武装して戦わなくていいと知った今、「働く=生きる」が心地いい
大西: 大西常商店を、扇子だけじゃなく京都の文化を広める会社にしたいんです。その代表として、京都の文化を“自分ごと”として誰よりも語れる人になりたいと思いますね。
※投扇興(とうせんきょう)は江戸時代に流行した遊び。桐箱の台に立てられた的に向かって扇子を投げ、その美しさで点数を競う。
大西:「働くこと=生きること」になってますよね。境目が曖昧というか。でも私はそれですごく生きやすくなりました。決まった時間通りに働くより、自分のやりたいようにできている感覚がある。
もうひとつ女将になって嬉しく思うのは、お客さんと仲良くなって、皆さんの郷里のお話を聞けること。自分たちの暮らしを知ってもらえて、私自身も新しい世界を知れる。私はそういう瞬間がとても幸せです。
SNSで日常を発信するようになってから、あるがままの自分も受け入れてもらえるんやって気づきました。自分を良く見せようと武装して戦う必要はない。伝統として大切にしたいものは守りつつ、そこに自分の個性を和えていいんですよね。おバカな姿をさらしている時が、自分の素に近くて一番好きかもしれません(笑)。嫌われることもあるけれど、好きでいてくれる人は好きでいてくれる。
自分らしく働いて生きるって、「素の自分」を認めて、「立場としての自分」とうまく和えて進んでいくこと……なのかなと思います。
大西:「和える」という言葉は、実はお知り合いの企業さん・「和える」の代表さんから感銘を受けている部分があります。その方が「『和える』っていうのは『混ぜる』とは違って本来のもの同士のよさをそのまま生かして料理になる、ということを仰っていて。これに感銘を受けました。
昔は京都の老舗女将として完璧を求めていて、「ちゃんとやらなあかん」って気持ちが強かったかもしれない。私、やりたいことに対してはかなりストイックなところがあるんです。継ぐと決めたときに、洋服を捨てて毎日着物を着るとか……あるべき姿を描いて頑張って女将になろうとしてきた。
でも今は、あるべき姿を求めるより、自分らしく。すべてを完璧にしようと思うと、私の場合は時間が足りないし、ガチガチに固まって生きていくのはしんどいからね。一度さらけ出してしまえば気が楽になるし、そんなに頑張らなくても大丈夫なんやと思える。
とはいえ……すぐに素の自分を出すのは難しいとも思います。私も歳を重ねたことで「和えてみよう」と思えるようになったし、自分の気持ちや感覚を大切にしていいんやって知ることができた。いろんなことがあるけれど、その時の自分らしい在り方で、楽しみながら波を乗りこなしていく。今はそんな気持ちなんです。
大西里枝
1990年京都市生まれ。大正2年創業の扇子メーカー「大西常商店」代表取締役社長。立命館大学を卒業後、NTT西日本に入社後、2016年に家業へUターン転職。 扇子の素材と特性を生かした新商品開発および営業業務に従事。 京ものユースコンペティショングランプリ受賞、文化ベンチャーコンペティション京都府知事優秀賞受賞。 WEBメディア「きものと」にて、京都くらしを発信する「#京都ガチ勢、大西さん家の一年」を連載中。
取材・執筆:紡もえ
編集:山口真央
写真:梶 礼哉