あなたは、「相手に伝わるコミュニケーション」がとれていますか?
野口:はい、コミュニケーションは本当に大切なものです。これは宇宙に飛んでから、現地で痛感しました。宇宙空間では、人種も国籍もバックボーンも全く異なるクルーと作業をしますから、しっかりと意思統一ができないと危険な目に遭うリスクがあります。それにコミュニケーションの小さなズレは、少しずつわだかまりとなって残っていく。だからこそ、チームメンバーが意思統一をして同じ方向を見ていることが求められるのです。
クルーには僕のように英語を第一言語としない人もいますから、緊急事態下などでは特に、正確に情報が伝わらないこともある。そのときにどうしたかというと、全員で「緊張したときこそ、ゆっくりと話そう」と申し合わせをしました。そして、「相手の立場に立って、丁寧なコミュニケーションを取ること」を意識し合ったのです。
英語話者同士であればパパッと話せば済むことも、一つひとつ確認しながら伝えていく。もどかしく思うことがあっても、結果的には間違って伝わることが防げたし、ワンチームで事に当たることができたといえます。そういった経験をしてきたので、コミュニケーションというものは「相手に正確に伝わってこそ」なのだと思うようになりましたね。
野口:はい、宇宙飛行士だけではなく、社会や会社組織でも多様性が重視されるようになりました。多様性があるからこそ、打たれ強く壊れにくいチームができる、と僕も思います。
ですが、多様な人々がお互いに理解しあうためには、コミュニケーションの取り方を変える必要があります。その場にいるのがすべて同質な人であれば、簡単なコミュニケーションでも伝わるかもしれない。でも、さまざまな人がいる環境においては、同じコミュニケーションでも伝わる人と伝わらない人がいるということを理解しなくてはいけない。
日頃から、たとえ初動が遅くなったとしても丁寧なコミュニケーションを重ねることで、場の雰囲気も良くなり、大きなミスや誤解を防ぐことにもつながっていく。それが多様性を活かすことにもつながるわけです。長い目で見れば大きなメリットですよね。
野口:そうですね。ただ、対面でのコミュニケーションのほうが、情報が密に伝わるというのは事実です。それは避けられないことだと思います。なぜかというと、我々は言葉だけではなく、表情や仕草、その場の空気感なども含めて、五感を使ってコミュニケーションを取っているから。当然、テレワークになって画面越しのコミュニケーションが増えると、伝わらないことも増えてきます。
ですから、テレワークにおいて大切なのは「言わなくてもわかるよね」という前提を疑い、誰が聞いてもはっきりわかる言葉を使い、丁寧なコミュニケーションをすることです。これは、宇宙空間にいたときに僕が常に意識していたことでした。
宇宙での経験を経てわかったのは、僕たちがいかに「言葉を大切にしていないか」ということ。同じ空間にいれば “阿吽の呼吸” で伝わるものが、画面越しではうまく伝わらない。だからこそ、言葉をもっと大切にしなければいけません。表情や仕草で相手に伝わることに甘えず、丁寧に明確な言葉にして伝えていく。そこにユーモアを混ぜるともっといいですね。
そして逆に、相手の意図を理解できないときは、失礼にあたるのではと臆せず、「おっしゃっている意味が分かりません」と率直に伝えることも大切です。お互いにそういった意識を持つことが、テレワークにおいてとても重要だと思います。
野口:宇宙飛行士という職業に就いたとき、働くうえで大切なのは「情熱」と「冷静」だと感じました。宇宙に行きたいという情熱がなければ過酷な訓練を続けられませんでしたし、一方で、宇宙空間にはリスクがあるので常に冷静さをキープしなければいけない。一見、相反する感情を同時に抱えていなければやっていけないわけです。
もしかしたら、それもみなさんにも通ずることなのではないかと思います。情熱と冷静を常に合わせ持っていること。それを意識してもらえたら、と思います。
野口聡一
1965年神奈川県生まれ。博士(学術)。1996年宇宙飛行士に選抜され26年間NASA勤務。3回の宇宙飛行を経験し船外活動4回、世界初3種類の宇宙帰還を達成(ギネス世界記録2部門)。「宇宙でのショパン生演奏」動画でYouTubeクリエイターアワード、「宇宙体験の当事者研究」で日本質的心理学会論文賞など受賞。著書は「どう生きるか つらかったときの話をしよう」(アスコム)など多数。趣味は料理、ゲーム、作詞、飛行機操縦。合同会社未来圏代表、東京大学特任教授、国際社会経済研究所理事、国際経済フォーラム(WEF)主任フェロー。
執筆:イガラシ ダイ 撮影:梶 礼哉 構成:プルデンシャル生命広報・ミモザマガジン編集部