ふわりと雪が舞う京都。五条駅のほど近くにある京町家に、あたたかい光の中で美しい扇子が並んでいる。

「寒い中ようおこしやす。足、くずしてくださいね」

そう言って奥へ迎え入れてくれたのは、大正時代から京扇子を商う大西常商店の4代目・大西里枝さんだ。※町人(商人)の家のこと。店舗型住居

新卒でNTT西日本に就職後、九州で勤務。結婚と出産を経て、伝統産業の歴史を担う家業の女将になった。「伝統を継ぐ」と聞くと、つないできたものをそのまま残していくイメージが強いかもしれない。しかし、大西さんは次につなぐために、強みを活かして変化する道を選んだ。

X(旧:Twitter)では、京都の文化や暮らしを本音も建前もオープンに投稿し、注目を集めている。「完璧じゃないからおもしろい」と満面の笑顔で語る姿は、今を楽しんで生きるひとそのものだ。完璧を求めすぎてしまう人にとって、今の自分を認め、心が楽になるヒントになるかもしれない。


「いつかは家業を継ごう」から「今、継ごう」へ

画像1: 「いつかは家業を継ごう」から「今、継ごう」へ
―新卒での就職は京都を離れ、まったく違う業界でご経験を積まれたそうですね。どのような軸でお仕事を選んだのでしょうか?

大西:いつかはここ京都で家業を継ぐやろうなと思いつつ、「違う世界も知りたい」って気持ちが強かったんです。大企業で仕事の基本を学びたかったし、京都を飛び出して、訪れたことがない地域の企業や暮らしぶりも知りたかった。当時東日本大震災でインフラの重要さを感じていたことも重なって、通信サービスを地方の中小企業に届ける営業としてNTT西日本に就職しました。

熊本や福岡で勤めたんですが、初めて触れる文化や暮らしは刺激になりましたね。ありがたいことにどの土地でも可愛がっていただいて。京都で学んだ「よそ者の振る舞い方」が身に付いていたからかもしれません。京都人……みんながそうやないけど、少なからず自分たちの土地に敬意を持って訪ねてくれる人にはすごく親切にする習性があるように思うんですよ。そういう姿を見て育ったから、自分がよその土地に行っても敬意を忘れずに、「興味があります!教えてください」って積極的に関わっていました。

―京都で育った経験が営業の仕事に役立ったんですね。

大西:営業の仕事での学びが、今に活きている面もあります。例えば提案力。

光回線を売ったかて、インターネットに繋がるのはお客さまにとっては当然のこと。どうすれば生活の質をよりよくできるかをお伝えしないと選んでもらえないんですよね。「ではどうすれば選んでいただけるのか」を考えるのが私の仕事でした。例えば、レシピアプリの会社さんとアライアンスを組んで、「有料のレシピアプリを無料で使えるキャンペーン中で、タブレットを見ながらお料理できますよ」と販売員さんからお客さまにご案内いただくというようなことです。

だから今は、扇子をご覧いただいたお客さまに「綺麗な扇子ですから、ぜひお求めになってください」ではなくて、「こんなふうに扇子を持つと上品に見えますよ」「扇子はこんな使い方ができるんですよ」などとお話します。商品の“付加価値”をお伝えするスタイルは、営業の経験があったからやと思います。

―「いつかは家業を継ぐ」というお気持ちが「今、継ごう」と変化したのはいつごろですか?

大西:NTT西日本の同僚だった夫と結婚して、出産のために京都で過ごした時期があって。「自分はこの京町家で、ご先祖から両親がつないだ商売でご飯を食べさせてもらってきたんや」と改めて感じたんです。

幼い頃は周りに立派なお家の子がたくさんいて、今は改装しましたが、私は自分の家のことを「古いだけの家や」と恥ずかしく思うこともありました。でも、住み替えることだってできただろうに、両親がこの京町家を残そうとしているのも感じていた。

「家族が大切に守ってきたものを自分も大切にしたい」、「私も受け継いできた商売で自分の子どもにご飯を食べさせてあげたい」っていう想いに変化していきました。

画像2: 「いつかは家業を継ごう」から「今、継ごう」へ
―ご自身も親になったことで気持ちの変化があったんですね。女将として働きながらの子育て……大変なことだと思います。今現在、当時の想いは叶っていますか?

大西:叶っていますね。私が土日もお店に立っているから、子どもには寂しい思いをさせているなと思う時もあります。それでも、私は店に立つ両親の背中をみて育ったので、自分も店に立つ女将としての背中を見せたい。ただ、母としてそういう在り方ができるのは、周りの支えがあるからです。

特に夫がいてくれるのはとても助かっています。夫はフルリモートなので、家事と育児にも協力的でとてもありがたい。子どもは完全にパパっ子です(笑)

ご近所さんにも助けられていますよ。私がいないときに、おうちに上がらせてもらってご飯をいただいたり、面倒をみていただいたり。生まれ育った地元のつながりに助けられて生活しています。

―そんなお子さんも将来は大西さんを継がれるかもしれませんね。

大西:仕事をしている姿を通して私の生き方を見せたいとは思っていますが、継いでほしいという希望はなくて。自分の思うように生きて欲しいです。

扇子というものは1200年の歴史があり、そのなかで「大西常商店」は100年の歴史がある。私は、その伝統の末端を“一旦お預かりしている”っていう気持ちなんです。血族じゃなくてもいいから、次世代につなぐために健全な事業をしていきたいと思っています。


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