小学生の僕を救ったのは「ビビりな自分」だった

副島:物心ついた頃から、怖がりでしたね。犬も猫も怖かったし、子どもならみんな大好きであろうサンタクロースにも異様にビビっていました。
保育園の先生がサンタの衣装で登場したのに対して、僕は抱っこされながらめっちゃ泣いている写真があるんですよ。いま見返すと笑っちゃいますけど、当時は必死でしたよね。
でも臆病だったからこそ、いまこうしてインタビューが受けられている、とも思います。
副島:小学4年生の頃、いじめを理由に団地の屋上から飛び降りようとしたことがあって。エレベーターで屋上に行って、そこから下を覗き込むところまでいきました。
でも、直前になって、いじめと飛び降りを天秤にかけたら、飛び降りる怖さのほうが大きかった。「やっぱり学校に行ったほうがマシかも」と思いとどまったんです。
いまこうして僕が生きているのは臆病だったからだと思うと、この性格は一概にネガティブなものではない気もします。その先に経験したいろいろな嬉しいことも幸せなことも、その時に思いとどまっていなければ感じられませんでしたから。

副島:おそらく嫌なことをされたときって、その子なりにいろいろな引き出しをもって対処していくんだと思います。けど、臆病な僕はそれができなくて。
「嫌だよ」「やめてよ」とは口に出しますが、もっと強い言葉で跳ね返したり、やり返したりすることはできなかったんです。いじめがエスカレートするほうが辛いから、結局されるがまま。戦わなかった。
はたからは相当やられているように見えたでしょうね。それでも「自分で殻を作って、その中に閉じこもっていればなんとかやり過ごせる」と、当時は思っていました。
副島:匿名の電話相談には救われていました。学校でプリントが配られて、最初は見ず知らずの人に電話するのは抵抗があったけど、いざ掛けてみると体がすごく軽くなって。5分話しただけなのに。僕の話を聞いて、共感してくれる「得体のしれない味方」でしたね。
副島:母には「本当に学校に行きたくない」と伝えました。そうしたら「目立ってるってことじゃん。みんなが興味あるってことだよ」と、まさかのポジティブな答えが返ってきて。当時は「こんなにつらいのに、何にもわかってくれない」という気持ちでしたけど、やっぱり親が自分のことを一番理解していたんですよね。
母は元々僕が明るい性格なことを知っていて、「いまは何かがうまくいっていないだけだ」とわかっていたんだと思います。当時、学校に通い続けるのは僕としては最悪でしたけど、大人になったいま、母の言葉にはすごく感謝しています。
副島:そうです。あの時の選択が間違いなのか、正解なのか。答え合わせができるのは、その先を生き続けた自分しかいない。もし小学4年生の副島淳があの時生きることをやめていたら、母の言葉が「正解だった」こともわからなかった。
だから、どんな状況であれ自殺をしてはいけないと僕は思います。辛かったら今いる場所から逃げてもいい。僕は学校に通い続けることを選んだけど、逃げるために不登校になったっていいと思うんです。