が300人近くいた中で、母親であるアスリートって、たった数人しかいないんです。それがいい、悪いじゃなくて、「お母さんでありながらアスリートをする」という選択肢もあるんだよということを体現していきたいんです。

「周りにロールモデルがいないのなら、自分がお手本になればいい」。そんな願いも込めて、私自身は「ママ・アスリート」のロールモデルになっていけたらいいなと思っています。


―最後に、今いる環境において、「生きづらさ」や「働きにくさ」を感じている方たち対して、寺田さんからメッセージをいただきたいです。

寺田:やはり、「自分らしくいること」が何より大事だと思うんです。

辛いときって、外的要因のことを考えがちですが、そんな時こそ自分の内面に向き合ってみてほしいです。どうしたら自分らしくいられるんだろう、自分にとって何が大事なんだろうと考えてみるんです。

そうすると、「自分のここが足りなかったな」と反省したり、「でもここはよくできたな」と安心できたり。逆にこれはモヤモヤしてるなという部分も出てくると思うんです。そうしたら、何にモヤモヤしているのかをどんどん深堀りしていく。

そうすると、自分のことをもっと知れるし、「自分らしくいること」に近づけると思います。

―ありがとうございました。これからのご活躍も楽しみにしています!



画像: トップアスリートとして、母として。寺田明日香さんが大切にする「笑顔になる決断」

寺田 明日香(てらだ・あすか)

北海道札幌市出身。小4で陸上を始め、5・6年で100m全国2位。100mハードルでインターハイ3連覇、日本選手権3連覇、世界陸上に出場するがケガ・摂食障害等から2013年に引退。進学・出産を経て、2016年に7人制ラグビーに転向し現役復帰。日本代表練習生として活動した後、2018年に陸上競技に復帰。翌年19年ぶりの日本新記録を出し世界陸上に出場した。2021年には日本記録を2度更新し、東京オリンピックに出場。日本人21年ぶりに準決勝に進出した。同年(株)BrighterHurdler、(一社)A-STARTを設立し、現役続行の傍ら次代の育成に取り組む。


取材・執筆:ねむみえり
編集:山口真央(ヒャクマンボルト)
写真:KEI KATO(ヒャクマンボルト)

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