変化を恐れず伝統を受け継いでいく。「完璧じゃない女将」を強みに私らしく、新しく

大西:ありましたね。店舗であるこの京町屋の改装も、既に両親がお金をかけてきたところに工事をどこまでやるか、昔ながらの造りをどこまで変えるか……。何度も話し合って変えたところがいくつもあります。

伝統の根幹という一本の軸は通しつつ、時代の変化に合わせたスタイルを取り入れていかないと、伝統はどんどん廃れていってしまいます。京扇子に限りませんが、伝統とは変化し続けることで守られるものなんやと思います。

大西常商店も、革新があって続いてきたんですよ。うちは京扇子をやる前は元結屋(もっといや)をやっていて、日本髪を結うための道具を作っていたんです。明治から大正にかけて日本髪の文化がなくなり、初代の大西常次郎が元結を辞めて扇子をやろうと決心した。一見脈絡がないように見えるんですが、扇子って元結と同じ原料の和紙を使っている。卸先も同じ和装問屋なんです。仕入れ先と売り先が確保できていることを資産と捉えて、次の商品に扇子を選んだんですね。

時代の変化に応じて柔軟に、自分たちの強みを残して扱うものを変化させた。これもひとつの伝統のつなぎ方やと思います。実際今も、扇子だけでは食べていけない時代が近づいてきていると感じますし、常に新しいことを考えていきたい。ご先祖様の姿勢に背中を押されています。

大西:うちは毎週お墓参りに行くし、毎月お坊さんも来る。仏壇には毎日お供えをします。ご先祖さんって命をつないでくれた存在ですが、大西家は仕事や家まで残してもらっている。すごくありがたいことやし、それを自分も次につなぎたいんです。自分が死んで向こうの世界に行った時に「頑張ったね」って言ってもらえるといいなと思って仕事しているところがありますね。

そもそも京都という土地は、ご先祖さんが身近なんですよ。お盆には六波羅蜜寺の地下の鐘を鳴らすとご先祖さんが帰ってきて、おうちのお仏壇までお連れするっていう風習があって。一日三食精進料理を作らせていただいて、お盆の三日間はそのお下がりをいただく。ご先祖さんと同じものを食べて、最後は送り火で帰っていかれるのを見送るんです。

大西:それが今の「生」を意識することにも繋がるんですよ。京都に戻って実感したのは、日本の季節は二十四節気・七十二候に分かれていて、それごとに受け継がれている習慣があるということ。正直、会社員の頃は季節の移り変わりを意識する瞬間は多くありませんでした。

例えば……今は二十四節気で行くと「大寒」でふきの花が咲き始める頃。和菓子屋さんにいくと、雪の下から緑が芽吹くさまを表現した「下萌(したもえ)」というお菓子が並びます。行事だけではなくて、そういった日常的なところにも季節が見える。季節の移ろいを感じるからこそ、今を生きていると思えるのかもしれません。

※取材は1月半ばに行いました

▲京町屋の中庭で撮影中、雪が降りだした

大西:とはいえ、文化的な暮らしはやることが多くて面倒だなと思うこともありますよ(笑)。ご飯を炊くのも、薪を買ってきて着火させることからスタートです。

ただ、SNSでそういった暮らしを発信し始めてから、興味を持ったり、面白がってくれる人も増えてきて、「やる意味あるな」って思えるようになりました。皆さんには非日常かもしれんけど、私たちにとってはそれが日常。日常のひとコマを楽しんでもらえて反応をいただけるのは励みになりますね。

大西:お店としての発信は商品の紹介がメインになると思いますが、SNSを使っている世代の方々は扇子自体に興味を持つ人は多くない。ですからひとりの女将として、扇子だけじゃなく京都の文化やそれを体現する暮らし・ストーリーを出すべきやなと。

扇子が今の時代に急成長するものではないことや、「女将」ってちょっとお高く止まっていそうに見えるかも……という、現状と周りからの見え方を意識した結果が今の形ですね。

ギャップがあったほうが興味を持ってもらえると思いましたし、完璧じゃないからこその面白さってあるじゃないですか。

▲大西さんのX(@RieOhnish)では、「小正月に食べるぜんざい」のような文化的な投稿もあれば、「床にこぼしたお菓子を拾う」という素の姿を全開にした投稿も!

大西:京都には数百年続く由緒正しいおうちや老舗の会社がたくさんあって、歴史あるゆえに完璧さを求められるところが多いです。その中で、歴史百年ほどの私たちは超若手。だからこそちょっと突飛なことをやっても許される部分があるのかなと。それを強みにして「面白いこともやっていきます」って立ち位置でいます。

隙のない完璧を目指すより、ある程度砕けて興味を持ってもらう。思い切った変顔で広告に出てみたり、床にこぼしたお菓子を必死で拾う生活感のある写真をそのまま載せてみたり……京都の女将としてはギリギリを攻めることもあります(笑)