「ハードルを下げる」ために僕ができること
幡野:本当は写真の話をしたいわけではなかったんですけど……。写真を撮るのが苦手っていう人、多くないですか?
写真を撮る側も苦手だと思って撮るし、映る人側も、ポーズさせられたり、ずっと同じ表情を求められたり、ストレスを感じてる。不幸を生んでしまっているし、写真にも不幸が映ってしまいます。それをなくしたいと思ったんですよ。
写真を撮るのが楽しい、幸せという人がちょっとでも増えたらいいな、と思ったのがきっかけでした。
幡野:それもあるし、単純に幸せな人が増えると思うんですよ。家族が好きなら家族を撮ればいいし、料理が好きなら料理を撮ってみる。旅行が好きなら、旅先で風景でも遺跡でも人でも、撮れますよね。
それって、自分の好きなことにちょっとだけ幸せがのっかるんです。幸せのちょっと増しって、すごくいいなと思いますね。少しうまく撮れるようになるだけで、人生がめちゃくちゃ楽しくなる。
「本音と建前」を、きちんと知ることの意味
幡野:そうですね……ただそれは、「世の中の“嘘”」というよりも「建前」の話に近いです。
例えば、先日ニュースで、電車でタバコを吸っていた人を注意した高校生が、逆に暴行されて、顔面骨折してしまうという痛ましい出来事を目にしました。もちろん、「悪いことを見たら止めよう」「いじめられている人がいたら助けよう」という気持ちはわかります。
でも、社会に出て本当にそれを実行することで、自分自身が危険にさらされる可能性って十分にあるんですよ。事実、電車でタバコを吸っている人がいたとしても注意しない人は多いはず。それは「悪いことを止めよう」というよりも、「その場から離れたい」という「本音」からくる行動だと思うんです。
幡野:もっと言うと建前が一番横行しているのは、SNSかなって。何かあれば「なんで助けないんだ!」とか「私ならこうする」とか言った投稿がありますが、実際に遭遇したら、おそらくできる人はほんの一握りだと思いますよ。
幡野:それもね、多分染まってるフリをしているだけじゃないかな。僕だって、それが一番賢い生き方だと思いますからね。もし、そういったことを言ってくる人がいたらきっと「そうですよね」と相づちを打ちます。そこでいちいち、「いや、それは違うんじゃないですか?」とか言っていたら、喧嘩が始まるかもしれないじゃないですか。だから、まず距離を取りたい。結構、そういうふうにやり過ごす人は多いんじゃないかと思いますよ。
幡野:そうですよね。しっかり認識しておきたいのは、SNSの論調、イコール社会の論調ではないということです。
ほとんどが「建前で発信している」からこそ、SNSに流れる空気みたいなものは信じちゃダメ。SNSで見かけるものと、社会はまったくイコールじゃない。全然違うものだとして見ないと、大きな勘違いをしてしまうと思います。
幡野:まずは、「建前」を知ることですよね。そして「自分で考えましょう」ということです。自分で考える能力がないと、建前のいい言葉だけに流されるので、どんどん騙されていってしまうから。
幡野:いちばんは、人の目を気にしないこと……というよりも、人の生活を気にしないことですかね。
「人の目を気にしない」って、そもそも有名人だったり、多くの人に見られるようになったりして初めて意識することで、普通の人の生活はそんなに見られてないですから。
だから、人の目を気にするでもなく人の生活を気にするでもなく、「自分の人生をしっかり見る」。それが自分らしく生きることの、第一歩なんじゃないでしょうか。
幡野:みんな、社会が平等だと思っているからじゃないかな。「私もあの人と同じものが手に入る、幸せになれる」と思うかもしれないけど、社会は平等ではない。
最大の建前ですよね、「平等」って。もちろん人権的には平等であるべきなんだけど、それは現実的に生活が平等ってことではないですから。
まずは、そこに気づいたほうがいいんでしょうね。だから、生まれながらの境遇や生活水準を気にしたって、しょうがない。僕だって34歳で、高齢の方がなりやすい多発性骨髄腫という病気を発病してしまったわけで。
でも、その現実を変えることはできません。自分とすべてが同じ状況の人はいないのだから、自分の幸せは自分で考えるんです。そこで人の人生を見ると、「大金持ち」「有名になる」とか、それが幸せになってしまう。それでは、ろくなことにはならないよねって。
「人のことを見てもしょうがない」。僕はそれを息子にも、よく言っています。平等じゃないからこそ、自分の軸をしっかり持ち続けることが必要なんだと思います。
幡野広志
1983年、東京生まれ。写真家。2010年から広告写真家に師事。2011年、独立し結婚する。2016年に長男が誕生。2017年、多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。近年では、ワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」、ラジオ「写真家のひとりごと」(stand.fm)など、写真についての誤解を解き、写真のハードルを下げるための活動も精力的に実施している。最新著書は『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』(ポプラ社)。
取材・執筆:郡司しう
編集:山口真央