ビリヤニ――おもにインドで食されている、スパイスをふんだんに使用した炊き込みごはんである。そのひと皿に魅せられ、人生を大きく転換させたのが大澤孝将さんだ。

日本で本格的なビリヤニが食べられないことを嘆いてみずからつくる道を選び、紆余曲折の末に神田にビリヤニ専門店「ビリヤニ大澤」をオープン。カウンター10席を一斉スタートする完全予約制ながら、オープン以来一度たりとも空席がない繁盛ぶりだという。

「予約困難店になれたことがビリヤニのすごさの証」と語る大澤さんに、お店をオープンするまでの経緯やビリヤニに賭ける想いを聞いた。自らの生き方を「ビリヤニ原理主義」と表現する大澤さんの目には、天職に出会った人間の熱量がほとばしる。


「おいしいビリヤニが食べたい」その一心で広げた輪

画像: ▲「ビリヤニ大澤」のビリヤニ(ご本人提供)

▲「ビリヤニ大澤」のビリヤニ(ご本人提供)

――大澤さんがビリヤニを知ったのは、出張で訪れた南インドだそうですね。「ファーストビリヤニ」との出会いを、ぜひ教えてください。

大澤:ビリヤニは、南インドのあちこちの飲食店で提供されているメジャーな料理です。発祥は北インドで、現在はインド全体でポピュラーな料理とも言えますね。僕自身もともと海外にはよく行っていて、食に対する好奇心は旺盛なほうなので、試しに注文してみたところ、なんだかチャーハンみたいなひと皿が出てきた。それが……めちゃくちゃおいしかったんです。とんでもない旨みがぶつかってきて、スパイスの刺激で身体中の毛穴がざっと開く感覚がありました。

僕は子どものころから味のついたごはんが好きで、お寿司や炊き込みごはんも大好物。でも、どうもビリヤニでしか刺激できない部分があるんです。米にスパイス、オイルと具が混ざり合い、スプーンを入れる場所によって味わいが違うビリヤニは、カレーやチャーハンとは似て非なる食べ物でした。

画像: インドの日常にあふれるビリヤニ(ご本人提供)

インドの日常にあふれるビリヤニ(ご本人提供)

――のっけから、ビリヤニへの愛情があふれ出ていますね……!

大澤:あまりにおいしすぎたから、滞在中は一日4件ほどの飲食店をハシゴしてビリヤニを食べ歩きました。そのうち、街ゆく人たちやオートリクシャー(インドの三輪タクシー)の運転手にもおすすめの店を紹介してもらって。

現地の言葉は喋れないけれど「ビリヤニ! ビリヤニ!」と連呼すればだいたい伝わります。そしたら、「あそこがおいしいぞ」みたいに教えてくれて。いろんな店を訪れたのに、どこで食べてもおいしいんです。地元民しか来ないような店で食べても、駅の目の前にあるチェーン店で食べても、ハズレがない。これってすごくないですか?

――ビリヤニという食べ物そのものが、本当においしいということですもんね。

大澤:そうなんです。なのに日本で「ビリヤニ」というメニューを見つけて食べてみたら、単なるカレー味のチャーハンで……これはビリヤニじゃないってショックを受けました。おいしく、本格的なビリヤニ食べたさに、ひとまずインド料理店に相談してみると「貸し切りの人数が集まればちゃんとつくれるよ」と言われました。どうやらビリヤニは手間がかかるうえ、大鍋でたくさん炊く必要があったんです。

それからはもう人数集め。SNSで「ビリヤニ」と投稿している人を見つけては「一緒に食べる会をやりませんか?」とDMしまくりました。当時はいまほどビリヤニが知られていなかったから、「ビリヤニ」って投稿する人はまあまあビリヤニ好きの方が多くて、意外と打率が高かったです。そのうちに食べるだけでなく、「作り方を習う会」もスタート。

そして2011年に発足したのが、おいしいビリヤニをつくって楽しみ、国内普及を目指す「日本ビリヤニ協会」でした。普及すればするほど、どこでも食べやすくなりますからね。

画像: 「おいしいビリヤニが食べたい」その一心で広げた輪
――大澤さんのビリヤニ愛が、とうとう周りを巻き込み始めたわけですね。

大澤:当時はフリーターになっていて時間があったし、地域を巻き込んだ「ビリヤニフェス」などを不定期開催するようになっていました。そのたびに盛り上がるので、バイト先のモダンインド料理屋「ガラムマサラ」の定休日に店を借り、ビリヤニを提供する「ビリヤニマサラ」をはじめたんです。

ビリヤニはとても複雑な料理なのに、材料はスパイス、肉、バスマティライス(インドの米)、ニンニク、ショウガとシンプルなんですよね。だからこそ奥が深くて、味の追究もしがいがある。ちゃんとしたキッチンにインドのスパイスがそろっているインド料理店の厨房は、理想的な環境でした。

――お店で商品としてビリヤニを提供するようになれば、これまでとは違う課題も見えてきたのではないでしょうか。

大澤:まさにそのとおりで、飲食店で提供するにはすごく難しいメニューでしたね。まず、工程がめちゃくちゃ面倒くさい。ベースとなるカレーをつくってから米を炊いて合わせなくてはいけないので、コンロを何時間も専有するんです。かつ、スパイスの香りをしっかりと残すためには、スパイスを大量に使って20~40人前くらいを一度に炊き上げるのが一番いいから、大きな鍋と食べてくれるたくさんの人が必要になります。そして、炊きたてが圧倒的においしいから、作り置きもできない……。

そうなると、到底ほかのメニューの仕込みなんてできません。工程を省略した「なんちゃってビリヤニ」とほかのメニューを両立するか、ビリヤニだけを追求するかの2択になるわけです。

――営業していくために「なんちゃってビリヤニ」を選ぶお店が多いのも、日本で現地の味が食べられなかったのも理解できますね。

大澤:そう、僕が日本で食べてがっかりしたあのビリヤニは、店を営業するために仕方ないことだったんです。でもせっかく自分でやるからにはおいしさを最優先したくて、僕はビリヤニの味だけを追求する道を選びました。しかも炊きたてを死守するため、人数がある程度集まってからつくりはじめるようにしていたら、早めに来たお客様が2時間待つ……みたいなことになっちゃって。

画像: ▲「ビリヤニ大澤」で使用されているタブレットの裏面には……。

▲「ビリヤニ大澤」で使用されているタブレットの裏面には……。

――それは……ビジネスとしてかなり厳しいですよね。大丈夫だったんでしょうか?

大澤:ときには激しくお叱りを受けることもありました。せっかく食べに来てくれたのに申し訳ないと思いつつ、どれだけ怒られても、お待たせしてしまったとしても、おいしいビリヤニを提供したかったんです。

そもそも日本の飲食店ビジネスは、食事といっしょにお酒を頼んでいただかないと売上として成立しないし、お客さまがお腹いっぱいになったら試合終了。だから、ビリヤニ一種類でお酒も出さないお店なんて、赤字で当然です。ビリヤニにもお店にも知名度がなさすぎて、一日に3~4万円の赤字になる日々が続きました。

そんなあるとき「お店にこだわらず、プライベートでやればいいじゃん」と気づいて……。
次は、ビリヤニを食べたい人たちが集まるシェアハウス「ビリヤニハウス」をつくったんです。

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