「100人いたら100通りの働き方」の実現を目指し、さまざまな働き方改革に取り組んできたサイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久さん。次々に繰り出す人事施策は、多くのメディアでも紹介され、注目を集めてきました。しかし、青野さんは「“いい会社”をつくろうとは思っていない」と言います。青野さんは何のために、社員が心地よく働ける組織を目指してきたのか? 背景にある想いも含めて、取り組みを語っていただきました。


サイボウズ社長に就任後、離職率が28%に。どん底を知った改革前

画像: サイボウズ社長に就任後、離職率が28%に。どん底を知った改革前
――業務効率化のため、およそ46,000社が導入するサイボウズ株式会社のプロダクト。まずは、そんなツールを生み出すことになった経緯を伺いたいです。

青野:僕は、もともとパソコン少年だったんです。きっかけは、中学2年生のときに電気屋さんの店頭でパソコンをさわって、本に載っていた通りにプログラミング入力してみたら、思いどおりに動いたこと。「こいつ、俺の言うこと聞くぞ!?」と夢中になって、独学でプログラミングの勉強をはじめ、工学部の情報システム工学科に進んで、卒業後は松下電工(現パナソニック)に入社しました。

とはいっても、当時はオフィスにさえパソコンがほとんどない時代。でも、それから間もなく「Web」という技術が登場し、そこでまたとてつもない衝撃を受けました。この技術を使ったら、仕事というものがガラッと変わると確信したんです。

たとえば、そのころ新人だった僕は、部署にかかってくる上司宛の電話に出て、ホワイトボードで上司の予定を確認し、「○○さんは打ち合わせで××に行っています」と伝えて、伝言メモを上司のデスクに置く……という仕事をしていました。伝言メモを書くために社会人になったんじゃないのに、と悔しかったですね。

――確かに、インターネット登場以前はそんな「生産性の低い作業」が社内にたくさんあったでしょうね……。

青野:でも、Web上にスケジュールを共有して社内のどこからでもアクセスできれば、そんな作業はしなくてよくなる。オフィスのホワイトボードを、Webに持って行っちゃうイメージです。ただ、そうやって仕事を円滑にするツールはまだ世の中になかったから、じゃあ自分たちで作ろうと思って、仲間と立ち上げたのがサイボウズでした。「情報共有グループウェアは必ずこれからの主流になるし、世の中のホワイトボードの数だけ売れるで!」と信じていましたね。

――その読みどおり、「サイボウズoffice」シリーズは大ヒット。サイボウズは設立わずか3年で上場されています。

青野:スタートダッシュはよかったんですが、地獄はそこからでした(笑)。もともとニーズを感じていた方々にひととおり売れたあとは、しばらく停滞期に入ってしまったんです。事業が伸びないからM&Aでほかの事業を買うものの、それもうまくいかなくて……社員も離れていく一方。社長に就任した2005年からの2年間は本当に失敗続きで、最終的には、100名ほどしかいない会社なのに離職率が28%まで上がるありさまでした。あのときは辛かったですね……。毎週金曜日にはそこかしこで送別会が行われていて、誰かが花束をもらっている。「みんな、そんなに俺がイヤなのか」と心底落ち込みました。


「周りの声を聞けば、組織として進化できる」自信がある

画像: 「周りの声を聞けば、組織として進化できる」自信がある
――一般的にIT企業は離職率が高いとはいえ、さすがに厳しい状況ですよね。これを打破するために、青野さんはどんな手を打たれたのですか?

青野:とにかく辞めてしまう人たちを止めなければ、事業が続けられません。だから、まずはそこに真剣に向き合おうと決めました。辞めそうな人を捕まえて、「どうして辞めたいのか」「どう働きたいのか」って、とことん話を聞いたんです。そうしたら、思いがけない答えがたくさん返ってきて。

――辛辣な回答もありそうです……。たとえば、どんな答えが?

青野:最初に驚いたのは「残業したくない」という声でした。サイボウズの製品を世界に広めるにはグローバルの巨大IT企業と競わなくちゃいけないのに、残業したくないだと!? 寝食を忘れて働くのがベンチャー企業じゃないのか! と、当時は思ったけれど……ここで社員たちの希望に向き合わなければ、もっと多くの人が辞めてしまうかもしれません。だから、素直に意見を受け入れて、残業したくない人はしなくてもいい制度をつくってみたんです。もちろん選択肢のひとつというだけで、残業もいとわずもっと働きたい人に強制はしていません。

ひとつ要望を叶えると、それ以降も「子育て中なので時短勤務にしたい」「通勤がいやだから、出勤は週3にしてほしい」など、社員からの要望はどんどん増えました。自分自身は考えもしないことばかりでしたが、そのたびに制度を整えて、選択肢を増やして。そうしたら、離職率がぐわっと下がったんです。

――いろいろと試すうちに、成果が出てきたわけですね。

青野:最近なんて、グループウェアに本名や顔写真を登録したくないという要望を汲んで、ニックネームやSNSアイコン画像の表示でもOKというルールを作りました。僕としては「せっかく同じ会社で働く仲間やのに、アバター表示なん!? どんな感覚!?」という感じなんですが……(笑)。きっと、そんな会社のほうが働きやすいと思う世代が増えてきた証拠だと思います。


――社長になられるまで、青野さんはいわゆる「旧来どおりのバリバリ働くスタイル」だったわけですよね。ITベンチャーなのに残業しないのも、アバター表示も、感覚としては理解できなかった。なのに、意見を受け入れる柔軟さがすばらしいと思いました。

青野:だって、自分の思うままに会社を経営してきた結果、ぼろぼろに打ちのめされた経験がありますから。もう、僕の“神の声”で会社を動かしていって、うまくいく自信がまったくないんです。だったら、社員たちからヒントをもらいながら、試行錯誤するしかありません。時には合宿まで開いて本音を引き出すこともあれば、いろんな意見が出るたびに「言うだけなら簡単やで!」と腹が立つこともありますよ(笑)。だけど意見を出してもらわないと、見落としている問題には気づけないんですよね。

いまは逆に「周りの意見を受け入れることで、組織として進化できる」という自信があります。どんな要望が聞こえてきても、これをうまく取り込めたらもっと効率よく成果が出せる組織になれるんじゃないか、と思えるんです。


「いい会社をつくろう」なんて思っていない

画像: 「いい会社をつくろう」なんて思っていない
――「言うだけなら簡単やで!」の言葉にあらわれているとおり、さまざまな意見を吸い上げたのち、実際の制度を整えて社内を変えていくには、難しい局面もあったのではないかと思います。

青野:ありました。制度をつくっても、しばらくはメンバーが半信半疑なんですよ。「働きやすい会社だってアピールしたいがためにやってるんでしょ」とか「残業代を払いたくないから、僕らに残業させたくないんですね」とか言われて……そんなこと、僕は一言も言ってへん! と(笑)。働き方を見直し始めてから数年間は、制度をつくるたびにそんな深読みをされていました。

――制度ができても、風土がついてこない。そうした空気は、どうやって変えてきたんでしょうか?

青野:ひとつひとつのコミュニケーションを丁寧に積み重ねていくしかありませんでした。「100人いたら100通りの、多様な働き方の選択肢をつくりたいだけなんです。だからこそ、あなたも何か不満を感じているなら言ってくださいね」と。

たとえば、子どもを持たない社員から「育児中の社員が早く帰るからこっちにしわ寄せがくる」と言われたとします。そうしたら「じゃあ、あなたはどんなふうに働きたいの?」と尋ねる。「こういう場所でこういう働き方がしたい」と言ってくれれば、検討します。そういうやりとりをいくつも繰り返すうちに、少しずつ「話したら聞いてくれるんだ」「ちゃんと意見を反映した仕組みをつくってくれるんだ」という理解が浸透してきたように思います。

ただ、どうしてほしいか言ってくれなければ、こちらからは何もしませんよ。一度失敗している神の声には、もう期待してくれるなと(笑)。


――サイボウズは心地よい環境を提供してくれる優しい会社のように見えて、逆にシビアなのかもしれませんね。

青野:そうだと思います。「働きやすくならないのは、声を上げないあなたの責任ですよ。要望があるならちゃんと言ってください」という話ですから。それに、選択肢がたくさんあるということは、自分がどの働き方を選ぶのかを選び取る「自立心」が求められるということでもある。ただ、社員ひとりひとりが「自分らしい働き方はこれだ」と感じ、それを実現していける会社でありたいとは考えています。

――個々の社員にそこまで寄り添って、会社にはちゃんとメリットがあるんでしょうか? 制度を整えるということは、当たり前にコストもかかると思うのですが……。

青野:もちろんありますよ。僕は、そういう自立した個人を増やすことこそが、グローバルの巨大IT企業に勝てる唯一の方法だと思っているんです。組織をうまくマネジメントして、社員たちの個性をすべて引き出せなければ、グローバルの大企業とは闘いようがない。だから、僕は「いい会社をつくろう」と思ってサイボウズを経営しているわけじゃないんですよね。

――ここまで制度を整えつつも、「いい会社をつくろう」と、思っていない……?

青野:はい。すばらしいグループウェアをつくって世界中に広めるために、より生産性の高い組織にならなくてはいけないし、グループウェアを通じて会社運営もうまくいくという組織モデルを描きたい。そういう僕の野望に対する手段として、いい会社をつくることが必要だっただけなんですよ。もちろん、その結果として社員のみんなが楽しく働けて「自分らしく生きてるぜ」って言えるようになってくれたら最高だな、と思っています。


すべては「誰もが心地よく働ける社会をつくるため」

画像1: すべては「誰もが心地よく働ける社会をつくるため」
――今後、社内で取り組んでいきたい働き方の問題はありますか?

青野:ぜひ解決したいと思っているのは、ジェンダーギャップです。統計的に分析したところ、サイボウズ社内にも男女で年俸格差があることがわかり、ショックでした。残念ながら、やっぱりどこかで無意識の偏見があるのかもしれません。でも、同じ仕事をしているのに給与が違うなんて、おかしい。数字ではっきりと表れたのだから、そこはシンプルに女性社員の給与を引き上げて、是正したいと考えています。でも、当事者である現場の女性社員たちからはとくに不満が出てきていないんですよ……。一般的な会社に比べればそれなりにお給料ももらっているし、何より働きやすいから満足だと。こんなもんだろうと納得してしまっているんだと思います。

――声が上がってこないのであれば、改革する必要はない、とも取れますが……。

青野:確かにそうなんですが、ジェンダーギャップの問題は、僕自身がどうしてもイヤなんです。ちゃんと手を入れて、現状を変えていきたい。

――そのモチベーションは、どこから来ているのでしょうか。

青野:その意識は、そもそもサイボウズを立ち上げたこととつながっているように思います。どうして世界一のグループウェアをつくりたいかというと、性別や障害などの有無に関係なく、誰もがフラットに意見を交換して、お互いのよさを生かしあって働ける環境をつくりたかったから。単に、電話番の仕事をなくしたかっただけではないんです。突き詰めれば「誰もが心地よく働ける社会」をつくるために、よりよいグループウェアを追求するし、よりよい組織を目指しているんだと思います。

――「誰もが心地よく働ける社会」、それが一番すばらしいですね。

青野:僕は、「働く」の意味ももっと広くとらえていいと思っているんですよ。会社というものができてから、なんとなく「働く=会社に来ること」と思われがちだけど、実はそうじゃない。

昔話では、山で柴刈りをするのも、川で洗濯をするのも、両方立派な「働く」でした。つまり「はた(傍)をらく(楽)にする」こと、周りの人のためになることをするのが「働く」なんですよね。だから、家で子どものお世話をすることも、料理を作ることも働いているといえます。そんなふうに「働く」の定義をあらためて広げつつ、誰もが心地よく働ける社会を目指していきたいです。

画像2: すべては「誰もが心地よく働ける社会をつくるため」

画像: 「“いい会社”をつくろうとは思っていない。世界と闘うために、個々の力を限界まで引き出す必要があるだけ」サイボウズ 青野慶久社長

青野慶久(あおのよしひさ)
1971年、愛媛県生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任。社内のワークスタイル変革を推進し、28%あった離職率を大幅に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)等がある。


取材・執筆:菅原 さくら
編集:山口 真央(ヒャクマンボルト)
写真:梶 礼哉(studio.ONELIFE)

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