休むのが得意だ。

いまの会社に入ってもう10年目になるが、有休消化率は毎年100%をキープ。働き方改革の申し子と称して、休みまくっては趣味の海外旅行へ繰り出してきた。だから働き方より、休み方に多くの持論がある。

休み方には数多くのテクニックが存在する。引き継ぎをしっかりする、入念な根回しを行う、などが基本的な要素として挙げられる。ただもっと大切にしているのは、「休んでから考える」ということだ。ちょっと休みづらい。でも休みたい。そんな板挟みで悩んだ時は、順序を逆にする。まず休み、そして考えるのだ。

僕は普段ソフトウェア開発の仕事に携わっているのだが、開発において「リーン・スタートアップ」という手法がある。かなり雑に説明すると、「作ってみてから考える」というやり方だ。

従来の手法では、お客さんが欲しがる機能をしっかり全部調べてから、開発に着手することが多かった。しかしそれだと時間がかかりすぎる。いざ開発してみたら、全然的外れな機能をつくってました!という失敗も起こりがちだ。

だからリーン・スタートアップでは、考えてわからなければ、まず簡単な機能を作ってみる。そしてすぐにお客さんに使ってもらうのだ。使ってもらったら、何が求められているのかは一目瞭然になる。ただ想像するより、やってみた方がよっぽど多くの情報が手に入るからだ。

休み方もこれと似ている。休んだらどうなるのか、休んだらどう思われるのか。そんなことは、休んでみなければわからない。悩んでいたら、絶好の休みどきを逃してしまう。だから僕の場合、まず休んでみる。休んでから考える。休んでみると、いろいろなことが見えてくる。

僕が数々の休みをこなしてきた中で、最も重要な気づきは「思ったよりなんとかなる」ということだった。この仕事は僕しかできない、自分が離れると仕事が回らない...そう思い始めたら、とりあえず休んで飛行機に乗って、中東とかに行ってみる。そうして帰ってくると、なんと仕事は普通に回っている。それはもう、ちょっとがっかりするほどに回っているのだ。

でも、そんなものだ。僕にしかできない仕事なんて、存在しない。だからこそ会社も、社会も平常運行している。それを認めてしまってから、すっかり楽になった。お陰で今日も安心して休み、そして働くことができる。

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子どもが生まれたとき、一年間の育児休業を取得した。当時、僕はとあるプロジェクトのリーダー的な立場にいて、休まない方がいいかな、という迷いもあった。復帰できるだろうか、と心配もしていた。だが思いきって仕事を休んでみると、やっぱりなんとかなったし、たくさんの新たな発見があった。

まず、育休を経て一年ぶりに出社すると、全てを忘れていた。自分で立ち上げたはずのプロジェクトですら、記憶がおぼろげだった。大変に聞こえるかもしれないが、これが実に快適だった。なぜなら、一年休んでいたことを理由に、臆せずなんでも尋ねられるからだ。

以前であれば、「こんなこと訊いてもいいのか?」と心配になるようなことも、一年休むと簡単に訊ける。「すいません、忘れちゃって」という枕詞をつけることで、あらゆる質問ができる。これは革命的だ。会議での疑問点から、知らない用語、納得のいかない議論まで、すべてその場で、臆せず訊ける。いつでも訊ける、というのは意外なほどに心理的安全性を担保してくれる。お陰で以前より、気持ちよく仕事ができるようになった。

また一年休んだことで、仕事に新たな楽しみも見出した。

例えば、仕事で褒められたら結構嬉しい。僕はもともと人事評価に関心が薄くて、やりたい仕事ができていればどう評価されてもいい、くらいに考えていたのだが、「この資料いいね」と同僚に褒められたり、「この機能は助かった」とユーザーに感謝されたり、そんな小さなことだけで、結構、いや、めちゃくちゃ喜ぶようになった。一年間子どもを褒めてばっかりいたから、自分が「褒め」に飢えていたのだろう。

あるいは、例えばExcelでセルの整理をするような、極めて事務的な作業。以前の僕はこういう単純作業を憎んでいたのだが、久しぶりにやってみると案外、心が落ち着くではないか。育休中の子育ては常に気を張り、マルチタスクをこなすことが求められた。それに比べてExcelの事務作業は、無心で没頭できる。一心不乱にひとつの作業に向かうのは、なんだか瞑想しているみたいだ。Excelのセル整理は、マインドフルネスだった。

一年休んだことで、そんなふうにいろいろなことがわかった。小さな仕事それぞれに、小さな喜びがあるのだ。疑問があったら素直に訊いて、事務作業に没頭して、ちょっと褒められていい気になる。休みたくなったら、またふらりと休む。

一年間の育休によって、小さな仕事の繰り返しが、ぐっと豊かになったように思う。休んだから、もっと働きたくなった。

画像: 休んでから考える。僕の「休み方テクニック」 岡田悠<第二回>

岡田 悠

会社員としてIT企業でプロダクトマネージャーを務める傍ら、作家・ライターとしても活動。『0メートルの旅』(ダイヤモンド社)、『10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい』(河出書房新社)、『1歳の君とバナナへ』(小学館)が発売中。オモコロで記事を、デイリーポータルZでPodcast「旅のラジオ」を更新中。

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