「自分でできることが多い」のがアーティストとしての強み

落合:シンプルに、いままでよりも大きなものをつくれたのが楽しかったですね。僕はアーティストだから、もともと部屋のなかに入るくらいのものならだいたいつくれるんです。茶室とかは作ってきたけど、それ以上のサイズは初めてだったから、いい経験でした。
部屋のなかに入らないくらい大きいものは、なかなか手でつくれません。クレーンで組んだり、困難な溶接や土木の基礎工事が必要になったり、風を受けたときの影響を考えたりしなきゃいけなくなる。かつ、いいものをつくるには細かい部分までちゃんと見ないといけないのに、大きいとやはり大味になりやすく、仕上がりの精度が下がるのは困りものでした。そんななかでも完成時のクオリティにこだわったから、null²は多くの方に面白がってもらえたのだと思います。
落合:ミラー膜のしわを伸ばしてヌルっとなめらかにすることもだし、エッジのステンレスも貼り替えましたし、LEDの工作精度と選定もだし、天井のポリカーボネートも床もできるかぎり綺麗に仕上げて、天地の区別がつかなくなる空間を目指しました。
配置はもちろん考えるんですが、配置やデザインでできることは上部工程。その下部工程になるちょっとしたパーツの仕上がりが体験の質を大きく左右するし、しっかり統一するために作家がとことん見ればできるところなんだけど、意外とみんな追求しないんですよ。でも、フィニッシュの工作精度が高くないと、アートというかエンタメ止まりになってしまう。うちのパビリオンはとにかく大味にならないよう細かい美意識を頑張りました。

落合:建築物がやれたなら、次はもっと動くものでもつくれるなと思いました。それも資金を集めながら。今回は動かない巨大なものをつくったから、次はもっと巨大で動くものをつくりたいなって気持ちも芽生えましたね。
それから、プログラムを書くのも得意になりました。万博の内装演出では、僕を含め3-5人ほどのプログラマーでほとんどすべてのプログラムを書ききったので。
落合: いや、予算がないだけです。万博って、数十億円のものをつくっているけれど蓋を開ければ最終的に10万円単位でお金が足りないのが現実なんですよね。でも、数千万円の見積が上がってきたときに、自分でプログラムを書いたら0円。一気にコストカットができる。
書くこと自体はそれなりに楽しいんだけど、スケジュールにはいつもヒヤヒヤしますね。万博中に一番やばかったのは、最終日だけ特別な演出にするためのプログラムを書いたとき。閉会式のあとのパレードに参加していたら、そのコードを書く時間が90分くらいしか取れなくて、本当にギリギリで仕上げました。
落合:いつもそうなんです。予定がひとつずれるだけで大変なことが起こるスケジュールですよ。いまブラジル・サンパウロの展覧会に出展していますが※、昨日も21時ごろ電話がかかってきて、朝6時くらいまでプログラムを書き直していました。
でも、そんな感じでやるしかないんです。芸術はいつも基本的にお金がないから、人を雇ったら赤字になっちゃうし、手弁当で頑張るしかない。ただ、幸い僕は自分でできることが多いので、少ない人数のメンバーと協力して小さなチームでなんとかなっています。
※取材は2025年10月に行いました

落合:プロデュースに専念して手を動かさない人が多いけど、僕は作家なので、自分でものがつくれます。自分でつくるということは、コストカットだけでなくクオリティを妥協しないためにも有効なんです。費用がないなかで無理やり外注しても、おそらく自分がつくったものよりちょっとだけクオリティが高い……くらいのものしか出来上がりません。
それだったら自分でなんとか頑張ってつくったもののほうが、せめてトーンに統一感が出ます。岡本太郎氏の手が回らないからといってほかの作家を連れてくるより、岡本太郎氏の許す時間でサッと丸でも描いてもらったほうが、アートとしてはいいものができると思いませんか?
落合:そうですよね。でも僕はそういう「単にちゃんとしたもの」より「作家性が統一されているもの」のほうがいいと思うから、自分でつくっちゃうことが多いです。
