自分のことはわからない。だからこそ可能性を信じて挑戦していく
瀬尾:強くなりたい……ですかね。自分の考えがしっかりあって、誰に何を言われようが信じた道をまっすぐ突き進む強さを持ちたい。私はしっかりしているように見えるみたいですが、実際はその見え方に全然追いついていないと感じます。でもそういうギャップがあることに共感してくれる人もいるのではと、素直に弱さを出したい気持ちもあります。
強くなりたい一方で、弱いということもわかってほしい……。自分のことって、わからないですよね。私は大学の卒業論文でも「自分とは何か」をテーマに考えたのですが、結局「一生わからないのかもしれない」という結論で終わっています。実際、いまだにわからない。だからこそ自分の可能性を狭めずに、挑戦しながらもがいている感じです。
瀬尾:私はたぶんかなり保守的で、傷つきたくない気持ちが強い性格。ずっと、できない理由を探していました。例えば、今は執筆の他に講演の仕事もしているのですが、初めてご依頼がきた時は絶対無理だと思いました。でも当時先生が「いや、あんたは絶対大丈夫」と背中を押してくれて、鏡の前で試しに話してみたら、「おや、いけるかもしれない……」と思えたんです。そして勇気を出してお受けしてみたら、できた。
あの時の経験がなければ、今も講演のお仕事はしていなかったと思います。やらなければ一生何も変わらない。飛び込んでみたら、意外とできる。その経験が自信につながって道がひらけていくことを、私は先生に教えてもらいました。
瀬尾:自分より自分を信じてくれる人がいるって、本当に心強いことです。だから私も息子たちにとってそういう存在でありたい。難しいことでも、本人がやりたいと言ったら、「できるよ、頑張ろう」と言える親でありたい。
先生の生き様を見ていて思ったんです。好きなことをするって簡単じゃない、覚悟がいるし苦労が伴う。それでも貫いて挑戦するから、自分の人生を生きて楽しめるんじゃないかって。そもそも、好きだと思えるものが見つかることも当たり前じゃない。だからもし息子たちがそれを見つけたら、突き進んでほしいし応援したい。自分がそうしてもらったように、私も息子たちを信じて背中を押してあげたいです。
瀬尾:できないと決めつけて諦めるのはもったいない。「あなたならできる」といただいたチャンスを掴んでみたら、きっと新たな自分に出会えると思います。そしてもうひとつ大事なのは、これからの可能性だけでなく、今の自分も否定しないこと。
実は私、長いこと自分自身を認められず責め続けてきました。ずっと自分じゃない誰かになりたかった。でも先生に「この世に一人しかいない自分を大切にして、愛してあげて」という言葉をもらってから、少しずつその時々のありのままを受け入れられるようになって、ずいぶん楽になりました。どんな自分も否定しないことが、自分らしく生きることに繋がっていくんじゃないかと今は思っています。
先生のお墓には、「愛した、書いた、祈った」と刻まれています。先生らしい3つの言葉です。
私は人生を閉じるとき何を刻むのだろうと考えてみたのですが……今のところは「出会いに感謝」かな。いろんな人と出会って「こんな道もあるのか」と気づいて、世界が広がってきたから。先生に出会ったあの日から、想像もしなかった人生を歩んでいるように。これからも出会いに導かれながら、歳を重ねていきたいです。
瀬尾まなほ
瀬戸内寂聴元秘書。1988年2月22日兵庫県神戸市出身。京都外国語大学英米語学専攻。大学卒業と同時に寂庵に就職。著作「おちゃめに100歳!寂聴さん」、「寂聴先生、ありがとう」、「寂聴さんに教わったこと」、「#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ」。困難を抱えた若い女性や少女たちを支援する「若草プロジェクト」理事。現在は4歳と2歳の二児の母。育児と両立しながら引き続き瀬戸内に関する仕事をし、執筆や講演活動をおこなっている。
執筆:紡 もえ
写真:梶 礼哉