一期一会の「空気」を表現するには

画像: 一期一会の「空気」を表現するには
――書の引き出しを増やすために「世界を見ること」を選んだのはなぜですか?

中塚:作品の表面的なよさだけでなく、その裏付けになる部分をこの目で見て、知っていく必要があると思ったんです。

たとえば、私は美術にもすごく興味があって、なかでもアメリカ抽象表現主義が好きなんですね。一見するとただ絵の具を塗っているだけのような作品でも、画家本人のなかにはきちんと思考とプロセスがあるから、この表現にたどりついているわけです。だからこそ、見た者に感動やエネルギーを与えてくれる。

書の世界ではすばらしい作品を真似て書くことも大切ですが、筆致の奥にある空気感まできちんとつかめていないと、魅力的な作品にはなりません。いろんな作品のうしろに流れる空気を自分のなかに取り入れて、自分なりの表現として昇華するために、さまざまな土地に行こうと思いました。

そこで、ふつうだったら書の根源がある中国に向かうはずなんですけど……なぜか私の興味は、アートや文化、美術が身近なヨーロッパやアメリカにあって。世界中の名画がそろう岡山県の大原美術館の近くに育ち、幼少期からアートに親しんできたからかもしれません。もともと、絵と書の境界線を曖昧に感じているんです。ジョアン・ミロやパウル・クレーの絵画を観ると、いつもそのなかに書の線を感じますから。

――さまざまなアートの地に向かうなかでもフランスがお好きで、たびたび訪れていらっしゃると伺いました。フランスには、どんな魅力がありますか?

中塚:パリは、世界中のアーティストが集まる魅力あふれる街。そして、南に行けば空気が一変し、光が変わるんです。ただ不思議なもので、最初からフランスに特別に興味があったわけではなくて。でも、縁があって何度か訪れるうちに、日常のなかに当たり前にアートがあるその雰囲気にすっかり魅せられ……。パリではお子さんからおばあちゃん、おじいちゃままで、みんながふらりとギャラリーに訪れて、思ったままの感想を言っていく。そんな文化がどうやったら培われるのかにものすごく興味が湧き、時間を見つけては飛行機と宿を押さえ、足を運ぶようになりました。

パリは、大通りから路地を一本入るとがらりと空気の変わる街。あちこち歩いて、その空気を味わっていたんです。外国で展示をしたいと思っていたころもありましたが、あるときから考えが変わり、とにかく空気を吸いたい気持ちを優先していました。そのうちに、ルーブル美術館の地下会場でインスタレーションをしないかとお誘いいただき、さらに現地の文化を体感することができました。

――実際に作品を出してみて、どのような現地の文化を感じましたか?

▲ルーブル美術館での展示の様子(ご本人提供)

中塚:中塚:設営中に、すごく印象的な出来事がありました。和紙やシルク、オーガンジーといったさまざまな薄い生地を何十枚も重ね、天井からきれいにまっすぐ吊り下ろしたかったのですが、素材を日本から持って行ったために、端がくるくる丸まってなかなか揃えられなくて。私たちがなんとかまっすぐにしようと苦労していたら、通りかかるフランス人たちが口々に「わぁ、すごく美しいね」「こんな素材はどこで買えるの?」と褒めてくれたんです。

私たちは、頭のなかで決められた設計図どおりにしなくちゃ……と思い込んでいましたが、現地の人たちは目の前に起きていることを受け入れ、そこから美しさを感じとっていた。自分のなかにある美意識をとらえ直すきっかけになりました。

展示に添えるネームカードなんかも、私はフォーマットを統一して“まっすぐ”に貼らなくちゃいけないと決めつけていたけれど、現地のスタッフは「お客さんはネームカードじゃなくて、あなたの作品を観に来るのよ」と、さらり。たしかに、作品を中心とした空気感が仕上がっていました。日本人の繊細で丁寧な仕事も大切にしたいですが、こだわるポイントの違いを実感しましたね。芸術が身近なフランスの人たちは、理屈だけでなく、感覚的なセンスが備わっているんだなと思いました。

――そうやって現地の空気を取り込むことが、中塚さんの書を生み出すひとつの材料になっていくんですね。

中塚:この数年はコロナ禍でなかなか旅に出られなかったのですが、昨年ひさしぶりにフランスを訪れました。やはりこうした時間が作品づくりにとても大切だと再認識しましたね。

旅先で出会う、刻々と移り変わりゆく景色からも大きなインスピレーションを受けています。夕焼けや流れていく雲、外国の建物に差し込む日差し……同じ景色には二度と出会えません。それは、墨の“にじみ”や“かすれ”も同じで、どちらも一期一会です。そうした一瞬の空気を作品にどう映し出せるかは、いつも考えています。


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