現在、ニューヨークを拠点に活動する舞台演出家の河村早規さん。奈良県で生まれ育った彼女は、国際基督教大学(ICU)卒業後に渡米し、大学院で舞台芸術を学んだ。ブロードウェイの名門カンパニー(劇団)でディレクティング・フェローに選ばれるなど夢を叶え、実践的な英語学習法などを発信するYouTubeチャンネルは登録者数約17万人。今年2月には英語を通して学んだポジティブマインドについて綴った著書を刊行するなど、歩みを進めてきた。

しかし、その裏には並々ならぬ努力と、「控えめな」思考を変えるための実践の日々がある。渡米当初は言語の壁を前に自信を失い、「せっかく知り合えた友人たちとも積極的にコミュニケーションをとれなかった」という。今では穏やかで自信に満ちた表情を浮かべる河村さん。彼女が語るストーリーから、さまざまな壁を乗り越えて、夢の舞台で自分らしく輝くためのヒントが見えてきた。

※新進または中堅の演出家に対し、演劇制作や芸術的リーダーシップに関する集中的なトレーニングや経験を積む機会を提供するプログラム。


▼プロフィール
河村早規(かわむら・さき)

1996年生まれ、奈良県出身。国際基督教大学卒業後、2019年に渡米。2022年にペース大学アクターズ・スタジオ・ドラマスクールを主席で卒業し、演出の修士号を取得。2024年、ブロードウェイの非営利カンパニー「ラウンドアバウト」でディレクティング・フェローに選ばれる。YouTubeチャンネル「Saki in NY」は登録者数17万人を超える。新著に『ニューヨークで見つけた、強さをくれる英語 Think in English』(KADOKAWA)。



英語とミュージカルが教えてくれた「知らない世界」

画像1: 英語とミュージカルが教えてくれた「知らない世界」
――河村さんにとって英語は人生を大きく変えるきっかけだったと思いますが、そもそもはお母さまが英語に引き合わせてくださったそうですね。

河村:母は同志社国際高等学校の出身なのですが、母の学生時代でも生徒の8割が帰国子女という環境だったそうです。40年ぐらい前ですから、当時の感覚だとすごく刺激的だったみたいで、いろいろな文化や価値観に触れて、視野が広がったんでしょうね。それで「絶対に自分の子供にも同じような経験をさせたい、英語を習わせたい」と思ったらしく、英語教育に熱心でした。それで私のことも2歳から近くの英会話教室に通わせてくれました。

ただ、それは押し付けるわけではなく、「あなたが楽しめるなら」というスタンス。母は常に私の興味の種を絶対に潰さず、なんでも応援してくれる人だったので、バレエも2歳から始めて、結果的にどちらも今の仕事につながっています。

――素敵なお母さまですね。河村さんご自身が英語の魅力に気づかれた瞬間は覚えていますか?

河村:小学校高学年で「It makes me happy」や「It makes you happy」という表現を知ったときです。日本語にはない表現の仕方に、なんだか鳥肌が立つくらい感動しましたし、ものすごくしっくりくる感覚がありました。日本語だと「嬉しいです」が、英語では「それが私を幸せにしてくれる」「それがあなたを幸せにしてくれる」と、より直接的で力強く表現できます。

――確かに、「嬉しい」と「私を幸せにしてくれる」では同じ意味でも受け取る印象が全然違います。

河村:私は直感型で、自分がビビッとこないと動けないタイプ。損得よりも、ワクワクするほうに惹かれます。英語にのめり込んだのも、小学生の頃に「It makes me happy」という表現にビビッときたから。演劇も同じで、舞台で繰り広げられる知らない世界に惹かれたから。「自分の知らない世界を知ることができるツール」という点で、英語も演劇も似ているところがあったのかもしれません。

――演劇に初めて触れたのはいつごろですか?

河村:それも2歳のときで、母が連れていってくれた劇団四季の『ライオンキング』でした。それからいろいろ観るようになりましたが、一番衝撃を受けたのは中学生の時に観た『レント(RENT)』。貧困やLGBTQ、HIVの問題など自分の知らない社会問題に初めて直面して、「もっと自分の外にあることを知らなきゃいけない」と思うきっかけになりました。

画像2: 英語とミュージカルが教えてくれた「知らない世界」
――ICUではリベラルアーツで幅広く学ばれたそうですが、今のお仕事に特に影響している学びはありますか?

※さまざまな学びの分野に触れ、広く深い視野と多面的かつ柔軟なものの見方を養うことを重視する教育。

河村:いろいろなことに興味があったので、数学、哲学、心理学と幅広い授業を受けました。特に印象的だったのは、メディアコミュニケーション学の映画クラス。表面的に見えているものの裏にはそれぞれの文化があって、それに対抗する力もある。つまり「Intentions(意図)」の重要性を学びました。

――「奥にあるメッセージ」を読み取る力ですね。

河村:そうです。これが今の仕事にも生きていると感じます。演出をする上で「このキャラクターからこのセリフが出るのはなぜなのか」という視点はすごく大事。どういう家族構成か、どんな環境で育ってきたのか、いわゆる背景と呼ばれるものを俳優たちとディスカッションしながら演技の方向性を詰めていくのも私の仕事です。


「Your English is terrible」で気づいた、文化の違いの本質

画像: 「Your English is terrible」で気づいた、文化の違いの本質
――ICU卒業後は演劇教育を受けるために、ニューヨークのペース大学アクターズ・スタジオ・ドラマスクールに進学し、大学院で修士号を取得されました。最初はかなりご苦労されたとか。

河村:アメリカの大学院は社会人経験を3〜5年積んでから行くところで、私のように大学を卒業してそのまま進学する人は30人中3人ほど。アメリカの文化も知らないし、演劇にまつわる知識量が圧倒的に違ったので、留学当初は自分が人より劣っている、他の人に申し訳ない、そんなことばかり考えてしまっていました。ICUは英語を使う授業も多いですが、やはり母国語と異なる言語で授業を受けることの難しさを感じていましたね。とにかく必死な毎日でしたが、舞台が好きって強い気持ちを原動力になんとか頑張り抜きました。

――そんななか、先生から「Your English is terrible(あなたの英語はひどい)」と言われたエピソードが著書の中でも語られていました。

河村:もうズタボロでしたね(苦笑)。でも、なぜ英語がひどいと言われたのかを考えてみたら、授業中に「What do you think?(あなたはどう思う?)」と聞かれた時に、うまく答えられないことが多かったなって。単語や文法の問題というより、自分の考えを瞬発的に言語化できないことが問題だと気づきました。それで、まずは自分の意思を持つこと、そしてそれをしっかり伝えることを意識するようになりました。

アメリカでは、日本の10倍くらい「あなたはどう思う?」と聞かれます。自分が何を考えているかきっちり伝えることが常に求められる。

カルチャーギャップを感じましたが、アメリカでは自分の意見を言わないことの方が人に対して失礼なことだと理解してからは、言葉にする努力を続けました。日本人の美徳である「控えめ」も、アメリカ人からすると「この人は何を考えているかわからない」になってしまう。価値観の違いを理解してから、自然に発言できるようになりました。


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