「無意識の思い込み」を意味する「アンコンシャスバイアス」。2013年にGoogleが自社の研修へ取り入れたことから、世界的に注目を浴びはじめた概念です。誰もが知らず知らずのうちに持っており、完全になくすことはできないといわれています。

アンコンシャスバイアスと向き合うことで、一人ひとりが自分や相手の可能性を広げ、イキイキする社会を目指しているのが、アンコンシャスバイアス研究所・代表理事の守屋智敬さんです。研究所を設立したきっかけや啓発プログラムの内容、アンコンシャスバイアスとの向き合い方などをうかがいました。


バイアスは誰にでもある。だからこそ、社会を変える糸口になる

画像: バイアスは誰にでもある。だからこそ、社会を変える糸口になる

――まずは、守屋さんがアンコンシャスバイアスを強く意識したきっかけからうかがいたいです。

守屋:自分の中にもアンコンシャスバイアス(以下、アンコンとも)があると強く自覚したのは、社会人になってからでした。母が乳がんに罹患したとき、よかれと思って「仕事は辞めたら?」と声をかけてしまったのです。でも、仕事が生きがいだった母は、僕の言葉に傷ついてしまって……僕は「がんになったら仕事は続けられない」と決めつけ、目の前の母を見ていなかったんですね。このように、無意識の思い込みが人を傷つけることがあるんだと痛感しました。

――そのしばらく後、守屋さんは企業の管理職に向けた研修講師の職に就かれています。仕事としてもアンコンシャスバイアスに向き合いはじめたのは、どうしてですか?

守屋:講師をはじめた40歳くらいのころは、まだ「アンコンシャスバイアス」という言葉は世の中に浸透していなかったのですが、その存在と影響はずっと感じていました。きっかけは、多くの受講者から「部下が自分の考えを理解してくれない」「思ったように部下が動かない」といった悩みを聞くうちに、原因は部下にあるわけではないかもしれないと思ったこと。受講者本人が、ありのままの部下を受け止められずに「わかってくれない」「相手が悪い」と思い込んでいるように見えたんです。そこで研修でも、自分の「無意識の思い込み」と向き合う機会を提供するようになりました。

――たとえば、どんな機会でしょうか?

守屋:東日本大震災の被災地を訪れ、復興に取り組む方々と交流するワークショップはとても好評でした。現地の方々の中には、ご自身の大切なものを津波でたくさん失われた方もいます。それでも目の前の課題に向かってできることを続け、復興に取り組んでいる。そんな姿を目の当たりにすると、企業の管理職である参加者たちは「自分は時間や予算、人手がないことを理由に、いろんなことをできないと思い込んでしまっていた」とおっしゃるんです。

「足りない」「うまくいかない」といった思い込みにより悩むことはあるけれど、そこに気づけるとモノの見方が変わり、一歩踏み出す勇気が持てた。「こうでなければいけない」という思い込みに気づいて、ありのままを受け止める気持ちが生まれ、部下とのコミュニケーションが改善された――こうした声を多くいただきました。

取り組みを重ねていく一方で、2015年前後から、「アンコンシャスバイアス」という概念が広く社会で使われるようにもなってきていました。そこから、アンコンシャスバイアスという概念を、東北へのツアーをはじめ、リーダーに向けた研修の中に取り入れていったのです。


――続く2018年に、守屋さんはアンコンシャスバイアス研究所を設立されています。立ち上げの経緯を聞かせてください。

守屋:人々ががんのために一緒にできることを考え、行動を起こすことを目的とする「ワールドキャンサーデー(毎年2月4日)」に行われたイベントで、がんに対するアンコンシャスバイアスのワークショップを担当したことが大きな転機となりました。依頼を受けた当初、がんに関連して何を伝えられるだろうかと思いめぐらせていたとき、冒頭にお話した母とのやりとりを思い出したのです。あれこそが、がんに関するアンコンシャスバイアスではないかと。

僕もそうでしたが、がん経験者やその周囲の人たちは、「がんになったらいままでのようには働けない」と思い込むことがあります。すると、よく検討せずに離職を決断したり、相手に対して配慮から離職や休職をすすめるといったことが起こることがある。でも、がんになってもイキイキと働き続けている方もたくさんいます。自分の思い込みに気づけば、自分の生き方や働き方の選択肢は広がるし、周りのコミュニケーションも変わってくるんです。イベントでは、そんなお話をさせていただきました。

すると、がん当事者の方から「気持ちが本当に楽になった」「自分も可能性を探ってみたい」、周りの方からは「決めつけの言動に注意して、関わり方を変えてみようと思う」といった声をいただいたんです。そこから、ひょっとするとアンコンシャスバイアスを届けることは、さまざまな状況で苦しんでいる人たちが自分らしく活躍できる社会をつくるために、幅広く役立つんじゃないか? そう感じて研究所を設立し、その啓発に力を入れていこうと決めたんです。


「私」を主語にして、アンコンへの対処法を学んでいくプログラム

画像: 「私」を主語にして、アンコンへの対処法を学んでいくプログラム
――貴研究所で提供するアンコンシャスバイアスのプログラムは、どのように練っていったのですか?

守屋:最初は、企業の管理職などリーダー向けにリーダーシッププログラムとして開発しました。
その後、企業からは「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)を推進したい」、学校からは「子どもたちが『自分はできない』と思い込み、人生の可能性を狭めることがないようにしたい」といったご相談を受けるなかで、その度にプログラムを発展させていきました。

「年齢の若い自分には、この仕事は難しい」「あの学校に進学するのはムリだろう」「みんなと同じでなくてはならない」など、日常のあらゆる場面にアンコンシャスバイアスがひそんでいます。そうした自分のアンコンに気づき、対処するプログラムを、今では子どもから大人まで幅広い方々に、さまざまなテーマでお届けしています。

――そうしたリクエストや受講者の属性によって、プログラムの内容は大きく変わるのでしょうか。

守屋:「私」を主語にしてアンコンシャスバイアスと向き合う、という軸は変わりません。相手に対して、「それはあなたのアンコンだ!」と指摘しても、逆に対立を生むかもしれず、本当の課題解決にはつながらないと考えています。「これって私のアンコン?」と、お互いが自分自身のアンコンシャスバイアスに気づこうとすることが最も大切だと考えています。

そのため、プログラムに共通する大きな流れは「アンコンシャスバイアスを知る」「その影響に気づく」「対処法を学ぶ」の3つ。そこから先、日ごろから自分のアンコンを意識し続けていく心の姿勢をつくります。

受講者やテーマによって変わるのは、研修内で紹介する事例です。無意識の思い込みに気づくためには、具体的なヒントが必要。企業の管理職向けなら部下と上司のコミュニケーションを例にするし、子どもたちに対してであれば学校での友達関係などを例に話します。

たとえば「自分は休み時間に本を読みたいのに、友達に誘われると断れなくて外遊びに出てしまう……」という場面。これは「集団同調性バイアス」というものが無意識に働いている状態です。でも。そうしたアンコンに子どもたちが気づくことで変化が起こる。ある子どもからは、「本当の自分に出会えた気がする」という感想をもらったこともあります。


――すばらしいですね! ただ、実体験なしに理解するのは、なかなか難しい概念のように思います。頭ではわかっていても、思い込みをもつ自分でいたくないし、我が身を振り返りにくいというか……。

守屋:そうですよね。だから私たちは、参加してくださる方々に「アンコンシャスバイアスがあることは悪いことだ」と思わせないように気をつけています。悪いことだと思っていると、自分がそれを持っている状態にいっそう気づきにくくなってしまう可能性があるためです。そして、「アンコンシャスバイアスは誰にでもある」ということを体感してもらうことを、プログラムでは大切にしています。

さらに、「偏見」という言葉を私たちは使いません。それは、アンコンシャスバイアスは相手に対してだけでなく、自分に対してもあるということに目を向けていただきたいから。自分の可能性をひらき、未来を変えるためにアンコンに向き合っていただきたいのです。


自分や組織の成長を妨げているのは、アンコンかもしれない

画像: 自分や組織の成長を妨げているのは、アンコンかもしれない
――さまざまなアンコンにより、組織ではどのような課題がうまれるのでしょうか?

守屋:組織で起きうる大きな課題は、一人ひとりがそれぞれの違いを活かしながら働くための「DE&I」が推進されていかないことでしょう。実際にご相談も多いです。

たとえば、性別や年齢、職種などある属性の人に対して「この人はこうだ」と先入観を持つ「ステレオタイプ」があると、「女性にこの仕事は無理」などと決めつけ、その結果、女性の活躍の機会や組織の可能性を狭めてしまうケースなどです。また、管理職などに「自分のやり方が正しい」といったアンコンがあると、部下からの新しい発想が受け入れられにくくなるというケースもあります。結果として、イノベーションを阻害することにもなるかもしれません。

ほかに考えられるのは、コンプライアンス違反などの例です。「自分は大丈夫」「これくらいはやってOKだろう」などと、状況を軽んじてとらえてしまう思い込みを「正常性バイアス」といいます。それが働くと、軽い気持ちでルール違反を犯してしまう可能性があるでしょう。

――自分が自分に対してアンコンがある場合は、どんな影響が考えられますか?

守屋:自分に対するアンコンの例としては、周りが評価していても自分には無理だと思い込むアンコンがあります。それにより、たとえば大きなプロジェクトに抜擢されても「私にはできません」と言ってしまう。結果として、自分のキャリアに影響することがあります。そこには「完璧にやらなくてはいけない」といったアンコンもひそんでいるかもしれません。でも、そこに気づいたことで、「できることがあるかもしれない」とモノの見方が変わり挑戦しようと思った、という声をいただくこともあります。

自分に対して「自分はどうせムリ」とか「自分はこうでないといけない」などと感じたときに「それは本当? それは思い込みでは?」と自分に問いかけて振り返ってみることが大切です。自分のアンコンに気づいたらメモしてみることもおすすめ。自分への思い込みに気づくことで、セルフイメージも変わり、可能性や選択肢は大きく広がっていくかもしれません。


一人ひとりがイキイキする社会では、対話の必要性と責任が増してくる

画像: 一人ひとりがイキイキする社会では、対話の必要性と責任が増してくる
――そのようにアンコンシャスバイアスの啓発が進めば、社会はどう変わっていくでしょうか。

守屋:一人ひとりが、自分らしく、もっとイキイキできる社会になっていくと思います。もちろんそうした社会の実現に向けて、社会の仕組みや環境といった物理的な課題はあります。しかし、そうした課題の裏に、一人ひとりの思い込みがあるかもしれません。

また一人ひとりがイキイキしている社会を実現するためには、これまで以上に対話の必要性と責任が増してきます。自分のアンコンに気づき、お互いがより良い方向に向かうには、対話が不可欠。対話により、違いを受け止めることで理解が深まっていくのす。

そして、実際の行動を起こすには、一人ひとりの責任も大きくなるでしょう。企業内のマネジメントであれば、さまざまな方々を活躍させるための「任せる責任」と、任される側がしっかりそれに応えていく「任される責任」が求められるのです。そうしたことも理解しながら、一歩ずつ啓発を進めていければと思っています。

――守屋さん自身は、これからどんな取り組みを進めていきたいですか?

守屋:アンコンシャスバイアスにかかわるテーマは多岐にわたるため、これからもいろいろな分野の方々とともに、さまざまな挑戦を続けていきたいです。当初、小学校での研修も「子どもには難しいんじゃないかな?」と思ってしまったけれど、それこそが私のアンコンでした。実際の子どもたちはしっかりとアンコンを理解し、向き合ってくれた。無理だと思い込んで可能性を狭めず、一歩を踏み出し続けることで、僕自身もアンコンシャスバイアスを“上書き”していきたいですね。

アンコンシャスバイアスに気づき、少しでも楽に、そしてイキイキとする人が、一人でも増えてほしいと願っています。そのために、これからも自分のできることを積み重ねていきたいです。


画像: 「自分には無意識の思い込みがある」そう気づくことで、社会は変わる。アンコンシャスバイアス研究所 守屋智敬

守屋智敬
一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所 代表理事
株式会社モリヤコンサルティング 代表取締役

1970年生まれ。都市計画事務所、コンサルティング会社を経て、2015年、株式会社モリヤコンサルティングを設立。2018年、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所を設立。ひとりひとりがイキイキする社会をめざし、企業・官公庁、小・中学校等でアンコンシャスバイアスを届けている。受講者は8万人をこえる。2022年には、がんと共に働くを応援することを目的とした共同研究結果「がんと仕事に関する意識調査」を公表。
https://www.unconsciousbias-lab.org/


取材・執筆:菅原 さくら
編集:山口 真央(ヒャクマンボルト)
写真:KEI KATO(ヒャクマンボルト)

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