「リビングで、夫や娘2人と過ごす時間が、いまの私にとっては最も大切な時間。でもそこでも家族から仕事への指導が入るんですよ(笑)」

やわらかな日差しが入り込む自宅で、プルデンシャル生命のライフプランナー・黒田由実さんは笑った。その穏やかな笑顔にはやさしさだけでなく、子どもの病気や離婚、ひとり親時代の苦悩や不安を乗り越えて得た強さも備わっている。

暗闇を一人で彷徨っているような時期があったから、家族や友人や、お客さまにかける言葉も変わったと語る黒田さん。彼女が乗り越えてきた道と、そこで得た財産とは――。



私がプルデンシャル生命に入社したのは42歳のころ。それまでは新卒から18年以上、大手の通信事業社で働いていました。

第二子出産までは、通信ネットワークなどの法人営業をしていたんです。私は、契約を取れなかった際に「何がダメだったのか、教えてください!」とお客さまに泣きながら質問するような猪突猛進タイプでした。それを良しとしてくださるお客さまもいて、「黒田さんは一生懸命だから、ネットワークも携帯電話もすべてあなたの会社に替えるよ」と契約いただいたこともあります。

ライフプランナーになってから気づいたことですが、前職もいまも「目に見えないもの」をご提案する仕事ですよね。だから、お客さまに「どういった不便(不安)があり、どう解決できるのか」「どうすれば安心していただけるのか」を想像してもらうことが大切

お客さまに寄り添い、最適な方法を提案するという仕事はとてもやりがいがあり、当時転職はまったく視野に入っていませんでした。

画像: 子どもの病気、離婚、転職、再婚。すべての経験が、お客さまへ寄りそう力になる。ライフプランナー 黒田由実

子どもの病気で仕事も生活も一変

人生最大の転機となったのは、次女が小児慢性疾患と難病を患ったことです。

生後3カ月から毎日の皮下注射が始まり、体調不良による保育園からの呼び出しや通院などが日常生活に入ってくるため、生活が一変。ただ、「手はかかるけれど、長く一緒にいられる子育てをさせてもらっている」と気持ちを切り替え、子どもとは多くの時間や思い出を共有してきました。

仕事も、法人営業から営業サポートに異動させてもらい定時で退社できるようになったので、大変ではありましたがなんとか両立できていました。

一方で、子どもの病気に対する元夫との価値観の違いは決定的になっていきました。元夫と足並みをそろえることができず、娘の病気をケアしながらどう成長をサポートするかという悩みは私が一人で抱え込む状況になり、孤独を感じる日々。

小学校入学のときに準備する学習机をどう選ぶかといった些細なことも話せなくなっていることに気付き、夫婦関係に終止符を打つことにしました。


This article is a sponsored article by
''.