「できない」に傷ついた気持ちを、「できた」で後押ししたい
西川:そうですね。障害があると誰かの補助がないとできないことが多い。どんどん自己肯定感が失われていく環境にあると思います。特に自分の障害を受容できない時期は、「できない」ということに意識が向いて、深い苦しみや傷を負う人は多いと感じます。
僕自身もそうでした。病気がわかったころは今より視力がありましたが、これから徐々に見えなくなって、できないことが増えていくと想像すると……受け入れるのは難しかったです。
16歳で障害者手帳をもらったときは、母に投げ返したくらい。授業中にペンを落としても、見えなくて拾えない。教室で感じたみじめな気持ちが、自分のアイデンティティーの中で深く傷になって、気軽に行動できなくなっていく。新卒で会社に入ったころも「周りができて当たり前のことを何で自分はできないんだろう」という思考に陥ってしまいがちでした。
千野:よく耳にしますね。皆さん「できない」「やりたくても諦める」という気持ちを当然のように持っていて。でもそれは、決してその人たちのせいではない。そう思わせてしまう環境に、私は違和感を持っています。
『あしらせ』のユーザーからは、機能へのフィードバックだけではなく、「生活や心持ちが変わった」といった声が少なからずあるんです。例えば、健常者の夫と暮らしている視覚障害者の女性の声。これまで夫にほとんどの家事をやってもらって引け目を感じていたけれど、『あしらせ』を使って近所までごみ捨てに行けるようになった。それで、夫への申し訳ない気持ちが軽くなったと。
当事者の方は、私たちが想像できないくらいにさまざまな課題や思いを抱えているはずです。私たちは『あしらせ』を提供することで、そんな人たちの歩行だけではなく、歩く目的や気持ちを後押ししたい。この思いは、当事者の方々とコミュニケーションする中でどんどん強くなっています。
西川:本当に嬉しいです。『あしらせ』で「できた」というひとつの成功体験を積み重ねることで、自己肯定感が高まって、今まで諦めていたものに取り組もうと思えるかもしれない。僕自身も、「できた」と実感することによって前を向けた人間なので。
西川:新卒で勤めた会社で、自分と同じ病気の先輩に出会ったことです。その人が、弱視としての働き方の工夫を教えてくれて「できた」を得られたのが大きなきっかけでしたね。パソコンの画面設定は黒画面に白文字にするとか、音声機能を活用するとか……。それまでは、何をするにも健常者と同じ方法でできない自分を否定してしまっていました。
そして先輩は仕事以外にも、「患者会」の存在を教えてくれて。同じように障害を持つ方のさまざまな在り方を知ったことで、「視覚障害があっても明るく生きていけるんだ」と一気にポジティブになりました。きっと自分が強くなったわけではない。状況も、見えているものも同じなのに、僕自身の捉え方が変わったんだと思います。そうやって自信がついてくると、また挑戦がしたくなる。僕はビジネススクールに通うという挑戦をして、「できた」がもっと増えました。
「できた」の実感と当事者の仲間ができたことが、自分を前向きにしてくれました。今は全国にいる『あしらせ』ユーザーの方々をつなげるコミュニティを運営したいと思っています。当事者同士の「移動」の悩みを共感できたり、『あしらせ』の成功体験を共有したりそんなつながりが皆さんの励みになればいいなと思っています。