苦しいならもがくしかない 。失敗と捉えない心が、次に進む力をくれるから

藤﨑:想像力という面では、夫との関係性が大きかったのかも。夫は12歳年上で、政治家として自分の行動が他者からどう見られるかを深く考える人でした。私に対しても、政治家の妻として厳しく指導する人でもあった。しかもいわゆる“昭和の男”なわけ(笑)。当時は「こんな人ついていけない、離婚してやる!」と思ったこともあります。けれど今となっては、相手の気持ちを推測して動くことは彼から学んだと思うんです。
特に、少し病状が収まっていた夫が再び病に倒れた時……脳梗塞になって要介護4・身体障害者1級という状態になって、夫は精神状態もボロボロでした。政治家として道半ばで倒れた上に、身体が動かない、言葉も出ないんですから。そんな彼と共に歩み続けていくために、私は夫の心を想像し、何でも受け止めようと決めたんです。
藤﨑:家で夫にだけ向き合っていたらつらかったでしょうね。でも私は家の外に、夢中になれる仕事があった。夫は2016年に亡くなりましたが、仕事があったからこそ、脳梗塞から7年間の介護生活を経て最期までそばにいられたんだと思います。仕事の存在に救われました。

▲ご本人提供
藤﨑:結局、最後は自分自身だと思うの。もちろん支えてくれる方々はたくさんいて、おかげで今の私がいるので、とても感謝しています。でも一番苦しい時、その苦しさは、自分でしか乗り越えられない。私もそうでした。とにかく動いてみたことが自分を救ってくれたと思います。
水中で呼吸が苦しい時、人って自然ともがくでしょ。苦しいのに苦しいままじっとしていると余計に苦しくなる。とりあえず手足を動かしてみたり、何かにつかまってみたり、もがき方は人それぞれでいいと思うんです。思うがままに、もがいてみることが第一歩になって自分を支えてくれると思います。
もうひとつ、私を支えてきた考え方があります。「失敗と捉えないこと」です。
これまでの人生、いくつも苦しいこと、悲しいことがあったけど、それを失敗と捉えてきませんでした。例えば、結婚した相手が職を失ったこと。「家計が苦しくなってしまった、自分の先見性がなかった」とか、失敗と捉える方もいるかもしれませんね。だけど私は、そのことがあったから働きに出ることができて、人生の次のステップに進むことができた。
藤﨑:失敗と感じるものって、人生の中ではただの通過点でしかない。「失敗しちゃった」と落ち込んで終わってしまうのではなくて、「何をしたらよかったんだろう」とか「どうすればよくなるんだろう」を考えるんです。
「80個売りたかったハンバーガーが50個しか売れなかった」ではなくて、「50個売れたんだから、ポスターをあと2枚貼ったら100個売れるかもしれない」と考える。
通過点と捉えれば、その場にとどまらず次のステップに行けると思います。反省はもちろん必要だけど、あまり思い詰めすぎたら次の一歩を踏み出せないんじゃないのかな。それに私は極度の不安性だからこそ、過ぎたことに対して深く考えすぎないことも意識しています。
藤﨑:そうなんです。これからやることに対してすごく不安になる。もう、異常な不安症ですよ(笑)。この取材も、質問案を昨晩にしっかり読み込んで、想像して、直前にも何度も見直してきています。自分が何をお伝えできるか、ベストのパフォーマンスを出せるかどうかと考えると、自信なんてまったくないわけですよ。
でももしかすると不安で準備をとことん頑張るから、どんな結果でも諦めがついて、次のことを考えられるのかもしれないですね。