ゲームにハマった経験はあるだろうか?“寝食を忘れゲームに没頭する”そんな経験をした人も多いかもしれない。1983年に発売されるなり全世界で6000万台を売り上げ、大ブームを巻き起こした任天堂「ファミリーコンピュータ」、通称ファミコン。名だたるヒットゲームの中には、あの「ファイナルファンタジー」も名を連ねる。ゲーム画面を彩るのは、無数の正方形の集合体で描かれる「ドット絵」。主人公や敵キャラクター、背景にいたるまでがドットで描かれる世界は、今なお世界中のファンの心を掴んで離さない。

そんなファイナルファンタジー(以下:FF)の初代からドット絵を描き続け、今や35年以上ゲーム業界の第一線で活躍しているクリエイターがいる。株式会社スクウェア・エニックスの、渋谷員子(かずこ)さんだ。世の中に愛されるクリエイティブを生み出し続ける渋谷さんの情熱やキャリア論について、じっくりとお話を伺った。


「ファイナルファンタジーで人生変わりました」 今、届く声に感じる幸せ

画像: 「ファイナルファンタジーで人生変わりました」 今、届く声に感じる幸せ
ーークリエイターとして長年第一線でご活躍され、今では“匠”と呼ばれている渋谷さん。自らが生み出したドット絵が世界中の人々に影響を与えているというのは、どんな感覚なのでしょうか?

渋谷:「神って呼ばれる人生は、どんな感じですか?」とたまに聞かれますね(笑)。でも実は、ファンのみなさんからの声が私に届き始めたのはここ5年くらいのことなんです。

それこそFFのドット絵を描いていたファミコン時代には、「何百万個売れました」「海外でもこのくらい売れています」といった “販売数”でしか、ユーザーの反応がわかりませんでした。たまにファンレターをいただくことはありましたし、30年以上前のおたよりを今もずっと大切に持っていますけど……。でも本当に、ごく少数でした。

ここ数年で、SNSを通じて直接メッセージをいただくことが格段に増えたんです。それはまるで、「何十年も待ったラブレターの返事が、やっと届いた!」といった感覚ですね。

私がサイン会や講演など、表に立つことが増えてきたのもひとつのきっかけかもしれません。直接お会いしていただく感想がまた壮大で。「ファイナルファンタジーのおかげで、人生変わりました」「ドット絵が本当に可愛くて、小さなキャラクターが演技しているのを見て泣きました」「子どもの頃あなたのドット絵から多大なインスピレーションを受けて、今デザインの仕事をしています」って……。こちらがびっくりしてしまうくらい、本当に熱量が高い。そんな声を聞いて初めて、今までやってきた自分の仕事が多くの方に影響を与えていたんだって知ることができました。

今では純粋に「なんて幸せなクリエイターなんだろう」って思います。私がまだこの業界にいるからこそ、そういう声を直に聞ける。支えてくれている世界中のファンの方はもちろんのこと、FFのバトンを受け渡し続けてくれているスタッフにも感謝しかないですね。


「絵を描く仕事がしたい」 想いが導いた、ドット絵との出会い

画像: FFV © SQUARE ENIX CO., LTD. AllRights Reserved.

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ーーあらためて、ドット絵との出会いを教えてください。

渋谷:幼少期から絵を描くのが好きでした。高校生になった時には同人誌を作ったり、それを持ってコミケへ行ったりと、とにかく「オタク」街道まっしぐらでしたね。卒業後もそこはブレずに「私は絵の仕事をする」と決めて、アニメの専門学校へ進学しました。

漫画もアニメーションも学生時代に取り組みましたが、「仕事にする」というイメージができなくて……。「絵を描き続けるためにはどこかの会社に就職しないと」という気持ちがあったんですよね。

そんなことを考えていた卒業間近の冬、専門学校の紹介で、ゲーム制作会社のスクウェア(当時は株式会社電友社、現在の株式会社スクウェア・エニックス)のことを知りました。「絵が描けるならどこでも!」という気持ちで面接に行くと、面接官から「ドット絵、描ける?」って聞かれたんです。内心、「ドット絵ってなんだ!?」と思いましたが、軽い気持ちで「描けると思います」と答えると、その2日後には採用が決まりました。

就職したのは1986年。ゲームに対する印象もあまり良くない時代でした。だから「ゲーム会社に勤める」と伝えたとき、親からは心配されましたね(笑)。そして当時、女性は数年お勤めをしたら結婚して退職することが当たり前だったので、私も2~3年仕事をしたら結婚して退職するんだろうなと思っていたんです。最初からクリエイターとして何かを成し遂げたいと思っていたわけではありませんでした。

もしスクウェアに入社していなかったら、FFが誕生していなかったら、たくさんの才能ある同僚に出会えてなかったら、今の私はいなかったでしょう。奇跡のようなタイミングが積み重なったからこそ、今の私の絵を描く人生があるんだと思います。
※コミックマーケット。1975年から開催されている世界最大級の同人誌即売会


尊敬できる仲間と味わう“達成感”を追い求めて

画像: 尊敬できる仲間と味わう“達成感”を追い求めて
ーーそんな渋谷さんがドット絵に熱心に取り組めたのはなぜでしょうか?

渋谷:私にとっては「それが仕事だから」という意識が大きかったのだと思います。

ドット絵だから情熱を注げたというよりは、ずっと「絵を描く仕事をする」という想いを持っていた自分が、いよいよ就職して、絵を描いてお金をいただくという状況になったからかも。ドット絵を描くのは初めてのことでしたけど、「自分ができること、持っているもので精一杯やるしかないんだ!」って思っていました。

ーーそれから長年同じ会社に勤め、今もなおクリエイターとして活躍し続けられているのはなぜですか?

渋谷:これはね、楽しいから! やっぱりこれに尽きるんです。

入社した当初って、会社は今でいう “ベンチャー企業”だったんです。22~23歳くらいの、歳が近い仲間たちと小さなテナントビルの一室で毎日制作していて。いわば大学のサークル活動みたいな感じ。

ファミコンソフトの制作は、ゲーム設計からデザイン、テストプレイなど、最初から最後まで仲間たちと一緒なんです。FFⅥの最終締め切りの前日、プロジェクターのある会議室でプロデューサーが一人で最後のテストプレイをしていて。通りかかったスタッフ達がそれに気づいて一人、また一人と集まり始めたんです。全員で最後の戦いを見守り、エンディングを確認して拍手の中、ついに完成の瞬間を迎えました。とても感動的なシーンでしたね。一生忘れないと思います。

みんな個性が強く、仕事ができて、尊敬できる人たちばかり。各々がクリエイターとしてのプライドがあるので、しょっちゅう言い合いをしていましたね(笑)。その情熱の温度の高さが、ものづくりをする空間として心地よいし、だからこそ駆け抜けてこられたんです。

そんな尊敬できる仲間たちと団結し、「ゲームを作り上げる」という1つのゴールに向かい、たとえ夜遅くなったとしても、やり直しが重なっても、作り終えた後の達成感は何ものにも代えがたいから仕事をする。それが本当に快感で、楽しくてしょうがなかったんですよ。

ーーハードな制作期間で気をつけていたことはありますか?

渋谷:制作は毎回、ものすごく大変でした。クリエイターとして、ハードな環境下で高いパフォーマンスを保つには、メンタルもフィジカルもタフでないと続けられません。将来ずっとクリエイターでいるために、日常の小さなことですが、コンディションの管理には気を付けてきました。

例えば、煮詰まった時にはちょっと抜け出して体を動かしたり、メンタルが落ちてきたなと感じたらその日は早めに退社したり……。ずっと会社にいるばかりだったので、食事もなるべく健康的なものを選んでいましたね。20代、30代のうちは体力でなんとか乗り切れた部分はあります。でも40代を超えてからはそうはいかない。よりメンタルとフィジカルの双方に向き合うようになりましたね。最近は毎朝ヨガをしているんですけど、いつも心で唱えるのが「平常心」なんです。ずっと、毎日同じ(笑)

仕事を依頼してくださる方は「いつどんな時に、どんな仕事を振っても、必ず高いクオリティのものが返ってくる」と思って声をかけてくださるんです。それにはちゃんと応えたい。だからこそ、パフォーマンス維持は本当に大事にしています。


「チャレンジ」がキャリアを切り拓く。チャンスが来たら迷わず手を挙げてみて

画像: 「チャレンジ」がキャリアを切り拓く。チャンスが来たら迷わず手を挙げてみて
ーー渋谷さんは、女性ゲームクリエイターの権利や利益を守る「Woman in Games」名誉会員に選ばれています。ゲーム業界で女性クリエイターが活躍しやすくなるために期待することはありますか?

渋谷:後輩にはよく「チャンスが来たら、手を挙げて」と伝えています。これはゲーム業界の女性クリエイターに限ったことではないかもしれませんね。

テレワークが増えて会社に行く時間が減ったことで、家庭と仕事の両立がしやすくなるなど、今の時代だからこそチャンスがあると思うんです。実際、両立しながら仕事も本気で頑張りたいという後輩も多い。彼女たちには、臆することなく自分から手を挙げて成長のチャンスを掴みとってほしいなと。

例えばイベント登壇だったり、ライブ配信の出演だったり。今こうやって取材を受けていることもそう。どれだけ些細なことでも、チャンスがあれば迷わず「オッケー! やります!」って言うんです。
※2009年にWomen in Games Jobsとして設立され、2011年に非営利団体として法人化。ゲームとeスポーツにおける女性のための世界的な活動家による団体

ーー渋谷さんご自身はどんなことに手を挙げてきたのでしょうか?

渋谷:私は、仕事は拒まずなんでも受けていて。FFのCDジャケットや社内イベントのデザイン、インタビュー、社内カフェの店内デザイン……たとえ小さなバナーでも、頼まれたらやりますね(笑)

みんな「渋谷さんならできる。頼めばクオリティの高いものが上がってくる」と思って依頼してくれるんです。できると思って声をかけてくれるのだから、迷わず「やります」と言ったほうがいい。不安なら「わからないことがあれば、聞いていいですか?」と伝えておけばいいんです。

「ここがわからないな」「ちょっと1人では無理かも」と思った時、どんな人も、どんな業界でも1人だけで働いている人は少ないと思います。周りには助けてくれる仲間がいるはずです。どんな環境でも“チャレンジできる土台”があると思うんです。

そんな土台の上で挑戦を繰り返していくと、自分が知らなかった新しい可能性に気付けることもあります。元々興味はなかったけど、やってみたら「あれ、これ得意かも?」って思えたり。得意ってことは、それだけ自分が何かに貢献できることになりますから。

もしあなたが本気で頑張りたいなら、どうか考えすぎないでほしい。どんな結果になったとしても自分のキャリアの糧になるから、チャンスを楽しみましょうって伝えたいですね。

画像: ▲今回の取材現場では、渋谷さんの鮮やかな真っ赤なスカートがとても綺麗に映えていた。「ゲームって“エンタメ”なので、自分をうまく演出して、楽しむ気持ちで挑みたいですよね」

▲今回の取材現場では、渋谷さんの鮮やかな真っ赤なスカートがとても綺麗に映えていた。「ゲームって“エンタメ”なので、自分をうまく演出して、楽しむ気持ちで挑みたいですよね」


棚卸しして自分を見つめ直す。そして“好きの瞬間”を増やしていく

画像: 棚卸しして自分を見つめ直す。そして“好きの瞬間”を増やしていく
ーー例えば20~30代の方が、渋谷さんのように、楽しみながら自分らしく働いていくために大切だと思うことはありますか?

渋谷:20~30代、まだまだ若いじゃないですか!まずは“棚卸し”したほうがいいんじゃないかなと。もし今、何かモヤモヤを感じているのであれば、自分の中の問題なのか、それとも人間関係や会社の方針など自分以外の問題なのか。それによってまた話が変わってくると思います。

もしそれが自分の中の問題なら、仕事を始めた時のことを思い返してみるんです。仕事を始めた時には、嬉しい・楽しいっていう瞬間がどこにあったのかなって。

成果を認められたり、自分が好きな仕事ができていたり……どんな瞬間だったのか思い出していく。それを日々の仕事をする時に「自分が幸せに思う瞬間を増やすにはどうすればいいか」という思考に変えてみるといいんじゃないでしょうか。

ーーなるほど。棚卸しをして、自分を見つめ直すんですね。

渋谷:棚卸しをしておくと、次に自分がどんな一歩を踏み出したいか、ヒントが見つかるはずです。自分の幸せや楽しさを知るって難しいことだけど、例えば自分の生活や、“推し活”のためでもいい。無理に夢なんかつくらなくていいし、他人の意見に左右されないで、自分の中の“好き”を突き詰めていってほしいなと思います。

そういえば、今日ここに来る前に後輩にも聞いてみたんです。「今の仕事で何が一番幸せ?」って。

そしたら「こっそりスクエニカフェに行って、そこにいるお客さんがFFの話で盛り上がっているのを見るだけで幸せです。自分は、人に喜んでもらえる仕事をしているんだと実感できる」と返ってきました。

つまり、ファンの声を直接聞けるのが幸せであり、仕事の活力になっているんだそうです。後輩自身FFの大ファンだから、身分を隠してこっそりカフェやイベントに足を運ぶこともあるとか(笑)。ファンの気持ちもわかるクリエイターなんですよね。それってとても大事で、自分の“好きの瞬間”を増やしている例だと思います。
※秋葉原にある「スクウェア・エニックス カフェ」のこと

ーー自分から「取りに行く」姿勢が素敵です……!渋谷さんも“好きの瞬間”を突き詰めていったからこそ、今があるんですね。

渋谷:そうそう。そうやって自分の仕事に向き合っていれば、きっと自分の好きなこと・得意なことも見えてくると思うんです。そしたら「これができます」「こんなことがやってみたいです」と、普段からどんどん声に出していくといろんなチャンスに出会えると思います。

私自身、「画集を作りたい!」と何年も言い続けて、やっと叶いました。「FFのイベントで世界中に行ってみたい」と言っていたら、フランスにもロスにも行けましたし。

もし叶えたいことがあるのなら、ぜひ声に出してみてください。同僚とのランチでも、上司との会話でも、廊下でバッタリすれ違った違う部署の人でもいい。声に出してみることがとても大事で、そんな小さなことから夢が叶うチャンスって生まれてくるのかなと思います。

画像: © SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

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画像2: “ドット絵の匠”が歩むクリエイターとしての35年。渋谷員子さんの情熱の源とは

渋谷 員子
株式会社スクウェア・エニックスCGデザイナー/アートディレクター。旧スクウェア時代から『ファイナルファンタジー』や『ロマンシングサ・ガ』シリーズなどのキャラクタードット絵やデザインに携わる。近年はスマートデバイス向けタイトルや、『ファイナルファンタジー』初期6作品をリマスターした『ファイナルファンタジーピクセルリマスター』シリーズの制作・監修、2018年に4か国語で発売したドット絵画集『FF DOT.』など、『ドット絵の匠』として活動の幅を広げている。

取材・執筆:小泉京花
編集:山口真央
写真:梶 礼哉

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