注文を受けてから豆を挽き、バリスタの手によって1杯ずつていねいにドリップ。香り豊かなコーヒーが人気を集める「ブルーボトルコーヒー(以下、ブルーボトル)」が日本に上陸したのは2015年のことだ。その立役者となったのが、ブルーボトルジャパン代表、アジア代表、そしてブランド全体のブランド統括責任者として活躍した井川 沙紀さん。現在は同社から独立し、ストラテジックブランドアドバイザーとして、ブルーボトルを外から支えながら、自身が立ち上げたインフロレッセンス株式会社の代表取締役を務めている。

日本、アメリカ、そしてアジアと飛び回り働いていた井川さん。日本に一時帰国していた2020年、コロナ禍へ突入したことをきっかけに現在は日本を拠点に働いている。「日本人らしく働かなくてもいいと思うんです」と話す井川さんに、「自分らしく働くこと」について聞いた。


履歴書で見ると順風満帆なキャリア。実は「30歳前症候群」に振り回されていた

画像: 履歴書で見ると順風満帆なキャリア。実は「30歳前症候群」に振り回されていた
―ご経歴をお伺いすると、順風満帆なキャリアという印象を受けます。

井川:今振り返ってみると、結果的にはそう見えるかもしれません。
でも、どの会社で働いていた時も、悩んだことや仕事を楽しめない瞬間は何度もありました。とくに2社目のインキュベーション会社の在籍時、「30歳前症候群」を発症して、自分で自分を追い込んでしまっていたんです。

―「30歳前症候群」。初めて聞きました……

井川:これは私が作った言葉なので(笑)。当時入社2年目で26歳だったんですが「30歳になるまでにこうしないといけない」と強く思い込んでしまっていました。

例えば「30歳までに結婚しなくてはいけない」とか「もし将来子どもを産むなら、今のうちに制度が整った大企業に転職しておくべきだ」とか。そんな考えに縛られて、半ば闇雲に転職活動をしていたんです。

この頃の転職活動では、面接官ウケのよい回答を無理して絞り出していたので、表面的な言葉しか出てこない。当然転職活動はうまくいかず、最終的にはエントリーした30社以上を不採用になって、転職を一度諦めました。

―確かに年齢を1つの節目と捉える方は多いかもしれません。井川さんは、どのようにして「30歳前症候群」から抜け出したのでしょうか?

井川:「自分がやりたいこと、楽しいと思うことを突き詰めよう」と考えられるようになったことがきっかけだったかな……。一度転職を諦めてから、さらに2年ほど同じ会社で働きましたが、「やっぱりPRだけじゃなくて、新規事業に関わりたい」と、再度転職意欲が湧いてきたんですよね。

自分が本当にやりたいことは「PR×新規事業」だと気付いてからは、転職活動の面接でも、自然と本心からの言葉が出てくる。受ける会社も、条件や環境だけを見るのではなく、自分の得意なこと、やりたいことにフォーカスして選べたと思います。

その頃には、「この先出産することになったとしても、それはその時だ。今は考えてもわからない!その時考える!」とまで思えるようになっていて(笑)。この時点で、完全に「30歳前症候群」から抜け出せました。


日本社会が求める「日本人らしさ」が、働きづらさを生みだしているのかもしれない

画像: 日本社会が求める「日本人らしさ」が、働きづらさを生みだしているのかもしれない
―井川さんはこれまで、国内外で活躍されてきましたが、国によって働きやすさの違いを感じますか?

井川:うーん、確かに海外の方が働きやすいと思うことはありましたね。正直、アメリカ本社で働くことを決めたのは、日本で働くことに疲れたから海外で働きたいという気持ちがあったのも事実です。日本にも良いところはたくさんあるし、女性が働きやすい社会作りに取り組み始めていますよね。でも、海外と比較するとまだまだな部分が多いなぁと感じます。

日本国内で働いていた頃、会社の上層部にいるのはほとんどが男性でした。仕事の中で女性と男性という性別に差を感じる瞬間もあって、やりにくいなと思ったことも。

ブルーボトルの代表に就任してからは、社内でそういった空気はあまり感じませんでしたが、外部の人から「女性が代表?大丈夫なの?」と懐疑的に見られたり、友達だった男性から、女性で代表ということをからかわれたりしたこともありましたね。

―日本社会には、改善すべきことがたくさんありますね……

井川:私自身は、4社目、5社目と海外で働いたことで、国内に戻ってからも日本特有のやりづらさをそこまで感じなくなりました。これは私の意見なんですが、日本で働いていると、どうしても「日本人らしさ」を求められている気がして。

この「日本人らしさ」というのは、女性に限った話ではないと思います。男女関係なく、日本で働いていると、知らず知らず「自分軸」が徐々に薄くなってしまうんじゃないかなと。

例えば会議の場で「君はどう思う?」って本音を聞かれていることはあまりなくないですか?むしろ「この状況ならこう言わないといけない」という空気があり、自分の意見よりも、その場で正しいとされていることを言わないといけないというか。

もちろん、自分勝手に好き放題言うなんてことは、どの国でも求められていないけれど、やはり自分らしさや自分の考えは持っていた方がいいんじゃないかと思うんです。


感情をロジカルでフォローできたら、「自分らしさ」を発揮できる

画像: 感情をロジカルでフォローできたら、「自分らしさ」を発揮できる
―井川さんが考える「自分らしさ」を持つためには、どういった行動が必要だと思いますか?

井川:まずは自分の感情を把握した上で、それを深掘りしていくことでしょうか。「感情」といっても、ただの感覚的なものとは違います。感情に説得力を持たせるために、ロジックが重要なんです。

例で言うと、私がブルーボトルに入社した時、メンバーでコーヒーのテイスティングが実施されたことがありました。周りはバリスタや焙煎士といったコーヒーのスペシャリスト。私1人だけがコーヒーの専門知識がない状態で、最初は何も自分の意見が出せずにいました。

ジェームスはそんな私に、「まず好きか嫌いかを言ってみて」と提案してくれて。それなら誰にでも答えられますよね。「これは好きだけどこれは苦手」と。そこからさらに「なんでそのコーヒーが好きなの?」「こんな味がするから」とディスカッションをしていくことによって、自分の感情をロジカルでフォローしていくという体験をしました。

―自分の感情を正確に、深く理解することが「自分らしさ」を持つための一歩になるんですね。

井川:自分の感情と、会社から求められるものにギャップがあると、働きづらさを感じてしまいますよね。かと言って、自分の感情に蓋をして、求められたことだけをしていても楽しくない。

もちろん何も努力をしていない人が、いきなり自分の感情だけを押し出して意見するのは論外で、最初はある程度努力する期間が必要です。その上で、自分の感情と向き合ってほしいなと。

これを習慣化できると、仕事の中でふと「違和感」を持つようになれます。違和感の正体を自分の中でロジカルに突き詰めていくと、自分が苦手な仕事や向いていない環境がわかるようになるんです。

私がかつて転職を重ねて得たものは、きっとこの「違和感」が大きく関わっていると思います。反対に自分にとって向いている仕事や働きやすい環境もわかるようになるはずです。

―そんな「働きやすい環境」だったブルーボトルを離れ、独立し起業された井川さん。今後、井川さんが進んでいきたい道を教えてください。

井川:まだ具体的には決めていないんですが、無理なく面白いと思うことを続けながら、働いていきたいなと(笑)

昨年は、コンサルティングの仕事をメインでやっていました。すごく楽しくて勉強にもなる一方で、「自分でも何か新しいことをやってみたい」という気持ちが芽生えた1年でした。今年は新規事業も立ち上げ、それぞれが持ちつ持たれつな状況です。コンサルのお仕事をいただけているから事業をする余裕があるし、事業の経験がコンサルの場でも活きてくる。すごくいいバランスだなって。

ワークとライフ、どちらかを制限してバランスを取るという意味でのワークライフバランスという言葉はあまり好みではないんですが、仕事だけじゃなく、プライベートもどちらも思い切り楽しんでバランスをとりながら、これからも私らしく、流れるように進んでいきたいなと思っています。


画像: <後編>見つけたのは「日本人らしさ」ではなく、「自分らしさ」。ブルーボトルコーヒージャパン 元代表 井川 沙紀さんにとっての「自分らしく働く」とは

井川沙紀
これまで新規事業開発や、ブランドビジネスのマーケット展開に従事し、ブランディング・広報・PR領域を担当。直近では米ブルーボトルコーヒーの日本上陸を担当後、日本代表、アジア代表を経て、米・本社の経営メンバー(Chief Brand Officer) としてブランド全体の統括責任者として勤務。現在は国内外のブランディング・コミュニケーション戦略のコンサルタントや、大学の特任教授(客員)や社外取締役として活動。

取材・執筆:宮﨑 駿
編集:山口 真央(ヒャクマンボルト)
写真:KEI KATO(ヒャクマンボルト)

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