武装して戦わなくていいと知った今、「働く=生きる」が心地いい

画像1: 武装して戦わなくていいと知った今、「働く=生きる」が心地いい
―新しい視点で伝統をつなぐ大西さん。今後実現したい未来について教えてください。

大西: 大西常商店を、扇子だけじゃなく京都の文化を広める会社にしたいんです。その代表として、京都の文化を“自分ごと”として誰よりも語れる人になりたいと思いますね。

今の京都って、有名な観光地に行くことや、高級なお宿に泊まることに光があたりがちやなと感じています。けれどここには土地に根付いた暮らしの文化があって、四季を楽しんで生きる魅力がある。ひとつひとつに理由があって、感性を豊かにしてくれる。投扇興 や茶席の体験を開いているのもその一環で。国内外問わずお客さんに面白がってもらって、体験として持ち帰ってもらえることを目指したいです。

※投扇興(とうせんきょう)は江戸時代に流行した遊び。桐箱の台に立てられた的に向かって扇子を投げ、その美しさで点数を競う。

―京都に根付いた文化を発信する……素敵です!一方で、大西さんは仕事とご自身の生活が密接につながっていることで苦しくなることはないですか?

大西:「働くこと=生きること」になってますよね。境目が曖昧というか。でも私はそれですごく生きやすくなりました。決まった時間通りに働くより、自分のやりたいようにできている感覚がある。

もうひとつ女将になって嬉しく思うのは、お客さんと仲良くなって、皆さんの郷里のお話を聞けること。自分たちの暮らしを知ってもらえて、私自身も新しい世界を知れる。私はそういう瞬間がとても幸せです。

SNSで日常を発信するようになってから、あるがままの自分も受け入れてもらえるんやって気づきました。自分を良く見せようと武装して戦う必要はない。伝統として大切にしたいものは守りつつ、そこに自分の個性を和えていいんですよね。おバカな姿をさらしている時が、自分の素に近くて一番好きかもしれません(笑)。嫌われることもあるけれど、好きでいてくれる人は好きでいてくれる。

自分らしく働いて生きるって、「素の自分」を認めて、「立場としての自分」とうまく和えて進んでいくこと……なのかなと思います。

画像2: 武装して戦わなくていいと知った今、「働く=生きる」が心地いい
―「素の自分」と「立場としての自分」を和える。どちらかになりきる必要はないんですね。

大西:「和える」という言葉は、実はお知り合いの企業さん・「和える」の代表さんから感銘を受けている部分があります。その方が「『和える』っていうのは『混ぜる』とは違って本来のもの同士のよさをそのまま生かして料理になる、ということを仰っていて。これに感銘を受けました。

昔は京都の老舗女将として完璧を求めていて、「ちゃんとやらなあかん」って気持ちが強かったかもしれない。私、やりたいことに対してはかなりストイックなところがあるんです。継ぐと決めたときに、洋服を捨てて毎日着物を着るとか……あるべき姿を描いて頑張って女将になろうとしてきた。

でも今は、あるべき姿を求めるより、自分らしく。すべてを完璧にしようと思うと、私の場合は時間が足りないし、ガチガチに固まって生きていくのはしんどいからね。一度さらけ出してしまえば気が楽になるし、そんなに頑張らなくても大丈夫なんやと思える。

とはいえ……すぐに素の自分を出すのは難しいとも思います。私も歳を重ねたことで「和えてみよう」と思えるようになったし、自分の気持ちや感覚を大切にしていいんやって知ることができた。いろんなことがあるけれど、その時の自分らしい在り方で、楽しみながら波を乗りこなしていく。今はそんな気持ちなんです。

画像: ▲大西さんにとって自分らしく生きるとは、「伝統の仕事と今のわたしを和える」こと

▲大西さんにとって自分らしく生きるとは、「伝統の仕事と今のわたしを和える」こと

画像: 老舗扇子屋の女将が見つけた“素のわたし”。京都の伝統をつなぐ大西里枝さんの完璧を求めない姿

大西里枝

1990年京都市生まれ。大正2年創業の扇子メーカー「大西常商店」代表取締役社長。立命館大学を卒業後、NTT西日本に入社後、2016年に家業へUターン転職。 扇子の素材と特性を生かした新商品開発および営業業務に従事。 京ものユースコンペティショングランプリ受賞、文化ベンチャーコンペティション京都府知事優秀賞受賞。 WEBメディア「きものと」にて、京都くらしを発信する「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」を連載中。

取材・執筆:紡もえ
編集:山口真央
写真:梶 礼哉

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