最初の本を出してから、2023年でちょうど10年になる。

働き方をテーマにした本連載ではこれまで、肩書きを乱立させている現状や仕事中に散歩のことばかり考えていることを告白してきた。最終回となるこの原稿では、本業である「書くこと」について考えてみたい。

まず、どんな時に書いているのか。早朝派、深夜派などあるが、私は真っ昼間派である。早くて10時くらいに書き始め、16時くらいまでに書き終わると一番調子がいい。その後、達成感に包まれた気分で1日の後半を過ごせるのがうれしいのだ。深夜に原稿が完成するのでは達成感を味わう時間が短くてもったいないと感じる。明るいうちに歩きに行くぞ、という散歩への執念もガソリンになる。16時を目指して終わるとちょっと夕暮れの空気を嗅ぎに行くのにちょうどいい時間だ。散歩という人参を鼻先に吊るす。

何よりも自分を調子に乗らせることが重要だと考えている。いかに、「アンタいいねぇ」という気分で仕事ができるか。締め切りよりもものすごく早く着手してみるのも気分を上げるためだ。真に意識が高いのではなく、これって意識が高いのでは⁉ という自意識で興奮させる。「興奮する」ではなく「させる」と書いたのは、自分を自分と思わないようにしているためだ。

自分を自分と思うと、うまくいかない時に魂が自信を失ってしまう。技術で落ち込むことはあっても、魂は評価の対象になってはいけない。

そこで、自分は自分ではなく、なにか別の乗り物のようなものと思うようにした。もう少しやれそうだけど疲れたな、というときは無理に根性で突っ走らない。ここでおやつを与えないとこの自転車ガタが来るんだよな、とあえて小休止する。仕方ない、本当はおやつなんか食べたくないんだけど、この体に言うこと聞かすためにね。やれやれ、と言いながら油をさすように甘やかす。

書く前にやっているのはゆるいメモ作り。思いついたことを片っ端から箇条書きにしていく。このメモができた時点で、原稿は5割くらい完成しているなと思う。次に、ワードを開いてファイルに仮の名前をつけた時点で6割できている。原稿が白紙でもこっちのものだ。1文字でも書き始めたらもう7割完成である。そういうことをいちいち言い聞かせて、心理的ハードルを限界まで下げる。

なぜやりたい仕事なのにそんなことをするのか。書くのがそんなに嫌なのか、と問われるとそれは違う。やりたいことだからこそこわい。実力を目の当たりにするのが。プレッシャーは自転車の後部座席に勝手に座ってくる。そいつがいないってことにするために、あの手この手でタイヤを持ち上げる。

順調に走り出したら、あとは言葉の体温をナビにする。触ってみて、つめたく無機質な感じがしたらそれは私の持ち物ではない。例えばさっきの「あの手この手で」というフレーズはこれでよかったのかどうか。本当に身体の中から生まれてきたのか、勝手にそのへんに転がっていたものなのか。慣用句がするっと出てくるような場合も、単に耳慣れているからであって私の言葉だからではないのだと警戒する。

「たくさんの」「さまざまな」「いろいろな」という形容もなるべく使いたくない。手触りのある表現に置き換えたい。でも使ってしまう。たくさんの、としか言いようがないときがある。さまざまな、の中身をできるだけ明らかにしたい。私がパソコンの前で腕を組んで唸っていたらそれは大抵、「いろいろな」に変わる言葉を探しているときだ。

書き始める前は気が重かったり、しっくりこなくてみぞおちがもぞもぞしたりする日もある。だけどキーボードを叩き、見えない道を心で走っているときの心地よさは手放せない。調子にまたがり、風を感じながら今日も書き続けていく。


画像: 風を感じながら、書き続けていく 藤岡みなみ<第三回>

藤岡みなみ
1988年生まれ。文筆家、ラジオパーソナリティなど。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって実在するタイムトラベルでは?と思い2019年からタイムトラベル専門書店utoutoを始める。
主な著書に異文化をテーマにしたエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)などがある。

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