「おかしい!」と声を上げるために必要なものとは
上野:そうですね。取り組み自体は決して悪いことではないと思います。ただ、「男女平等」すら実現されていないのに、ダイバーシティとかインクルージョンとか声高に言うのは、100年早いんじゃないかって思います。
女性たちがこうして職場に大量に入ってきたのは、ここ20年くらいの話です。その子たちが仕事を辞めずに続けているとしても、やっと40歳。キャリア組が課長になるかならないかくらいで、その上にいる管理職はおじさんたちでしょう? そこには学歴格差と採用区分とジェンダーとが組み合わされた、性差別の構造が残っている。そこが変わっていないのに、なにがダイバーシティだよ、と思ってしまいます。
上野:「それはおかしい!」と主張するときに大切なのは、仲間の存在です。
昔、女性は企業のなかでお茶くみをやらされるのが当然でした。でも、いまはそんな慣習はなくなりました。「誰のおかげだと思う?」と言いたいですね。最初に「どうして私がお茶くみをしなきゃいけないんですか」と声を上げた女性がいたということです。
そういう女性が現れると職場では嫌われて、孤立させられてしまう。そして、「じゃあ、私がやります」なんて女性が出てくる。男性が、やってくれる女性を持ち上げることで、結果として声を上げた女性を追いつめていく。
それでも、女性だけがお茶くみをやらされるのは変だ、と思う人がちょっとずつ増えて、仲間をつくって、職場環境が変わっていった。だから、仲間の存在が大切なんです。
いまは職場における性役割の話をしたけれど、お茶くみの慣習を変えるだけでも大変なのに、これが社会全体の話となると、ものすごく大変だし、とても時間がかかるでしょう。
私の東大での祝辞に対して、こんなことを言う男性がいたそうです。「東京大学は女子の受験を禁止していません。したがって、受験しないのは自己決定であり、合格しないのは自己責任である。となれば、そのような自己決定・自己責任に対して、東京大学が責任を感じる必要はありません」。この発言に対して、どう反論すればよいと思いますか?依然として東大の入学生は約8割が男子学生なのに、よ。
選択的夫婦別姓制度について最高裁が「合憲」と判断したときだって、「民法は夫婦同氏を要請しているだけであって、夫婦どちらの姓にするかは一切強制していない」という形式平等論で「合憲」の判決が出ました。でも、姓を変えるのが自己決定ならば、なぜ女の約95%が姓を変えているのか。
私たちは、こういう「男女間の目に見えない差別」と闘ってきました。そのためには、しっかりとデータやエビデンスを集めて、仲間とともに声を上げて、ロジカルに訴え続けることがとても重要です。
上野:振り返ってみれば、いつだって「自由に生きたい」と思ってきたと思います。人間にとって自由って非常に大切なことじゃない?
でもね、好き勝手に生きてきたように見えるかもしれないけど、やるべき仕事は手抜きせずにこなしてきました。私みたいに目立つことをやっていると、どうしても周囲から足を引っ張られてしまうこともある。あるときは、「上野さんはあんなに外に出ているから、学生指導をちゃんとやっていないんじゃないか」なんて疑われたこともあった。私はこれまで、常に学生を最優先にしてきました。だってそれが私の仕事だったし、わざわざお金を払って授業を受けている学生たちに、身になることを伝えてあげなきゃいけないっていう思いがあったから。
そう、「働く」っていうのは、「人のため」を考えることなんじゃないかと思います。
だから、働くときは誰かのために役に立つことを思い、その責任を果たした上で自由に生きることを求めてきたのが、これまでの私の生き方だったのかもしれないですね。
上野千鶴子
社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長・上野千鶴子基金代表理事。1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学博士。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授、1995年同人文社会系研究科教授。2012年立命館大学特別招聘教授。元学術会議会員。専門は女性学・ジェンダー研究、高齢者の介護とケアにも研究テーマを拡げている。
執筆:イガラシダイ
撮影:梶 礼哉