軽やかな線を目指して、心地よく
中塚:伝えたい想いを一度自分のなかで噛み砕いて、いかに軽やかに伝えるか……ということを考えています。風で飛んでいってしまいそうな“軽い線”はダメですが、細くても芯があると、弾む“軽やかな線”になります。似ているけれど似て非なるものなので、外国語で説明するのが難しいなぁっていつも悩むんです(笑)
日本人は筆遣いや技術面を重視しますが、私の作品に興味を持ってくださる外国の方は、「“あなたの線”が好き」と言ってくれるようになりました。 これは私の求めていた、もっともうれしい言葉です。 一本の線にどれだけの物語を紡げるか……。 まだまだ試行錯誤中ですが、空気感を纏わせる線との出逢いを続けたいと思っています。
※墨を入れる容器
中塚:書をはじめるとき、「まずは道具をそろえなくちゃ」って力まなくていいと思うんです。私自身も形から入っちゃうタイプなので気持ちはよくわかるんですが(笑)、かわいいお道具があれば、それだけで書が楽しくなるはず。
私にとっても、見るだけで気分の上がるお道具は、制作を応援してくれる存在です。だから、自分を取り巻く景色を素敵にしてくれて、自分の暮らしに合わせてさまざまな使い方ができるお道具を選んで展示しました。
中塚:私からすれば、媒体が違っても、空間のなかに起きていることは全部一緒なんです。自分がそのとき表現したいものにマッチして、心地よくご一緒できる方々とのお仕事であれば、アウトプットの形はさまざまでいいと思っています。
そうやって活動を広げていった結果、ペン習字の練習帳を出版したときは読者さんに「書道もやるんですね」と驚かれたことも。入り口がどこかによって、その方の物差しでしか計れないんだなとも思いました。
そして、自分の表現に迷っていたときは言葉を尽くして説明しがちだったけれど、いまはもう作品も私自身の肩書きも、見てくださった方に委ねればいいと思っています。活動の幅を限定しないことで、自分らしくいられるんですね。
中塚:20代のころは心のどこかで「人の記憶に残るような印象的な仕事がしたい」と思っていましたが、いまは書に対してそうした気負いもなくなりました。4歳で書をはじめたときと同じように、褒められたらうれしいし、好きなものが書けたら楽しいんです。その想いがいまの私に繋がっています。
「こういう作品がつくりたい」「こんな場所で展示したい」といった構想はあるけれど、結局それも“外側”のこと。これからはもっと「誰と一緒にどんな時間を過ごしたいか」「どんな空気のなかで書いていたいか」という“内側”を大切にしていきたいと思っています。そうした環境から新たに生まれる作品は、きっとまた、いままでと違うものになるんじゃないでしょうか。
ただ、放っておいたらどんどん情報が押し寄せてくる世の中なので、それをうまくかわす努力はしないといけませんね。要らないものをそぎ落として、心地よい空気をつくる。海外に行って日常を遮断したり、新しい制作にチャレンジして自分をフラットな地点に戻してみたりすることも、その手段のひとつです。
私にとっては日常であり生き方でもある「書」も、みなさんにとってはそうした機会になるかもしれません。心を静めて一本の線に向き合う時間を、ぜひ取ってみてください。スマートフォンやパソコンでテキストが送れる現代では、アナログで美しい字を書く必要なんてない。けれど、目の前のことに没頭できるいい時間が、そして人生が、きっと流れると思いますよ。
中塚翠涛
岡山県倉敷市出身。幼少期より書に親しむ。瀬戸内の穏やかな気候で育ち、翠涛の雅号はそこに由来する。パリ・ルーブル美術館の展示会場で書のインスタレーションを発表し、「金賞」「審査員賞金賞」をダブル受賞。大河ドラマ「麒麟がくる」ほか、題字も多く手がける。著書の『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』シリーズは、累計430万部を突破。自身のアートワークでは、墨に見る色を表現することに力を注ぎながら、文字をもとにした絵画的な作品や、好きな場所の空気や音を感じる作品を制作。二次元の世界に物語を紡げる線を、どれだけ立体的かつ映像的に表現できるかを模索し続けている。2024年2月28日から3月4日(最終日17時まで)まで、銀座三越7階ギャラリーにて個展【中塚翠涛展ーBon voyageー】を開催予定。
取材・執筆:菅原 さくら
編集:山口 真央
写真:梶 礼哉