事務所から独立。転機を迎えて

平野:そうですね。前の事務所に所属してちょうど10年だったんです。新しい挑戦をするなら、独立してひとりでやってみるのもいいなと思い、決断しました。

まさか自分がこの歳で社長になるとは思っていなかったです(笑)。お仕事の依頼メールや出演料の交渉なんかもすべて自分で対応しているので、お仕事をくださる方々からすれば、マネージャーを通さない分やりにくい部分もあったり、申し訳ないとも思っているんですけど……。ただ、これまで自分がまわりのスタッフさんたちにどれだけ任せて助けていただいていたかがすべてわかったので、それは大きな学びでした。

平野:もちろんそれはありますね。他の事務所に移籍することも考えましたし、独立してからもマネージャーさんは探し続けています。でも、他者になにかを任せる前に、まず私が私自身をちゃんと理解していなければと思ったんです。だからいまの私は、自分には「なにができて」「なにができないのか」を理解するための期間を過ごしていると考えています。誰かと一緒にやるのは、その後かな、と。

平野:多分、向き合う作業をしない限りは、一生わからないままなんじゃないかな、と思います。お仕事でもプライベートでも、自分自身のことを考える時間って意外と少ないじゃないですか。大抵の人が目の前のことに一生懸命になってしまい、自身について考える余裕なんてきっとない。

だからこそ、私はあえて時間と環境を作って、自分と向き合おうとしているんでしょうね。今まで怠ってきた分、そういった時間と環境を持てること自体に感謝しつつ。


諦めずにいられたのは「家族との約束」があったから

平野:「もう辞めよう」と思った瞬間は何度もありました。でも、絶対に諦められませんでした。やっぱり「信じたい」という気持ちが強かった。私にとって芸能のお仕事は天職である、このお仕事を続けてきて得られたこと、培った感覚、それらは決して間違っていなかったと信じたかったから、諦められませんでした。そして、家族との約束も忘れられませんでした。幼い頃、児童劇団に入りたいと言った私に、「一生の仕事だと思って取り組みなさい」と言われたことが常に胸にあって、どんなに苦しくても、「でも約束したんだもん」とその約束に立ち返るんです。

両親からは以前、「あのときの約束があなたを苦しめることになるなら、新しい道を探したっていいんだよ」とも言われました。でも、10歳の頃の私は、本当に芸能の世界にあこがれを持っていて、その気持ちは何歳になっても色褪せないんですよ。だからこの先、どんなに苦しいこと、大変なことが起きたとしても、続けられる限り俳優のお仕事を続けたいという気持ちはずっと変わりません。

平野:コロナ禍になって、エンタメはいらないんじゃないかと言われ、特に舞台やミュージカルなどは大打撃を受けました。でも、私たちが作っているものは、フィクションだとしてもエンタメのなかにメッセージを盛り込む作品です。過去に実際あった出来事……たとえば戦争などの史実を描くこともある。それは「語り継ぐ」ということだと思うんです。

非日常的なことをエンタメとして描き、観る人の感性に訴えることで、心を揺さぶる……爪痕を遺すことができる。考えるきっかけを与えるというのは、とても大切なことだと思います。

平野:アニメの世界には「声」でしか携われないと思っていたけれど、2.5次元舞台というジャンルが生まれて、アニメの世界を体現してお届けできるようになりました。「お世話になったアニメの世界の方々へ、新しい形で恩返しができるかもしれない!」と、チャレンジしました。アニメの世界で声優として培った経験が舞台で学んだ技術と組み合わせることができる2.5次元舞台という新しい世界につながって嬉しいです。最近はドラマのお仕事も続いていますし、これからもジャンルを問わず新しいことにチャレンジし続けていきたいです。

平野:「自分を知ること」でしょうか。自分を客観視して強みを理解することで、自信にもつながっていく。

自分を知ることで、今の社会の課題に対して自分にできることや、関わり方が見えてきたりします。私たちはひとりで生きてるわけではないですから。自分を知ることが、みんなを知ることにつながっていけばいいな、と思うんです。

平野綾

愛知県出身。
1998年から子役としてTVドラマやCMなどに出演。2003年に声優デビュー。
2011年からは舞台を中心に活動し、『レ・ミゼラブル』エポニーヌ役、『レディ・ベス』レディ・ベス役、『モーツァルト!』コンスタンツェ役などで、唯一無二の存在感を残す。10月からミュージカル『9 to 5』に出演。11月にはビルボードツアーを控える。

執筆:イガラシダイ
撮影:梶 礼哉