「Raw Bar(ロウ バー)」という食品をご存じだろうか。ナッツやフルーツをベースとした、非加熱(Raw)のエナジーバーのことである。オーガニックの本場イギリスでは、さまざまなメーカーが販売し親しまれているが、日本ではまだ“知るひとぞ知る”という存在だ。

そんなイギリスのRaw Barに惹かれ、若くして起業し、茨城県・守谷の地で「世界にひとつしかないRaw Bar」を作っている女性がいる。2016年に設立したBardon株式会社の代表・勝田佳捺絵(かつた かなえ)さんである。

素材にこだわり、世界中から良品のオーガニックナッツやフルーツを仕入れ、幾度もの試作を重ねて完成した勝田さんオリジナルの「KanaeBar(カナエバー)」。化学調味料や合成甘味料などの人工添加物を一切使わず、コク深いナッツとデーツの優しい甘さだけで、食べた人を唸らせるほどの味わいに仕上げている。

Kanae Barを製造しながら、オーガニックやヴィーガンに関する発信も続ける勝田さんに、起業を決心した経緯や、仕事との向き合い方、Kanae Barを通して伝えたい想いなどをうかがった。


「身体に優しく、おいしいヴィーガンを」。挫折から一転、起業の道へ

画像: <ご本人提供>Bardon社の発芽ナッツ

<ご本人提供>Bardon社の発芽ナッツ

――勝田さんが作られた「発芽ナッツ」をいただきましたが、あまりにも美味しくて驚きました。アーモンドやカシュ―ナッツを食べて感動したのは初めてです!

勝田:わあ、嬉しいです。ありがとうございます!Bardonのナッツは、オーガニックであることはもちろん、とにかく素材にも製法にもこだわっています。まず、各国から取り寄せたナッツを発芽させ、加熱せず低温で時間をかけて乾燥させて「発芽ナッツ」というものを作るんです。ナッツの良質な油分を酸化させずに栄養価を高めているので、とても身体によくて、ダイエットにも最適なんですよ!

――やはりとても手間がかかっているのですね。このナッツを使った”RawBar”のお話は後ほど伺いたいのですが、まずは起業までのお話を聞かせてください。チェロ奏者としての道を歩んでいた とお伺いしました

勝田:はい。4歳のころからピアノを、中学生のころには友達と室内楽アンサンブルを組みたくてチェロを始めました。私にとって音楽はずっと心の支えで、当時は人と話すより音楽と向き合っていた方が居心地よかったんです。

そのうちコンクールにも出場するようになって、高校生のころには「将来的にも音楽をやっていきたい」と考えるようになりました。そのままチェロ専攻で音大へ進学し、卒業後は音楽での海外留学をしています。

画像: <ご本人提供>留学時代の勝田さん

<ご本人提供>留学時代の勝田さん

その海外留学が、“Raw Bar(ロウバー)”と出会うきっかけだったのですね。

勝田:そうなんです。Raw Barとの出会いは、2ヶ月の短期留学で行ったロンドンでした。ただ、当初は短期ではなく、スコットランドの大学院に長期留学する予定でした。大学院の試験は合格していたにも関わらず、「IELTS(アイエルツ)」という語学試験に落ちてしまい……。“この世の終わり“と思うほど、ものすごく落ち込みましたね。

長期留学の予定が短期留学になってしまい、日本に帰国してからは何をしたらよいのかわからない日々が続きました。その中で「もし自分が1年後に死ぬとしたら、今なにをするだろう」と考えてみたんです。思い浮かんだのは、「起業」でした。

大学生の時に「起業家育成事業」というカリキュラムを受けて、「起業したら楽しいのでは」と考えていたことを思い出して。そこでやっと光が見えてきました。

――挫折からの起業! 大学卒業の時期ということは、22歳での決断ですね。その大胆さに痺れます ……。そこから「Raw Barの製造で起業しよう」と思ったのはなぜでしょうか?

勝田:ナッツ自体は、大学時代から興味がありました。お土産でいただいたアーモンドがとてもおいしくて食べ続けていたら、ニキビなどの肌荒れがすっかりなくなって。美容や健康への効果を実感していました。

その後、ロンドンでの短期留学の時に、ナッツがふんだんに使われていて甘くて美味しい“Raw Bar”に出会って、強く惹かれました。私、結構のめり込んでしまうタイプで……

現地では50種類ほどのRaw Barを食べ比べしたと思います。日本ではまだ珍しい食品ですが、イギリスではあらゆるメーカーが販売するほどポピュラーなものです。あらゆるバーを食べ比べた結果、「自分ならもっと美味しいものが作れるんじゃないか。いつかナンバーワンのRaw Barを作ってみたい」と密かに思っていました。それに、日本では「身体に良くて、環境にもやさしい商品」が少ないからこそ、自分の手で生み出すことに価値を感じたのです。


試行錯誤の末に誕生した、“Kanae Bar(カナエ バー)”

画像: <ご本人提供>Bardon社の“Kanae Bar“

<ご本人提供>Bardon社の“Kanae Bar“

――起業当初は試作の連続だったそうですが、納得できる商品ができるまでは、どのような道のりでしたか?

勝田:まずは“素材“の調達です。一言でナッツ、ドライフルーツといっても、世界には何百種類も存在します。世界中から取り寄せて、どの土地のどの品種の物が自分の理想のバー作りにマッチするのかをひたすら試す、気の遠くなる作業が続きました。ナッツに関しては、そこから「発芽ナッツ」の製法を生み出すまでにさらに時間がかかりましたね。

Raw Barは、「Raw(生)」という名前の通り、“非加熱”の食品なんです。お菓子作りは趣味でしたが、非加熱で作るお菓子は初めてで、最初は全然美味しく作れませんでした。

たくさんのナッツをバー状に固めるには“つなぎ”が必要です。最初はハチミツやオイルなどを加え、粘り気を出して固めてみました。でも、どうしても自分の思う味にならない。当時試食してくれた母も、「これで起業するんだ……」と内心びっくりしていたみたいです(笑)。今だから言えることですが!

試作を重ねる中で、ある時「デーツの粘着性だけでつなげてみてはどうだろう」と思い立ち、つなぎを入れずにデーツとナッツだけで作ってみたんです。そしたら、驚くほど美味しくて!「Simple is the best」と原点に立ち返り、ようやく納得がいく “Kanae Bar”ができ上がりました。

――初めてお客さまの手に渡った時、どんなことを思いましたか?

勝田:素直に嬉しかったですね。そして、仕事の楽しさや、ビジネスの奥深さみたいなものも感じられました。最初は知人が買ってくれたのですが、理念に共感して商品を広めてくださる方も増えてきて。メディアや雑誌にも取り上げていただいたことで、徐々に広がっていきました。スタッフをはじめ、たくさんの人に支えられて今があるなと思います。

当時は、オーガニック製品に対して「身体にはいいけど、美味しくない」というイメージを持つ方も多かったので、完成してすぐに製品の品質を評価してもらえる「モンドセレクション」にも応募してみたんです。「身体にも環境にもいいけれど、とびきり美味しいことを証明したい」と思ったのがきっかけでした。結果、最高位の賞を受賞。次への原動力や自信になりましたね。

画像: 試行錯誤の末に誕生した、“Kanae Bar(カナエ バー)”
――勝田さんはご自身の事業を通じて、オーガニックやフェアトレードの重要性も社会へ発信されています。ご自身も現在はヴィーガンであると伺いました。そういった意識を持つようになったきっかけはありましたか。

勝田:はい。私自身、留学するまではごく普通の食事をしていましたし、オーガニックやフェアトレードの重要性を意識する機会もありませんでした。

それが変わったのは、ホームステイ先でのことです。ホストマザーがたまたまヴィーガンの方で、息子さんはグルテンフリー、という環境で。そこで初めて、「なぜヴィーガンなの?なぜグルテンフリーが良いの?」と、背景を調べてみたんです。

画像: <ご本人提供>勝田さんの愛馬ラファエル君。愛馬と一緒に過ごすことが、かけがえのない“癒し”の時間となっているそうだ。

<ご本人提供>勝田さんの愛馬ラファエル君。愛馬と一緒に過ごすことが、かけがえのない“癒し”の時間となっているそうだ。

調べていくうちに、環境破壊や、動物に対しての悲惨な環境など、食ビジネスの問題を知り、衝撃を受けました。私自身、乗馬を趣味にしているほどの動物好きですから、とても心が傷んで……。

同時に、イギリスのオーガニックやフェアトレード製品の市場規模の大きさや、イギリス国民の一人ひとりが、そのような商品の価値や必要性を理解し、選択していることにも感動したんです。

日本ではまだ、ヴィーガンやベジタリアンという考え方って「ちょっと変わっている人」というイメージが強いと思いませんか? でも、決してそうじゃない。“環境にやさしい選択肢のひとつ”なんだよということを、Kanae Barをはじめ、Bardonの製品を通してお伝えしたいと思いました。


「静かで熱い信念」を支えた言葉 たち

画像: 「静かで熱い信念」を支えた言葉 たち
――少し話は戻りますが、音楽の道から一転し、起業すると決めた時、周りはどんな反応でしたか?

勝田:やっぱり「一度会社で経験を積んでから、起業したほうがいい」という意見が多かったですね。私の父は自営業なのですが、そんな父も、肯定的ではありませんでした。母は、背中を押してくれましたが、「起業がベストな道なのか」とは思っていたはずです。自分だけが「起業したい」と沸き立っているような状況でした。

その時背中を強く押してくれたのが、大学時代のアルバイト先で出会った方でした。「これで起業したいんです」と、試作中のKanae Barを渡して話したところ「珍しいね!これなら投資するよ」と言ってくださって。当時はまだ会社もなく、投資の仕組みもわからずお断りしたのですが、そのおかげで「可能性を感じてもらえるんだ。やろうと思えばできるんだ」と思えたんです。あの一言に背中を押され、起業を決心できました。

――起業したばかりで、最初は試作も思うようにいかず……先の見えない不安があったと思います。不安に襲われたとき、どのように仕事と向き合っていましたか?

勝田:私、根は少しネガティブなんですが……長期留学に失敗して苦しかった時に、哲学書やビジネス本を読んで学んだことが、今も大きな糧になっているんです。

例えば、製造ですごく細かくて地味な作業を続ける中で、「こんなことで会社を大きくできるんだろうか」と不安になることもありました。そんな時、京セラ創業者・稲盛和夫さんの「偉大なことは最初からできるのではなく、地味な努力の一歩一歩の積み重ねがあって、はじめて成せる」という言葉を思い出し、心の支えにしていました。

起業した当初は、何か問題が起こるたびに生きている心地がしませんでしたが(笑)。経験を重ねるうちにだんだん忍耐力もつき、冷静に対処できるようになってきましたね。

――今でも、不安になったりメンタルが揺らぐことはありますか?そんな時はどんなふうに乗り越えていますか。

勝田:たくさんあります。あまり人に相談はせず、落ち込んだ時は、1人でいろいろ考えを巡らせます。その中でいつも「絶対諦めない」と強く思い直すんです。

というのも、自分はこれまでなにひとつ不自由のないとても幸せな環境で育ってきました。でも、こんなふうに思えるのは全人類のうち、たった数%しかいない。願っても叶わない人もたくさんいるのだから、社会に恩返しというか、自分の幸せを還元できたらと思っています。

そんな想いを込めて、Bardonの経営理念として「自然と共存しながら、私たち人間の心、身体、共に幸せになれる製品を提供し、社会貢献を果たす」ことを掲げました。社会に貢献するために、絶対に諦めない。そんな揺らがない想いを強く持っていたいです。


「利益と理念」 の葛藤を越えて

画像1: 「利益と理念」 の葛藤を越えて
――オーガニックやヴィーガンを発信する上では、難しい課題もあると想像します。例えば、環境にやさしい製品を選びたいけど、お値段を考えると難しい……など。勝田さんは、消費者との経済的な壁を感じることはありますか?

勝田:はい。とても感じますし、私自身、当初 Kanae Barの価格設定が高いのでは……と悩みました。一方で、商品のクオリティを保って会社を存続させるためにはこのくらいの販売価格にしなくてはいけない。答えを出すのが難しい部分でした。

でも今は、自分は適正価格で商品を仕入れ、適正価格で売っているからこそ、会社を存続し理念を伝えられるのだと考えています。むしろ、他のものが安すぎると思っていて……。農薬や雇用環境の問題など、安さの代償って必ずどこかで生じているから。興味がある・なしの話ではなく、美しい地球を次の世代に渡していくために、みんなで気をつけていくべきものなんです。

Kanae Barをすべての人が買い続けられるかといったら、そうでないこともわかっています。
でもKanae Barを食べてみたことをきっかけに、もう少し手にとりやすいオーガニック商品を試してみたり、環境への影響を考えるようになったり……と何かに繋がればいいなと思っています。

――KanaeBarに出会ったことで、オーガニックの背景を調べたり、スーパーで少し気にして商品を見てみたり。そんな変化が起きるといいですよね。

勝田:そうですね。「知らない」ことが一番の課題だと感じるものの、知ってもらうために強烈なことはしたくないんです。社会への貢献や地球環境への意識は、誰かに言われるのではなく、自分で気付くものだからです。

起業したころは、こんなに多くの雑誌で取り上げていただき、皆さんがKanae Barのファンになってくださるとは想像できませんでした。小さい会社なので、大きな旋風を巻き起こすようなことはできないかもしれない。でも、Kanae Barから社会問題に興味を持つきっかけになれば嬉しいし、一人一人のアクションがやがて世界を変えられると信じています。そのためにも、説得力がある商品であり続けられるよう、製品作りには一切の妥協を許さず取り組んでいきたいです。

画像: ▲勝田さんが経営するBardon本社・工場にて。手入れの行き届いた樹木や花に囲まれ、一歩足を踏み入れると英国の田舎に迷い込んだような気分になる場所

▲勝田さんが経営するBardon本社・工場にて。手入れの行き届いた樹木や花に囲まれ、一歩足を踏み入れると英国の田舎に迷い込んだような気分になる場所

――そんな勝田さんの夢は「ナッツファクトリーを作ること」と伺いました。今、取材させていただいているBardon本社・工場もとても素敵ですが、具体的には、どんな構想を描いていますか?

勝田:はい。自然が豊かな場所に、ナッツファクトリーを建てることが夢です。そこではいわゆる「地産地消」を大切に、そこで採れたものをその場でお客さまに提供できるようにしたいんです。
いわゆる Farm to tableです。

日本のオーガニック市場はまだまだ規模が小さく、Kanae Barは海外から取り寄せた食材で作らざるを得ないのが現状です。海外輸入はCO2排出に影響し、「フード・マイレージ」と呼ばれる地球環境への負荷の数値が高まってしまいます。これは弊社の課題でもあるからこそ、ナッツファクトリーでは地産地消を考えていきたい。

また、暮らしの“循環性”を、実際の食や体験を通して理解できるしくみが作りたいと思っています。オーガニックの本質的なところを、楽しく学んでほしい。それが私の考えている“ナッツファクトリー”です。

――ナッツファクトリーに足を運べる日が、楽しみでなりません! 最後に、勝田さんにとっての “働く” とは?

勝田:仕事は私にとって社会貢献の手段であり、生きがいですね。毎日が楽しくて、自分のやりたいことができている状況がすごく幸せです。

そういえば、起業に肯定的でなかった父も最近では「本当によく頑張ったね」と言ってくれるようになりました。心配をかけた母も、今では製造スタッフとして毎日楽しそうに仕事を手伝ってくれています。

自分が豊かな環境で生活し、学びたいことも思う存分学ばせてもらったことが本当に幸せだからこそ、この幸せを仕事を通して社会に還元していきたいです。

画像2: 「利益と理念」 の葛藤を越えて

画像: 英国で出会った“Raw Bar”が人生を変えた。勝田 佳捺絵さんが「美味しいオーガニック」に込める想いとは
勝田 佳捺絵
主に「KanaeBar」の製造及び販売を手掛ける株式会社Bardon代表。幼少期よりピアノ、中学よりチェロをはじめ、チェロ専攻にて音大へ進学。卒業後、ロンドンへ短期留学をしたことをきっかけにRaw Barに出会い、「自分が心から納得できるRaw Bar」を作るため23歳で起業。オーガニック&ヴィーガンをコンセプトとしたカフェを2023年8月下旬(予定)銀座一丁目に開店予定。https://bardonjapan.net

取材・執筆:小泉京花
編集:山口真央
写真:梶 礼哉

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