「有給休暇を取ろう」。そう考えるときはどんなときだろう。家族の体調不良のとき、友人と遊びに行きたいとき、大切な人の誕生日……。さまざまな理由があるが、ふと “自分自身のため”に有給休暇を取得した経験はないだろうか。

そんな、自分のための有給休暇を取った日にこそ足を運びたい場所が、国立の閑静な住宅街にある。2023年春にオープンした『書店 有給休暇』だ。

そこは誰もが“肩書き”をおろせる、まちの本屋さん。どこからともなくコーヒーの香りが漂う店内には、店主のナカセコエミコさんがセレクトした一点ものの本と、数々の雑貨、お菓子、洋服などがならんでいる。

本離れ・書店不況と言われる今、なぜ書店を開いたのか。「こんな時代だからこそ、ホッとできる居場所を作りたかったんです」と語るナカセコさんから、長年の夢を形にする生き方を学びたい。


学校の図書館が自分の“居場所”だった。学校司書の夢からつながった「本」の事業

画像1: 学校の図書館が自分の“居場所”だった。学校司書の夢からつながった「本」の事業
ーー『書店 有給休暇』に一歩足を踏み入れたとき、ふわっと紙のかおりがしたのが印象的でした。初めて来たのに居心地が良くて、なんだかほっとできる場所ですね。

ナカセコ:ありがとうございます。お客さまの中にも「紙のかおりだ!」と言ってくださる方は多いんですよ。

お店の居心地の良さは、私が一番気を使ったポイントかもしれません。ここに来れば、気持ちがちょっと明るくなる本があって、お菓子や雑貨があって、一周ぐるっと見て回ってからコーヒーを飲める小さなカウンターがある。ちょっとひと休みして、「よしっ、元気をもらったから現実に戻るぞ!」って思えるようなお店を目指しました。

ーーお客さまはどんな方が多いのでしょうか?

ナカセコ:国立という落ち着いた街ですし、当初はおひとりで来る女性のお客さまが多いのかなと想定していたんです。でも蓋をあけてみると、おひとりの方はもちろん、家族連れやカップル、ご年配の方まで、さまざまな方が来てくださいます。仕事中らしきスーツの方がふらっといらして、コーヒーだけグッと飲んでいかれたりもしますね。

先日は、ご年配の方が「ここで買った本じゃないけど読んでいいですか」と、カウンターでコーヒーを飲みながら読書をされていました。お近くに住んでいる方かなと思っていたら、近くを通りかかった大学生が「あっ、先生!」と。お近くの大学の先生だったようなんです。きっとその方は、ここに来て「先生」という肩書きをおろして本を楽しんでいらしたのかなって。

画像2: 学校の図書館が自分の“居場所”だった。学校司書の夢からつながった「本」の事業
ーーまだオープンして数か月ですが、すっかり「まちの本屋さん」として国立に根付いているように感じます。また後程お店のことは伺うとして、まずナカセコさんのキャリアのお話を聞かせてください。

ナカセコ:大学を卒業後、新卒で銀行に就職しましたが、ずっとやりたかったのは図書館司書でした。小さいころからずっと本が好きで、地元静岡の中高一貫校では、よく図書館に行く子でしたね。学校の図書館はとてもキレイで、蔵書もたくさんあって。そしておひとり、若い女性の学校司書さんが在籍していたんです。

その方はとても“居場所づくり”が上手な人で、生徒に対して「ここはあなたがいていい場所だよ」という空気を作ってくれた方でした。私は図書館に行くたびに、よく彼女と本の話をしました。

教科担当の先生ではないから、先生と生徒という上下関係がなかったのもよかったんでしょうね。学校にいるちょっと年上のお姉さんのような、人間として対等に接してもらえる関係が心地よくて。放課後、友だちと別れてから毎日図書館に通っているうちに、次第に「彼女のような学校司書になりたい」「本を通じて、私も人の居場所を作りたい」と思うようになりました。今考えれば、その経験が私の原点ですね。

でも、学校司書ってすごく狭き門なんです。学校に1人、多くて2人しか枠がない。それに、その枠も毎年空きが出るわけではなくて。残念ながら私の就職活動年にはほとんど空きがなく、学校司書の道はいったんあきらめ、銀行員になりました。そのときは本当に残念でしたね。

ーー銀行員として働いたのちに、公立の図書館司書に転職されたのは、やはり司書の夢をあきらめられなかったからでしょうか?

ナカセコ:そうです。当時、地元の公立図書館に司書の空きが出たと聞いて、「今後、学校司書の道につながるなら」と契約社員として転職しました。でも……実際に働いてみて気づいたのですが、私がやりたかった司書の仕事とはちょっと違ったんですよね。

公立の図書館司書の業務は多くが事務作業。利用者さんと話せる機会はほとんどありません。私がやりたかったのはあくまで「母校のあの司書さんみたいに、居場所を作る」ということだったんです。次第に違和感を覚えるようになり、ダブルワークをしていた一般企業の本社異動をきっかけに司書を辞めることに。その後、商品企画・開発の管理職を経て、「本の事業、やろう」と一念発起し、現在代表を務める株式会社FILAGE(フィラージュ)を立ち上げました。


自分も「働く女性」だったから。自分が欲しかった選書サービスをスタート

画像: 自分も「働く女性」だったから。自分が欲しかった選書サービスをスタート
ーー株式会社FILAGEを立ち上げ、その後取り組んだのがネット書店 働く女性のための選書サービス『季節の本屋さん』ですね。なぜ「働く女性」にフォーカスされたのでしょうか?

ナカセコ:私自身が「働く女性」だったからです。特に前職は管理職にも就いて、仕事も家事も毎日忙しくて……。でも、そんな忙しい生活のスキマ時間を使って、読む本に癒しを求めていました。

世の中の女性って、今、本当に忙しいと思うんです。私のように本に癒しを求めたくても、その本を探す時間すらない。やっとの思いで書店に赴き、手に取った本がもし、悲劇のバッドエンドだったら……。読了後に、心がよけい疲れてしまうことって、経験のある人も多いと思います。

ーーたまたま手に取った本が、昼ドラのようなドロドロのラブストーリーで、読後はほとほと疲れてしまったこと、私もあります(笑)

ナカセコ:でしょう? だからこそ疲れているときに読んで、癒しになるちょうどいい本が毎月送られてきたらいいのに。そんな思いで「私、ナカセコエミコが欲しかったサービス」を形にしたのが『季節の本屋さん』です。

ーー株式会社FILAGEを立ち上げてすぐ、ナカセコさんはご自身で絵本を出版されています。絵本でありながら、「働く女性」に向けたものに仕上がっていますね。

ナカセコ:『COFFEE TIME -珈琲とめぐる毎日-』(ニジノ絵本屋)をはじめとした絵本は、FILAGEを立ち上げる前後に書評のお仕事を多く受けていたとき、「名刺になる本を出したい」と思って作ったものです。最初はビジネス書を書くべきかなと思ったんですが、働く女性が癒されるためのビジネス書って、もう世の中にたくさんあるじゃないですか。

「じゃあ、気軽に手に取れる絵本にしよう。心が疲れてしまったときに駆け込む、避難場所のような優しい本がいい……」そんなことを考えていたとき、SNSを通じて “ニジノ絵本屋”という出版機能を持つ絵本専門店を知りました。さっそく企画を持ち込んだら、店主のいしいあやさんが「いいですね、やりましょう」と言ってくださって。

絵本はコンパクトサイズに、バッグの中に入れて持ち歩けるサイズにしました。少し疲れたときに、いつでも眺めてもらいたいという願いを込めた絵本たちです。


本を通じた居場所が少なくなっている今だから。『書店 有給休暇』に込めた想い

画像1: 本を通じた居場所が少なくなっている今だから。『書店 有給休暇』に込めた想い
ーー『季節の本屋さん』がネット書店であるのに対し、『書店 有給休暇』は実店舗。あえてお店を持とうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

ナカセコ:「居場所を作りたい」という思い、これに限ります。やっぱり、私にとって中高生時代の図書館が「本を通じた大切な居場所」だったんですよね。本に囲まれ、落ち着ける場所。それは大人になってからも変わりませんでした。どんなに忙しくても、お気に入りのブックカフェに駆け込むと、本来の自分に戻れるような気がしたんです。そしてそれを、私も作りたいと常々思っていた。クラウドファンディングの力を借りて、そんな長年の想いを、やっと、やっと叶えたのがこの『書店 有給休暇』なんです。

小さいころから「本屋さんになりたい」という漠然とした夢はありました。でも今は、出版不況、書店不況、紙離れ……などと、本に対するネガティブな言葉ばかり耳にする時代。「本屋さんをやってみたいけど、今じゃないや」とずっと夢を後回しにしてきました。でも気づいたらコロナ禍に入って、私の身の回りにあった本屋さんがつぎつぎとなくなってしまったんですね。

「これじゃいけない、今やらなきゃ。私が本を通じた居場所を作らなきゃ」。そんな使命感にも似た想いを抱いたんです。

ーーナカセコさんにとって、図書館や書店など、「本のある場所」はとても大切な場所だったんですね。

ナカセコ:そう。それともうひとつ、私にとっては「コーヒーがある場所」というのもとても大切でした。前職で働いていたとき、オフィスの休憩コーナーにはいつもコーヒーが置いてあったんです。最初はそれしか飲むものがなかったから仕方なく飲んでいたんですけれど……次第に美味しく感じるようになって。

コーヒーって、すごくいい息抜きになるんですよ。オフィスで一緒に仕事している仲間に「コーヒー飲まない?」って声をかけるだけでコミュニケーションがとれる。それまで仕事にかじりついていた部下たちも「コーヒー1杯なら」と、ふっと肩の力が抜ける瞬間が見えるんです。

私は頑張りすぎてしまっている人にこそ「一緒にコーヒー飲みませんか」と声をかけたくなってしまう。だから、いつも頑張っている人がふっと肩の力を抜ける場所を作るために『書店 有給休暇』にはコーヒーマシンがマストでした。

コーヒーを飲みながら、ほっと落ち着く時間を過ごしてもらう。お話したい方とは楽しくおしゃべりをしますし、静かにしてほしいなという方には過剰なお声かけはしません。お客さまの雰囲気に合わせて、自然にお迎えすることこそが私の「居場所づくり」なのだと思います。

画像2: 本を通じた居場所が少なくなっている今だから。『書店 有給休暇』に込めた想い
ーー『書店 有給休暇』にはお洋服や雑貨、お菓子など、本以外のものもたくさん置いていますよね。

ナカセコ:これも「私がほしかった本屋」を体現した結果かもしれません。疲れているときの私って、できるだけ出掛ける時間を短くするために、すべてを1か所で済ませたいと思うんです。だから、ここには本があって、洋服があって、ステーショナリーがあって……。いろんなことをこの店だけで済ませられます。本を買いに来たついでに、コーヒーに合うお菓子を買って行ったりね。

そして、売り物のほとんどは、この場にしかない一点もの。次回お店を訪れたときには、きっと売っているものがガラリと変わっていると思います。それらひとつひとつに一期一会を感じていただきたいという思いから、あえてそうしています。

ーーすべてが一期一会。ナカセコさんとお客さまとの出会いもきっとそうなのではないでしょうか?

ナカセコ:本当にそう思いますね。まず国立という街と、この物件と出会えたのだって一期一会。私は結婚して20年になりますが、夫と初めて出会ったのも国立でした。その後も毎年、国立の街並みに咲き誇る桜を見にこの街を訪れています。都心ほど研ぎ澄まされた空気感がなく、ゆっくりとした時間の流れが感じられて、素敵な街だなと感じます。

そんな国立で、お客さまおひとりおひとりの居場所を作れていることには、やりがいも喜びも、達成感も感じます。店名は『書店 有給休暇』ですが、たとえ有給休暇を取れなかったとしても「今日は自分にお休みをあげよう」っていう気分で、おひとりおひとりの居場所として気軽に入ってきてほしいんです。

専業主婦・主夫の方やフリーランスの方には、いわゆる有給休暇はありません。でも、ここに来てくれたらその時間は自分だけのお休み時間です。そんな願いも込めて、自分の意思で「今日は有休(お休み)!」と思って来店された方には、「有休スタンプカード」を贈呈しています。ちょっとした遊び心です(笑)


頑張っている人の「居場所」であり続けたい。肩書きをおろして、一息つける空間づくりを

画像1: 頑張っている人の「居場所」であり続けたい。肩書きをおろして、一息つける空間づくりを
ーーナカセコさんは書店立ち上げのとき、「入りやすくてずっとそこにある、国立の地元の本屋さんになりたい」という夢を語られていました。それに向けて、今後挑戦したいことはありますか?

ナカセコ:これはできるかわからないけど……関西にもひとつ、『書店 有給休暇』を作りたいなと考えているんです。ここ国立の『書店 有給休暇』には、遠方からもわざわざこのお店に来るために足を運んでくださるお客さまがいます。ありがたいことなのですが、お金も時間もかかってしまうじゃないですか。だから本当の意味での居場所をご提供できているのか、不安になることがあるんです。

だから、関西にもひとつ拠点があれば……。もちろんそのためには国立の『書店 有給休暇』を続けていくことが大事。今はこのお店を守っていくために、模索を続けています。

あともうひとつ、もっとワークショップを増やしていきたいと思っています。ここ最近は、お店でアロマのワークショップや読書会など、定期的な集まりも開けるようになってきました。そうした集まりのなかで、参加したお客さまが日ごろ溜めこんでいることや悩みを話してくださることがあるんです。この場所が、訪れてくださるお客さまにとって安心できる居場所であってほしいと思うんです。

私は自分がやりたいことを実現するよりも、自分の得意なことや好きなことで誰かが喜んでくれることをするのが自分の幸福感につながっていくタイプです。そうすることで、お客さまや講師の方、この書店を訪れる多くの方々にとって、大切な居場所になっていくと思っています。

ーー誰かの喜びがナカセコさんの喜びになっていく……。『書店 有給休暇』のほっとできる雰囲気は、そんなナカセコさんの想いが詰まっているからこそなのかもしれませんね。

ナカセコ:そう思っていただけるとうれしいですね。普段頑張っている人って、自分の中のエンジンがずっと全開なんだと思います。ママとかパパ、会社の役職、PTAの担当……目の前にある仕事とかを一生懸命頑張っちゃう。そして、先ほどのお仕事中のスーツの方や、大学の先生のように、肩書きをおろしてちょっと一息つけるような、安心できる空間づくりを続けていけたらなと思います。

画像2: 頑張っている人の「居場所」であり続けたい。肩書きをおろして、一息つける空間づくりを

画像: 「今日は有給休暇だから、あの本屋さんに行こうか」―ナカセコエミコさんが“誰もが心安らぐ居場所”に寄せる想い

ナカセコ エミコ

株式会社FILAGE代表・書評家・絵本作家(図書館司書/キャリアカウンセラー/認定コーチ)。東京都国立市「書店 有給休暇」・ネット書店「働く女性のための選書サービス」"季節の本屋さん"を運営。女性のキャリア・ライフスタイルを中心とした本の事業を行っている。自著に『COFFEE TIME -珈琲とめぐる毎日- 』『LEMON TIME -檸檬とつなぐ毎日-』『窓のようなカレンダー』(出版:ニジノ絵本屋)がある。

取材・執筆:山口 真央
編集:野風 真雪
写真:KEI KATO

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