『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が世界的に人気のようです。

1976年生まれの私は、まさにファミコン世代。しかし買ってもらえなかったんですよ、ファミコン……。教育上の判断という名の経済的事情です。そこから私とゲームは交わることなく現在にいたるわけですが、そんな私でも『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』はちょっと見てみたい。

まずもって上映時間が90分程度というのがいい。だって90分ならトイレを気にせず映画館でビールが飲めるから。ああ最近の映画は長すぎる!!(feat.RYOKOYONEKURA)

主人公であるマリオが配管工だというのもこのたび初めて知ったんですよね。そうだったんだ……単なる陽気なヒゲのおじさんが童心忘れず遊んでいるのかと思ってた……。配管工だからあんな無数に土管があったのだと。世の中は知らないことばかりです。そしてあのゲームが配管工による非日常的なクエストだと考えると、印象はだいぶ変わってきます。マリオという一人の労働者が職場に仕掛けられた様々な罠をクリアし、敵を倒しつつ目標へと進んでいく。スーパーマリオブラザーズとは「働く」を意味する、職業体験的ゲームだったのです。

ゲーム音痴の私は、だいたい最初のクリボーで一度倒れます。開始早々あの「ぱらっぱぱらっぱ」みたいな愉快な音楽が流れて終了する。でもそんなの当たり前なんですよ。誰だって初めての敵に戸惑います。

思い出します、初めてのインタビュー。右も左もわからない、とりあえず当たって砕けろだと臨んだ結果、実際に砕けて終わった苦い思い出。そして徐々に学んでいく。全ての敵をふみつける必要はないことを。時にはひょいと飛び越えて逃げることも肝要と心得ました。

少し慣れてくると、ふみつけたちっちゃい亀(ノコノコ)をすべらせて、向かってくるクリボーを一網打尽にするなんていう高等テクを身につけるようになります。ライターの仕事でもあります。取材テーマとは全く違う雑談をして相手を和ませようとしたものの、雑談のまま終わってしまった。敢えて答えづらい質問を投げかけた時「じゃああなたはどう思いますか?」と思ってもいない逆質問で返され固まってしまった。まさに「己がすべらせたノコノコが敵を倒すはずが土管にぶつかって跳ね返り自分が終わる」という一例です。こわい。マリオこわい。

でも一番危ないのは「星」を見つけたときです。マリオのスターは無敵のはじまり。しかし忘れてはならないのが、全ての敵をけちらすイケイケモードは決して永遠ではないということ。根っからビビリの私はマリオで無敵モードに入ると「おわるおわる、そしておわった瞬間にクリボーにぶつかる」という不安ばかりが頭をよぎり、全く楽しめないままスター無双は終わりを告げます。それはそれで全くクライマックスのない人生なのですが、「あ、今無敵かも」と感じるときほど慎重に振る舞うことはお仕事マリオにおいて大事なことかもしれません。

マリオがジャンプして旗を下ろすと、そのステージはクリア。目標達成です。時間制限もあるのでそんなにゆっくりもしていられないけど、やっぱりクリアだけを目指すと全然楽しくない。土管があったら潜りたい。ツルが伸びてたら登りたい。ブロックあったら頭突きしてみたい。仕事の中でどれだけ寄り道できるかが、特にライターという職業では大事になってくると常々思います。土管にハマったまま出られず終わっちゃうこともありますけど、通常のルートにはない面白い話が眠ってるのはやっぱり土管です。寄り道なのです。

そして寄り道して、冒険して、傷ついても倒れて「もうおしまいだ」と思っても、実はまだおわっちゃいない。体がちょっと小さくなっただけです。また赤いきのこを探せば大きくなるし、緑のきのこを探せば1upできる。自分が思ってるより意外と大丈夫というのも、マリオが教えてくれる大切なことですね。

私もインタビューがうまくいかなかったという日常的な失敗から、遠方への取材で飛行機に乗り遅れた(しかも便数めっちゃ少ないやつ)という超弩級の失敗まで数限りなく経験してここまできましたが、なんとか生きてます。マリオありがとう。

 働くこととは、つまらない日常をどれだけ楽しめるか。今日も「クリボーこわいな〜土管ないかな〜」と思いながら、一生懸命ブロックに頭突きしてコインを稼ぐのです。

画像: あの世界的ブラザーズとライターである自分を重ねてみる 西澤千央<第二回>

西澤千央

1976年、神奈川県生まれ。実家の飲み屋で働きながら、『KING』(講談社)でライターデビュー。現在『文春オンライン』(文藝春秋)や『Quick Japan』(太田出版)、『GINZA』(マガジンハウス)、『中央公論』(中央公論新社)などでインタビューやコラムを執筆。

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