ここ数年、メディアを通じて「LGBTQ+」という言葉が大きく報じられるようになり、イベントも開催されるようになった。しかし一方で、「LGBTQ+」という言葉が独り歩きし始めていて、「正しい理解」が後回しになっているのかもしれない。
今回はLGBTQ+の当事者であり、幼少期に両親からネグレクトされ児童相談所に通っていたこともある広海さんと深海さんにお話を伺った。お二人はバラエティ番組の素人参加企画をきっかけに、ゲイであることを公表し、双子タレントとして活躍していた。現在は芸能界から一歩離れ、広海さんは経営者、深海さんはスタイリストとして活躍している。
「世の中でLGBTQ+を過剰に持ち上げている気がして違和感があるのよね」と語る広海さんに対し「多数派に理解してもらうにはそれも必要じゃない?」と返す深海さん。お二人のように意見をぶつけ合い、そしてお互いに理解を示すことが、多様性の実現のために必要なことなのではないだろうか――。
幸せだったけど目立っていた。その環境をリセットしたかった
広海:私たちが生まれて間もないころに、両親が育児放棄していなくなっちゃったんです。まだ一歳前後の話だし、祖父母にもわざわざ聞かなかったので詳しい話はわからないんですけどね。子ども心に何だか聞いちゃいけないような気がしていて。
かなりの貧乏だったし、児童相談所に通っていた時期もあったけど、深海ちゃんとはずっと一緒にいられた。別に幸せだったのよね。それが普通だと思っていたというか。みんなの子どものころと変わらない生活だったと思います。強い風で家の屋根が吹っ飛んでいったこともあったけどね(笑)
境遇とかバックグラウンドはかなり特殊だったかもしれないけど、祖父母のおかげでそこに愛情も幸せもあったから、今でも自分たちのことを不幸だったとは思ってないんです。
深海:お金に余裕があった瞬間は一度たりともなかったわね。だから今、「当時の生活に戻りなさい」って言われたら、正直無理。絶対無理。だって広海ちゃんとパートナーの方とひろーい綺麗なマンションで暮らしてて、かわいい二匹の猫ちゃんもいて。この生活にすっかり慣れちゃったもの。
でも広海ちゃんの言うように、あのころも小さな幸せは感じていたし「辛かったな」って思うことはあんまりないです。今のモノサシで見ると「あー、かなりすごーい(棒読み)」って感じですけど(笑)。“不幸だったことを売りにしたい“ とかは、全く思ってないの。
深海:ううん、全然。芸能界に入るまでは地元の伊勢志摩を離れて大阪で生活していたんですけど、大阪に出たのは、自分たちの生活をリセットしたくなったから。
私たちは「双子で貧乏で親がいない子ども」だったから、地元ではどうしても目立っていて。だからそれを一旦リセットしようと思って、地元を離れることにしたんです。「右に行ったら名古屋、左に行ったら大阪、どっちにする?人が多いし大阪にしよっか」って、片道切符で近鉄に乗って大阪に行きました。
大阪で、飲食店とかアパレルとか、死ぬほどたくさんのアルバイトをする中で、知り合いから「テレビで双子の素人参加企画があるらしいから、エントリーしてみたら?」って言われたんです。
広海:でも別に「芸能人になりたい!」って思って参加したわけじゃなくて。当時は10代後半だったし、「タダで東京行ける。ラッキー」くらいのテンションだったの。「交通費も宿泊費もでるし、もしかしたら賞金ももらえるかも」なんて言われて。だから「帰りにディズニーランドで遊んでこよ!」ってね。
でも結果的にはその企画に出演したことで、芸能界に入ることになりました。当時は芸能界に興味はなかったけど、「自分たちはこれからどうやってお金を稼いでいけばいいんだろう」って悩んでいたし。だからお声がかかったとき、まずは芸能界でチャレンジしてみようと思ったんです。
行き当たりばったりか、石橋を叩くか。それぞれのキャリアの歩み方
広海:いくつか理由はあるけれど……。そもそも最初からタレントとして成り上がりたい、みたいな気持ちがなかったし、当時テレビで求められていた“ゲイとしての立ち位置”みたいなものにモヤモヤしてたのもあるかな。例えばイケメン俳優がいたら抱きつきに行くとか、誰かをイジって笑いを取るとか。みんなが楽しむためのピエロの役割を求められていたというか。僕たちも全然楽しくなかったし、「求められたことを何も考えずにやっていたのは良くなかった」って今は反省しています。
で、当時25歳だったんですけど、とにかく違う仕事をしてお金を稼がなくちゃと。それでご縁があったマーケティング会社で働くことにしました。僕はこうやって切羽詰まってからなんとかした。でも、深海ちゃんは芸能界にいた時から「スタイリストになりたい」って言って勉強してたわよね。これからどうするかってことをしっかり考えて準備してた印象がある。
深海:そうそう、もともとお洋服に関わる仕事をしたいっていう夢があったから。タレント業を始めてからもそれは変わらなくて、22歳くらいからは、自分たちのスタイリングを私が担当して。23歳で芸能の仕事をしつつ、スタイリストのアシスタントを始めました。
広海:全然そんなことないの。前職では、最初はインターンとして入社して、すぐ社員になって。最終的には社内で自分のチームを持って売り上げを作れるくらいにはなれたんです。ちょうど入社から3年くらい経ったタイミングで会社から昇給の提案をもらって、納得できる金額を提示してくれたんだけど「一度は自分で挑戦してみてもいいのかな」って独立を決めた感じかな。ね、行き当たりばったりでしょ!(笑)
でも、会社を立ち上げたからって「社長として社員を引っ張らなくちゃ!」という考えはなかったの。僕を含めて、社員一人一人が自立して働けるコミュニティーみたいな自由な会社にしたいなって。
そこらへんだと、深海ちゃんのほうが悩んでた印象あるかな。
深海:実はそうなの。独立してからは、アニメの監修だったり学校の先生だったり、スタイリング以外の仕事もたくさんさせてもらって。でもその反面、スタイリスト一本でやれていないことが強いコンプレックスにもなっていて。
モヤモヤしながら仕事をしていたんだけど、あるとき友達に「なんでもできるスタイリストって多くないから、いろんなことを経験してマルチに仕事をしてくのもいいんじゃない?」って言ってもらったんです。その言葉にすごく救われたな。
深海:「この人って、何を生業にしてる人なの?」って思われるのがすごく嫌だったの。
私たちはタレントの仕事をしていたから、その印象が強い人からは真剣に仕事をしてても「お遊びなんでしょ?」って思われちゃうことがあって。
広海:僕たちは「おバカなタレント」って感じでテレビに出てたから、どうしてもファニーなイメージが残っていた。「大丈夫?この人たちに任せて」って思われちゃうことが少なくなかったんです。
深海:私がスタイリストとして働く中でもそう思われることがあって。それがすごくコンプレックスだったな。でも友達の言葉で、そんなこと言ってても仕方ないと思えるようになって、いろんな仕事を積極的にやるようになりました。
去年、アパレルブランド「weakend」を立ち上げたのも、そう思えるようになったことが1つのきっかけね。自分にしかできない仕事ができたらいいなって。
余裕がある当事者が「弱い人」の分まで戦わないと
深海:普通、って言い方は変だけど、みんなが普通に異性を気にするようになるってタイミングがあるでしょ?私たちはその時気になる相手が男性だっただけ。だから「これをきっかけにパッと目覚めました!」って感じじゃないのよ。
だって女性に目覚める瞬間、男性に目覚める瞬間なんてなかったでしょ?10代中盤くらいで自然とそう思うようになっただけなんです。
自分がゲイだったってことに対して「そういう感じね。OK」ってすんなり受け入れられたのは、運が良かったなって思います。性自認する時にショックを受けたり、カミングアウトをどうしようかって悩んだりする人もいるけれど、私たちはそれがなかった。これは双子だったのが大きかったのかなって。やっぱり広海ちゃんも同じなのね、みたいな。
広海:人にもよるだろうけど、気にしてない人の方も多いんじゃないかな。だからこそ、最近の風潮として、当事者じゃない周りの人がそこまでLGBTQ+に注目しなくてもいいのに…って思っちゃう時もあるの。
もちろんLGBTQ+に関する活動を否定する気はないし、法律を変えることも前向きに考えるべきだとは思うけど。でも、当事者にとっては自分がLGBTQ+であることが“普通”なんだから、必要以上に外部がフォーカスするのは違うんじゃないかなって。
深海:それは冷たすぎるんじゃないの? あなたは自分がパワフルな立場にいるからそんな風に考えられるけど、立場が弱い人や苦しんでる人だって少なからずいるし、一括りで否定しちゃダメよ。
広海:そもそも日本は女性差別がとんでもないじゃない。まだまだ平等じゃない。LGBTQ+だけじゃなくて、女性の立場の問題も解決しないといけないのに、なんでLGBTQ+ばかり注目しようとするの?って、どうしても思っちゃうのよ。
深海ちゃんが言う「立場が弱い人」にフォーカスすることは必要だと思うけど、小さな点をあまりにも大きく取り扱いすぎてるんじゃないかなって。
深海:言ってる意味はわかるけど、ノーアグリーよ。せっかく私たちは当事者なんだから、悩んでる人に対して「こうやって生きるとちょっと心が楽になるわよ」って、お手本なんて言ったらおこがましいけど、もしそうなれたらすごい素敵じゃない。
そもそも小さな点を持ち上げないと、多数派の人には現実が伝わらないのよ。私たちみたいな少数派は、自分を理解してもらうために「説明すること」が求められる。だって多数派は、少数派のことなんて知らないから。
だからこそ、多数派に対して現実を伝えることは私たちみたいに少し余裕がある当事者の役割なのかなって。お金に余裕がある人が寄付をするのと同じ。私たちの知見や考え方が、悩んでる少数派の人たちの心を少しでも穏やかにしてくれたら、私はすごく嬉しいわ。
深海:これはLGBTQ+以外の人にも言えることなんですけど、少数派の人って諦めちゃうんですよ。私たちも結婚なんてできないって昔から諦めていたし、どうせ理解してもらえないだろうって。
それを逆転できるようにするべきだなって。自分で自分の可能性を諦めてしまうのは、すごくもったいない。だからこそ、まだまだ解決すべきことはたくさんあると思います。
広海:でもねLGBTQ+の人が、みんな辛い思いをして生きているみたいな言い方だけはしないでほしいの。
深海:それはそうね。でも私たち自身や、私たちの周りには、“ありのままでいられるゲイ“しかいないじゃない?だから広海ちゃんが言うように、本当はどれだけの人がLGBTQ+であることで悩みを抱えているのかは正直言って私たちにもわからない。
だからこそ、「あの人たちもきっと大丈夫だから注目しなくてもいい」なんて決めつけちゃダメでしょ。私たちみたいな当事者は、少数派の代表として多数派の偏った意見や考え方と戦い続けなきゃいけないと思うの。
広海:たしかに僕たちもずっと地元に残っていたら辛かったのかもしれないわね…。たしかに、一括りに「みんな大丈夫」って決めつけちゃいけないわね。
マーケティング会社Hi Inc. CEO。 デジタルを軸に、コンテンツ制作やディレクション、コンサルティング、PR施策の考案、キャスティングと幅広いサービスを提供している。
深海 FUKAMI
スタイリスト。 国内外のファッションショーや各メディアなどのスタイリングを始め、アパレルブランドのクリエイティブディレクションやブランドディレクターとしても活躍。
取材・執筆:宮﨑 駿
編集:山口 真央
写真:梶 礼哉