すれ違っても見つめ続ける。信じる心に共鳴し、こぼれた涙

東儀:妻とちっちとはすれ違いが起きたことはないのですが、僕が子どもの頃は、親が口論しているのを度々見ていました。子どもながらに「今の意見はこっちが正論だな」「いやそれはちょっと言い過ぎだろ」と、冷静に聞いていた。当時は父と母、どちらにつくこともできないジレンマを感じていたけれど、今考えてみると、ふたりの意見の違いが僕の中の物差しを増やしてくれたと思うんです。タイプが違う人が集まればぶつかるのは当たり前だとか、それはそれでうちの家族の個性だなとか。近くで見ていたから学ぶことがあった。

でもそれは時間をおいて考え直してみてわかったこと。今目の前で起きているなら、苦しいだろうけど、ただじっと見つめているのもひとつの選択肢じゃないかな。時間をおいて改めて関わってみることもできると思います。誰のせいでもなくぶつかってしまうことはあるから。

東儀:僕の友人の話が、きっとヒントになると思う。彼の娘は小学校からテニスをやっていたんだけど、中学生になったら「お父さん、試合を見に来ないで」と言うようになった。ラケットを買ったら鬱陶しいと言われたり、話をしてくれなくなったり。彼はすごく悲しんでね、ずっと僕にその話をしていたんです。そのまま娘は高校生になって、高校生活最後の試合の日がきた。「鬱陶しいから来るな」と言われるだろう。でも彼はどうしても行きたくて、怒られてもいいからとこっそり観に行った。

後日、彼が娘からもらった一言は「お父さん、来てくれてありがとう」だった。……ごめんね、涙が出てきて。

東儀:なんだろうね。彼に対して「嬉しいね、よかったね」とあたたかい気持ちになって。鬱陶しいと言われて悲しかっただろうけど、本当に嫌だったらそんなふうにありがとうとは言わないでしょう。言葉に出てきたというのは、ずっと前から父親への信頼が娘さんの中に育っていたのだと思う。そっぽを向かれても彼が見つめ続けたから、どこかでそれを感じてくれたんじゃないかな。

亀裂が入った、嫌われたと思ったその時はどうにもならないかもしれないけれど、諦めずに見つめ続ける。つながりを信じて掴み続ければ、きっといつか、ちゃんとつながっていたことを実感できる日がくると思います。

東儀:僕も彼と同じように家族のつながりを信じているし、何かあった時には命を張って守ってやるんだという気持ちがあります。僕とちっちは仲が良いから「友達親子」と言われることがあるけれど、それは違う。ちっちも親としての僕の覚悟を感じているから「親ってどんな存在ですか」と聞かれて「尊敬する人物です」と言ってくれるのだと思います。

僕はそれが嬉しいし、ちっちから一生そう言われ続けるような人でありたい。いくつになっても、「こんな人になりたい」と思われるような。そのためにはいつでも悔いのない今を生き続けないとね。これまでも心のままに生きてきたけれど、これからも変わらず。止まってなんていられないですね。

東儀秀樹(雅楽師)

1959年東京生まれ。東儀家は奈良時代から今日まで1300年間雅楽を世襲してきた楽家。
宮内庁楽部在籍中は、宮中儀式や皇居において行われる雅楽演奏会などに出演、海外公演にも参加し、日本の伝統文化の紹介と国際親善の役割の一翼を担ってきた。
1996年デビュー後、日本レコード大賞企画賞等受賞歴多数。古典はもとより、ロック、ジャズ、オーケストラなど、ジャンルを超えたコラボレーションで雅楽器の持ち味を生かした独自の表現は唯一無二。

執筆:紡 もえ
写真:梶 礼哉