「みえない痛みを知って、自分にできることをしていきたい」。そんな思いから、社会課題と向き合い続ける人がいる。“社会派クリエイティブディレクター”と呼ばれる、辻愛沙子さんだ。辻さんは慶應義塾大学在学中から広告業界でキャリアを重ね、現在はクリエイティブの力で社会課題の解決を目指す、株式会社arcaのCEOを務めている。

これまでに、「控えめでサポーティブ=女子力」というイメージを覆すメッセージ広告を打ち出したり、飲食店で「選挙で投票したら全品半額」のキャンペーンを実施するほか、若者を中心とするトレンドやカルチャーを生み出してきた。

メディアやSNSでの発信にも力を入れ、日本テレビ「news zero」では4年半に渡りレギュラー出演。はっきりと意見を述べる辻さんからは「社会」に立ち向かう強さが感じられる。しかし、取材の場に現れた彼女は、“戦う人”以上に“寄り添う人”だった。「意見を発信するのって、私にとっては近くの人と励まし合っている感覚なんです」。そう語る辻さんに、歩んできた人生と、これまでに出会った“痛み”について話を聞いた。


可能性を味わい尽くしたいから。寂しさを抱きしめ、安住の地を卒業した

画像1: 可能性を味わい尽くしたいから。寂しさを抱きしめ、安住の地を卒業した
―2024年3月をもって、2019年から水曜レギュラーを務められていた「news zero」を卒業されました。長く続けられたお仕事を終え、今はどんなお気持ちですか。

辻:寂しいですよ。自分のキャリアの半分以上の時間を「news zero」で過ごして、まさにホームのような場所だったので、正直、喪失感はすごくあります。でも何かを手放してみることで出会えるものだってあるんだと、これまでの人生から私は知っている。今回もそうなると信じています。

安住の地を見つけると心地いいですが、心地よさ以上に「新しいものを見たい」っていう好奇心が湧いてきます。そういう好奇心をもとにした探索と、安住の地の維持を並行し続けるのはなかなか難しい。だから居心地がよくても卒業したり、手放したりすることが必要だと思っています。

―今までも、そういった環境から卒業してきた経験があったのですね。

辻:そうですね。最初の安住の地からの卒業は中学2年生の時。親元を離れて海外の学校に行くことを選んだことだと思います。私は幼稚園からエスカレーター式の学校に通っていて、幼馴染たちに囲まれ、そのまま大学までも行けるような平和な環境にいました。3つ上の姉も同じ学校に通っていて、自分の少し先の未来をイメージできる状態。それが……私にとってはなんとなく不安だったんです。

―未来をイメージできる状態は、安心感が得られそうな気もしますが……。

辻:イメージできないことを不安に思うタイプの方もいると思います。でも私は「自分で選んでいない」ことに不安を覚えるタイプでした。さらにいうと、両親がそれぞれ自営業で、人生って道なき道を切り開きながら歩むものだという感覚が強かったんです。だから自分の前に道が見えていることに違和感がありました。

そして違和感以上に、みたことがないものをみてみたいという好奇心が強かった。当時、姉がハマっていたティーンエイジャー向けの海外ドラマを横目で見ていて「そういう世界があるんだ!」と興味を持ち、自宅のパソコンでこっそりネットサーフィンをして、海外の学校の資料を片っ端から請求しました。その中でビビッときたいくつかの学校を、両親にプレゼンしたんです。小学6年生の時でした。

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―小学6年生で自分の進路をプレゼン……!

辻:この学校はお庭が素敵で、こっちは部活動が盛んで…と魅力を精一杯伝えました。もちろん、当時は「プレゼン」なんて概念も知らないですし、プレゼンしようと計画して資料を集めたわけでもありません。でも知らない世界があるのだと、知ってしまったらもう立ち止まれなくて。「夢が溢れて抑えられない、聞いて!」という感じでしたね(笑)。衝動に任せて動いた結果、今思うとあれはプレゼンだったなと。

両親はびっくりしていました。普段何かをおねだりすることも少なかったし、読書やお絵描きが好きな内気な子だったので。だからこそ、そんな私がすごい熱量で準備して話してきたことで、決意や覚悟を感じてくれたんだと思います。国内での転校など他の選択肢もありましたが、私は自分の現在地から一番遠いところに行ってみたかった。多人種・多言語・多文化・多宗教の想像もできない場所に。

さすがに単身での渡航は大きな決断なので何度も話し合いましたが、もともと子どものやりたいことを尊重してくれる両親だったので、最後は「本気なんだな、じゃあ応援しよう」と背中を押してくれて。中学2年生で念願の渡航となりました。

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―念願叶って安住の地を飛び出すことになった時はどんな心境でしたか?

辻:もちろんワクワクしていました。一方で姉に対して、ひとりで違う道に旅立つことの後ろめたさがありました。姉に教わってお化粧を試してみたり、おさがりのファッション誌を読んだり、いつも後ろからついていく立場だったのに初めて自分で離れることを決めたから。慣れ親しんだ環境からの卒業だけではなくて、姉と離れることもある意味で卒業であり、「自立」の瞬間だった気がします。

―複雑な感情を抱えながらも、ワクワクする方へ。今でも、好奇心は辻さんの原動力なのでしょうか。

辻:「好奇心」であり、「焦燥感」でもあるかな。「何者かにならなきゃ」みたいに今の自分と理想とのギャップに焦るというのではなく、人生という限られた時間の中で「無限にある可能性をひとつでも多く食べたい!」という焦りがパワーになっています。

今の自分では想像もできないような体験や経験をしたい。何気ない日常の中でも、せっかくなら周りを見渡してちょっとでも美しいものを見つけたい。私が大好きな映画や音楽やアートだけでも見切れない量があって、今この瞬間も、どんどん新しいものが生まれています。できるかぎり全部味わい尽くしたい。欲張りなんだと思います。

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