「ぼくのかんがえたさいきょうのおみせ」を実現する

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――日本に戻って、念願だったサラリーマンに。夢がひとつ叶った瞬間かもしれませんね(笑)

宮野:当時は22歳で、僕は大学へは行かなかったけど年齢的に第二新卒的な扱いでタリーズコーヒージャパンに入社しました。でも、日本の就活のことは知らないから、面接に普段着で行っちゃって。面接官に「もし二次に進むことになったら、スーツを着てきたほうがいいよ」と言われ「あ、そうなんですか? そんなこと書いてなかったから」みたいな感じでした(笑)

――アメリカでのビジネス経験がある、スーツを着ない22歳。大物感がすごいです(笑)

宮野:なのに、入社後は店舗配属。「僕はすごくスペシャルな存在のはずなのに、みんなと同じ店舗スタートなんて!」とすごく不満でした。でも、タリーズはとてもオープンな社風で、意見があれば社長に直接メールができる環境だった。だから、みんなわかっているけれどなかなか改善できていないような店舗の課題をあげつらって「こんな課題を見つけました! ほら、僕って優秀! 店舗に置いておくのはもったいない!」みたいなメールを送りまくりました。

それがうるさかったからか、新しく立ち上げる緑茶チェーンに異動できることになったんです。そこでも最初は店舗勤務だったけれど、しばらくしてちょうど責任者のポストが空き、緑茶事業そのものを任せてもらえた。権限さえもらえれば事業はうまく動かせると信じていたから、自分が一番上になる組織図を書いて持っていってね(笑)

――アピールで勝ち取ったポジションですね。事業は思いどおり動かせましたか?

宮野:甘栗のときと同様に、結局は店舗運営や商品企画みたいな楽しいところだけやらせてもらったなぁと思います。でも、タリーズ本体と共通の人事制度だけはさわれなくて……もっと広い範囲を自分でコントロールしたくなったし、自分は組織にマッチする人間でもないと感じたので、起業することを決めました。幸い資金も調達できて、2009 年にブリトー&タコスのお店をはじめたんです。

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――いよいよ独立。いかがでしたか?

宮野:ひとつやふたつ、いいお店をつくるのはそんなに難しくないんですよ。自分の目が届く範囲で、こだわりを追求すればいいわけだから。でも店舗が増えると、そのクオリティを維持するのが大変になるんです。そんな簡単なことさえ当時はわかっていなかったから、ブリトー&タコスの2店舗が成功していることで調子に乗り、タリーズの経営陣に「タリーズもこうしたほうがいいですよ」なんて偉そうに意見していました。

本当に、いま思えば浅すぎてめっちゃ恥ずかしい! 在職時もたくさん迷惑をかけていたし、いま自分の会社に昔の僕みたいなやつが入ってきたら、すぐに辞めてほしいですもん……。

――それから5年後の2014年、クリスプサラダワークスの開業……さまざまな店舗をつくってきた経験の伏線が、すべて回収されていくようです。

宮野:長い道のりでしたが、アメリカからこれまでに至る僕の旅はこんな感じです。

クリスプサラダワークスの店舗づくりは、まさにこれまでの試行錯誤を踏まえた「ぼくのかんがえたさいきょうのおみせ」。1店舗でできていたことが500店舗に増えてもできるように、キャッシュレスや顧客体験の把握などのためにDXを進めたり、徹底的な顧客動向分析に基づいて方針を決めたり、いろんな工夫を凝らしています。店や人が増えるとさまざまな摩擦が生まれて、ふつうはいろんなことができなくなる。でも、その摩擦をなめらかにするために、テクノロジーがすごく役に立つんですよね。

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