目指すのは、アスリートたちが自ら話せる世界
小谷野:はい。主な事業は、「スポーツ通訳」と「コーディネート」です。スポーツ通訳についてはこれまでお話しした通り、オンラインミーティングやチームに帯同してアスリートとスタッフの通訳を担っています。コーディネートに関しては、アスリートたちが海外遠征に行く際の手配、たとえば交通手段や宿泊施設、練習場などの手配です。
「スポーツ通訳士」として起業したのには理由があります。最初にお話しした通り、起業当時、「スポーツ通訳士」と検索してもほとんど出てこなくて。そもそもこの職業が世間に知られていなかったんです。でも、私はもっと「スポーツ通訳士」のことを知ってもらいたくて、それが表に出る形で起業しました。
小谷野:「キャリアを築いていくためにこうしよう」という考えはあまりなくて。単純に「チームの力になりたい」「アスリートファーストでいたい」という気持ちが常にあるだけかなと思っています。その中でも意識していることは、コミュニケーションにおける距離感でしょうか。特にアスリートとは常に誠実な距離感でいることを意識しています。
でも帯同中って本当にさまざまなことをするんです。通訳だけじゃなくて、一緒に料理を作ったり、洗濯したり、試合中のフルーツの買い出しにいったりとか(笑)
小谷野:私自身、アスリートとの間に「選手だから」「通訳だから」というバリアは作りたくなくて。もちろん踏み込みすぎてもいけないとは思っているので、現場の雰囲気を掴みながらチームが快適に過ごせることを最優先にしますが、常にテーマとして掲げているのは「海外遠征でも不安なく、安心安全に、最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を作ること」です。なので、先の先まで想定しながらスケジュールを組みます。
特に遠征先が自分も初めて訪れる場所だった場合は、執拗に確認します。以前、ドイツが遠征先だったことがありました。そのときは、先にバックパックを担ぎ、単身でドイツを訪れて、飲食店や駅のチェックをしましたね。アスリートたちが不安にならないように、事前にできる限り確認しておきたかったんです。
小谷野:やはり、アスリートたちが力を出し尽くした瞬間ですね。スポーツは勝負の世界なので、どうしても勝ち負けが決まってしまう。でも勝敗だけがすべてではないことを彼ら彼女たちは知っています。私もまさにそれを一緒に感じさせてもらっているんです。
その中でのやりがいという意味では、選手たちがプレーに集中できる環境を作ることが私の役割。一見当たり前に感じるかもしれませんが、選手たちが何不自由なくプレーできている姿を見れるときこそ、やりがいを感じる瞬間でもあります。
だからこそ、日頃接しているアスリートたちの努力が報われた瞬間を目の当たりにすると、言葉では言い表せないほど感動するんです。
小谷野:そうかもしれません。でも、アスリートファーストでいるためにはまず、自分が幸せにいることが大切なのかなと思っています。自分に余裕がなければ誰にもやさしくできないですし、誰かを幸せにすることもできないじゃないですか。そして周りに感謝すること。私の働き方を理解してくれている夫には、特に感謝しています。仕事柄、ときには長期間にわたる海外出張もあるんですが、夫はいつも「決まってよかったね!行っておいでよ」と笑顔で送り出してくれるんです。そんな夫と暮らす湘南は、私にとって「自分をご機嫌にする場所」なのかもしれません。
小谷野:スポーツに関わっている立場から言うと、スポーツの世界でもいろんな働き方があることを伝えていきたいと思っています。スポーツ好きのなかには私みたいに運動が苦手な人もいると思うんですが、そういった人たちに対して、たとえ運動が苦手でもスポーツの世界で働けることを知ってもらえたら、と。
そして通訳の面で言うと、アスリート自身が外国語を介して直接コミュニケーションを取れるようになるといいな、と思っています。そうなると私の仕事は無くなってしまうんですけど、それでもいい。
最近、オンライン英会話のサービスも始めました。そこにはアスリートの生徒さんも大勢います。やはりみなさん、自ら喋りたいと思っていらっしゃるみたいなんです。だから、そのためのお手伝いができたらいいなと考えています。
小谷野だいあ
1989年7月4日生まれ、日本育ち。中学校からインターナショナルスクールに通い、高校を卒業後カナダのビクトリアへ留学。大学ではスポーツマネージメントを専攻。スポーツの現場にてインターンを経験後、働きながら永住権を取得。オリンピック・パラリンピックを含む様々なスポーツの現場での経験を生かし、2018年にSPORT INTEGRITYをカナダにて設立。現在は、スポーツ現場での通訳、海外遠征時のコーディネーター及びエージェントとして活動中
取材・執筆:イガラシダイ
編集:山口真央
写真:梶 礼哉