女性の身体が持つリスクと向き合うなかで、仕事の意義が広がっていった

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――医師免許を取得されたあと、2001年より産婦人科医に。イメージとのギャップなどはありましたか?

宋:専門を決めたときには、周囲から「これからは少子化なのに産婦人科医になってどうするの?」なんて言われていたんです。でもいざ現場に行くと産婦人科医が全然足りていなくて、びっくりしました。

全国的な人手不足による “産科医療崩壊” が起きていて、本来1か月に6回ほどの当直勤務が月10回以上もあったりして……それでも、いまいる人数でなんとかやりくりしなくちゃいけない。ただ、同僚や患者さんとの人間関係は良好だったし、仕事が多いぶんスキルアップが早いのもうれしくて、ハードでもなんとか頑張れていましたね。

――当時はどんな目標やモチベーションを持って、医師という仕事をされていたのでしょうか。

宋:若いドクターの多くがそうだと思いますが、まず手技を覚えたかったんです。どんな出産にもスムーズに対応できるように、出血がより少なく済むように、術後の回復がより早くなるように……とにかく手術の腕を上げたかった。だから、症例が少なくて暇な病院よりも、忙しくて場数を多く踏める病院のほうが、当時の若手医師には人気があったと思います。私自身も、がむしゃらに働いた初期の経験は大きな財産になりました。

――そうして多くの臨床経験を積みながら、2010年以降は女性の健康や性教育などの情報発信にも力を入れていらっしゃいます。宋さんがそうした活動をはじめられたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

宋:きっかけはふたつあって、ひとつは2000年代に勤務医として多くの病院を経験するなかで、多様な患者さんと接したことです。10代で出産する高校生や虐待によって性感染症に罹患する小学生、生活苦から赤ちゃんを置いていなくなってしまう母親……セックス・妊娠・出産によって苦労する女性のさまざまなケースを、間近に見てきました。

そのなかで感じたのは「妊娠する性別って、リスクを負うんだな」ということ。新しい命を宿し、産むことができるという身体の機能は、かならずしもポジティブに働くわけではないんですよね。「彼女たちにもう少し正しい性知識があれば」と感じる機会が増えるにつれ、妊娠する前の女性たちに情報を届けたい、と考えるようになりました。セックスや妊娠の正しい知識があれば、自分の身体を守る行動もわかります。

「自分の身体の権利は自分自身にあって、誰であっても侵害してはならない」とは当たり前のことなのですが……残念ながら、それを教わっていないために実感できない女性もいれば、ナチュラルにその権利を侵してくる他者もいるのが現状ですから。

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――妊娠や出産、セックスにまつわる多様な課題を実感するうちに、自分が医師として果たすべき役割についても、考えが広がってきたのですね。もうひとつのきっかけは何ですか?
宋:帝王切開手術を受けた産婦が亡くなってしまい、執刀した産婦人科医が2006年に逮捕・起訴された事件です。もともとハイリスクな前置胎盤の患者さんを助けられなかったことで医師が逮捕される、というのが本当に衝撃的で……2年後に無罪判決が出ましたが、この事件をきっかけにさらなる産婦人科医の減少が起こり、全国的な“産科離れ”が進みました。

※胎盤が正常よりも低い位置にあり、子宮の出口の一部もしくは全部を覆っている状態。妊娠中も分娩時も大量出血が起こりやすい。

そんな状況をなんとか変えなければと思い、「すべての妊産婦の命を100%救うのは難しい」「妊娠・出産にはそもそもリスクがある」という事実をちゃんと伝えようと、「妊娠出産の心得11ヶ条」というブログを書きました。それがものすごくバズって、講演会での情報発信や『女医が教える本当に気持ちいいセックス』シリーズの出版につながっていったんです。

――以降数多くのご著書を上梓したり、テレビ出演やイベントに登壇されたりと、啓発活動に力を注いでいらっしゃるのですね。

宋:学校での性教育を奨励しているのも、そのひとつです。医師のポジションからすべてを伝えていくのは難しいから、学校の中で包括的な性教育に取り組んでほしいと思っています。最近は、男女で教室を分けて同じ内容のオンライン授業を受けてもらうことも。必要な知識が性別関係なく行き渡るし、異性の目がないことで質疑応答の活発度も高まります。

――性教育は、これまでの日本で避けられてきたトピックでもあり、なかなか扱いにくいですよね。家庭でもうまく子どもに教えられたらと思いますが、どう伝えればいいか悩ましいところです。

宋:確かに、保護者の方から「子どもに性をどう教えればいいんですか?」と相談されることは少なくないですね。ご本人のなかに確かな知識やメッセージがないと、子どもに伝えていくのはなかなか難しいと思います。我が家の場合は、子どもにも理解できそうな性教育の本をトイレに置いてみたりしていました。

ひとつ大切なのは、そうした話をタブー視しないこと。恥ずかしいからといって性の話題を避けているうちに「ママが嫌がるからこういう話はやめよう」なんてイメージがつくと、何かトラブルが起きたときに打ち明けてもらえなくなってしまいます。でも、性や身体のことで困ったら、SNSなんかで匿名で相談するのではなく、親である自分たちにちゃんと相談してほしいですよね。だから、答えに一瞬窮するような質問が飛んできたときこそ性教育のチャンスだととらえて、誠実に向き合ってみてほしいです。

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