「できるはずない」から「できるかも」へ。心の変化で可能性も広がった

菊野:僕もそうでしたよ。勉強してみて、よりその絶望が深まったというか……本当に複雑で難しい世界だなと痛感しました。時計を作ろうとトライはしていたのですが、在学中の3年やそこらではまず無理。とにかく経験を積まないと――。そう思い、一旦、修理の仕事に就こうと就職活動をしました。

するとそんな僕のようすを見ていた先生が「卒業後1年間、研究生としてやってみたら」と声をかけてくれて。授業の助手をする立場で、学校に残らせてもらえました。そして同じ時期に、僕の人生を動かした『和時計』に出会ったんです。

▲2011年作 「不定時法腕時計(和時計)」

『和時計』とは、江戸時代の日本で、手作業で作られた時計のこと。その製作過程を紐解くドキュメンタリー番組をみて、自分は当時の職人よりずっとマシな環境にいるなと気づきました。江戸時代の人がこれだけ作れたのだから……そう思うと「できるはずない」という絶望が「できるかも」という希望に一転したんです。研究生として学校の設備を使える間に作り上げよう。そう決めて、3か月かけて独学で初めての時計を完成させました。

菊野:考え方って、やっぱり大きいですよね。できるかもと思うと、ちゃんとできる。時計を解体して組み立てなおしてみたり、文献を読み漁ったり……日本語で書かれている時計作りの本はほとんどなかったので、英語で書かれたものを頑張って読んでは作っての繰り返しでした。勉強も英語も苦手でしたが、そうやって諦めずにやっていたら、できることが広がっていきました。

時計作りのヒントを得たいという気持ちから、いろんなものに触れるようにもなりました。関係ないように思える分野から得た知識が、アイデアを生むための刺激になる。月の満ち欠けや、季節によって移ろう昼と夜の長さ……時計が示す“時間”の概念って、捉え方によってさまざまで、それが面白いんですよね。

菊野:多くの人が求める時計の役割はそうですよね。でも、僕が作っている「りゅうず」を回すことで動く機械式時計は、正確さ以外の部分に魅力があると思っています。ひとりの人間が精魂込めて、手作業や原始的な工作機械を駆使して作る……その過程やストーリーが、独立時計師の作る時計には凝縮されています。僕もそれに魅了されたひとりであり、唯一無二のストーリーを持つ時計を作りたい。正確さだけを求めるなら、電波時計やそれこそスマートフォンを持てばいいですから。