「あのとき、ライフプランナーのような事業承継のプロフェッショナルがいれば、おじと父の会社を守れたんじゃないかなと思うんです」

プルデンシャル生命のライフプランナー・根岸由佳さんは、悔しさをにじませた。いま彼女は過去の苦い経験を胸に、オーナー経営者に向けて、相続や事業承継を主軸にサポートをしている。その内容は、決して生命保険加入の範疇にとどまらず、時には税理士や弁護士らの専門家とともに経営者の悩みに応え、経営者とそのご家族の未来まで見据えて“安心”をお届けすることを最終目的としている。事業承継という場面で、生命保険の価値の提供に挑む根岸さん。

「プルデンシャルのライフプランナーだからできることがある」と話す彼女の使命感の源泉を追う。


根岸由佳(ねぎし・ゆか)

広島市生まれ。大学卒業後に、大手コンビニエンスストアチェーンに入社し、スーパーバイザーとして加盟店の支援を行う。結婚を機に退職。2008年にプルデンシャル生命に入社。2022年にはライフプランナーの最高位であるエグゼクティブ・ライフプランナーとなった。


根岸さんが生まれ育ったのは広島市。その中心街でおじと父親がアパレル企業を経営していた。その当時としては珍しく海外ハイブランドの商品を中心に輸入し、地域では知らない人がいないほどの人気店だった。根岸さんは実家の商売を見て育ち、「いずれは父たちを手伝いたい」と考えていた。大学卒業後は、小売ビジネスを学ぼうと大手コンビニエンスストアの本部に就職。しかし、その夢が叶うことはなかった。

「創業者であるおじが、アルツハイマー病を患い、亡くなってしまったんです。それをきっかけに親族間で対立が生まれ、会社は混乱に陥りました。事業承継に失敗したことで、最終的には事業を畳むことになりました」

社長であった父は、家族と会社を守るために動いた。自宅を担保にした借り入れがあったことから、根岸さんと母、弟の籍を自分から分離。従業員全員に退職を募り、希望者には再就職先を斡旋。従業員の退職金はしっかり支払う一方、自身は一円も受け取らずに60歳で退任した。退任後、ゼロからの再就職にはとても苦労したという。根岸さんは、そんな父の後ろ姿をいまでも覚えている。

「あのとき、ライフプランナーのような事業承継のプロフェッショナルがいてくれたら、結果は違っていたはずです」

この想いが、根岸さんが生涯をかけて取り組みたいという「相続・事業承継支援」への原動力となった。

もう一つ、根岸さんの人生観を揺るがしたのが、根岸さんの結婚式のわずか1週間後に訪れた、弟の死だ。当時根岸さんは31歳、弟はまだ28歳という若さだった。

「190cm近くの長身で、バスケットボールを愛し、明るく友達の多い弟でした。寝ている間に脳内の血管が破裂し、朝、起きてこないことを不思議に思った母が、冷たくなっている弟を見つけました」

葬儀には弟の友人や同僚、300人近くが参列し、終わっても誰も帰ろうとしなかった。棺の周りに座り込み、ずっと泣いている。その後、何人もの友人が、「家族のことをよく話していた」「自慢の姉だと言っていた」と語ってくれた。生前の弟は、愛情表現が多かったわけではない。根岸さんは、葬儀で初めて弟の別の顔を知った。

「弟の分までがんばって生きなきゃいけない。だとしたら、私は何のために生きたらいいんだろう」。弟の死後2年ほど、根岸さんは深い喪失感とともに自問し続けることになる。


何のために生きるのか。その答えがあると直感したプルデンシャルとの出会い

人生の目的を探す旅のなかで出会ったのがプルデンシャル生命だった。

もともと新卒でコンビニエンス業界の最大手に入社した根岸さんは、同社における女性初のスーパーバイザー(以下SV、複数のフランチャイズ店舗を統括する立場)として広島エリアを担当した。

「実家が商売をしていたこともあり、24時間365日商売に勤しむフランチャイズ店舗のオーナーさんへの共感や応援したいという気持ちがあったんです」

SVというポジションにも仕事内容にもやりがいを持っていた。しかし、同僚との結婚を意識し始めた頃、「同一地区に夫婦が所属することが難しい」という当時社内で敷かれていた暗黙の配置転換ルールに加え、「やりきった」という思いが重なり、結婚退職を選んだ。

弟の死を乗り越え、大阪で派遣社員として再就職した頃、プルデンシャルの営業所長と出会いスカウトを受けた。

生命保険の営業職へのイメージは決してポジティブなものではなかったが、「この会社は何かが違う。もっと話を聞いてみたい」と感じたという。そして、「業界を変える」という会社の理念に触れたとき、根岸さんは直感した。

「私が私らしくいられる会社なのではないか」

SVの仕事を辞めてから抱えていた「社会復帰できるのか?自分が輝ける場所があるのか?」という不安。弟の死後に感じていた「何のために生きるのか?」という問い。その答えがここにあるという気がした。根岸さんは自分の直感を信じて、入社を決めた。