日課と呼べる日課がろくにないその日暮らしの私でも、気がつけば一つだけ、毎日欠かさずやっていることがある。毎晩、寝る前にウェブ漫画を読むことである。

大半のウェブ漫画というのは、読者の脳を刺激しドーパミンをどばどば排出させるために練られているので、とにかくストーリーが痛快でシンプル。主人公が生まれ変わったり、転生したり、ダイエットしたり、整形したりなどして、だいたい突然無敵になる。無敵になって、無敵前に自分を苦しめていたやつを追い詰めていきながら、同時進行で無敵前にはなかった新しい恋を育んでいく。

言うまでもないが、この新しい恋のお相手というのもやっぱり無敵である。仕事ができて容姿端麗、実家は太いを通り越して財閥。おまけに恐ろしく察しもいいので、主人公がその必要に迫られた時、電話をかけるまでもなく、とっくに車で迎えにきている(こういう存在を俗に“スーパーダーリン”と呼ぶらしい)。これまでに100000回は読んできたあのパターンの、ミクロな部分がちょっとずつアレンジされ、ほどよくハラハラドキドキするものを、一話につき数十円払って読んでいる。

こんなにも毎日ウェブ漫画を読んでいるせいで、最近ひとつ気づいたことがある。ウェブ漫画の中でも、特に韓国から輸入されてきたウェブ漫画では、ヒロインが往々にしてかなりの“働き者”なのだ。

たとえば主人公が無敵に生まれ変わるタイプの漫画では、「職場で能力を認められる様子」が、無敵状態を象徴する一要素として欠かさず描かれる。財閥の御曹司とめでたく結婚したとしても、多くの主人公は仕事を続けることを選択。独立して起業するケースもある。さらに主人公の出産後、長期育休を取得し、主体的に育児を担うのはエリートビジネスパーソンとして描かれていた御曹司の方、という作品も少なからずある。

生活や仕事で疲れ果てた者たちにとってのいわばマッサージみたいなウェブ漫画で、主人公がめきめき仕事に励む。こういうシーンを目にするたびに私は、「そうだ、本当は仕事ってこういうものだった」と目の覚める思いがするのだ。

実は私はかつて運命のいたずらによって、一度も働いたことのないまま富裕層の妻になったことがある。当たり前のことを言うようだが、お金の心配をせずに暮らすことのできる毎日には、たしかにお金の心配をするストレスがなかった。けれど一方で、自分が社会の誰からも評価されないことへの漠然とした焦燥は常にあり、また仮にもしさらなる運命のいたずらによって結婚生活を続けていけなくなったら、という先々への不安も常にあった。そして結婚から10年、不安は現実になった。

なんとか試行錯誤して離婚と、奇跡的な就職に成功。働き始めて得られるようになったものは、お金だけでは決してなかった。仕事を通してわずかでも自分の能力を信頼してくれる人に出会うことで、私自身も前より自分のことを信じられるようになった。自分を信じられるようになると、自分で決められるようになる。自分で稼ぎ、自分で決めることさえできれば、どこにだって行ける。ある程度の運命のいたずらになら、争う力を持つことができる。

いかんせん出産や子育て、健康などの環境的な制約を受けず思う存分働けること、働きに見合った十分な稼ぎを得られること、そういったことが期待できなければ、仕事に夢を見ること自体難しくなる。仕事に追われ、仕事に縛られ、忙殺される毎日の中では、仕事が私たちから自由を奪うかのようにすら感じさせる。疲れ切った心身にドーピングするようにウェブ漫画に癒しを求めたりもする。

けれども仕事とは本来、私たちに自由になるチャンスを与えてくれるものなのだ。そして望む自由を獲得できる力こそ、私たちが真に豊かな暮らしを続けていく上で、なくてはならないもの。だから、ウェブ漫画に登場するどこまでも貪欲な無双ヒロインは、御曹司と結婚したってなお働き続ける。

画像: 運命のいたずらに抗うために働く 紫原朋子<最終回>

紫原明子(しはらあきこ)

エッセイスト。1982年福岡県生まれ。著書に『大人だって、泣いたらいいよ 紫原さんのお悩み相談室』(朝日出版社)、『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)等。「話して、聞いて、書いて、自分を掘り出す”もぐら会”」主宰。「WEラブ赤ちゃん泣いてもいいよステッカー」発起人、エキサイト株式会社と共同で普及に努める。

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