以前の私は、友人とおしゃべりしていても、いつも「自分ばかりが話していないだろうか」と話の配分を気にしていた。そもそも話し下手なので、他の人が話しているのを聞いている方が楽だった。また、仕事で何かしらのチャンスがあったとしても、自分より上手くできそうな人がいるなら、その人を推して自分は応援する側に回ってきた。
内向的で、自分を後回しにしてばかりいたのだ。
そんな私に価値観の転換が起こったのは、「自分を幸せにしてあげられるのは自分だけ」と公言する台湾人の友人たちから刺激を受けたことが大きい。
最近、友人の台湾人女性が開いた陶芸の作品展を見に行った時のことだ。
彼女はもともと編集者で、陶芸は個人的な趣味だったのだが、今回突然個展を開くことをセレクトショップのオーナーから提案されたという。
「編集者の仕事は人付き合いが大事になるけど、そもそも私は一人で静かに何かを作っている方が好きなんだよね」と笑う彼女は、個展を機にキャリアチェンジの舵を切るつもりらしい。
彼女のように複数の仕事や肩書きを持つ「スラッシュキャリア」は、台湾ではかなり一般的だ。台湾の前デジタル大臣であるオードリー・タンさんも、デジタル大臣/現役のハッカー/詩人/財団理事といった複数のキャリアを持つスラッシュキャリアの実践者だ。以前台湾の自転車メーカーを取材した際、取材を受けてくれた方が実はメーカーの社員ではなく、全く別の会社の社長だった、ということもある。親戚が経営する自転車メーカーのプロジェクトを手伝ってみたら、たまたまヒットしてメディア取材を受けることになったのだそうだ。
皆、自分のやりたいことで忙しいので、自分の時間を大切にする。残業も必要最低限しかしないし、たとえ上司がまだ会社に残っていても、自分の仕事が終われば気にせず先に帰っていく(とはいえ日本もこの十数年で大きく変わり、このあたりの働き方は台湾と大差ないのかもしれない)。
自分の人生を自分でプロデュースする台湾人に囲まれていると、いよいよ「私はどうする?」と自問自答せざるを得なくなってきた。お恥ずかしい話だが、日本にいた頃の私は会社から指示されるままにキャリアを歩んでいた。ある意味、自分の人生にオーナーシップを発揮できていなかったのだ。
手がかりになりそうなのは、シングルマザー時代、当時2歳になったばかりの長男と二人、台湾で暮らすことを決めた時のことだ。日本にいればひとり親家庭向けの手当が受けられるところ、当時の私は一切手当が受けられない台湾を選んだ。
日本で私と同じようなスキルを持つ人は数多く存在するけれど、台湾に拠点を移しただけでその数は激減し、その分仕事のチャンスが広がる。そうすれば、小さい子どもを一人で育てるのに必要な就業条件を交渉することだってできるのだ。また、子どもの教育に投資する余裕はないけれど、台湾で暮らすことで、語学や異文化理解といった教育の機会を生み出すことはできる。そう考えてのことだった。
自分が優先したいもののために、手持ちのカードを見つめ直した末の選択だったけれど、今はあの時の自分に感謝したいと思う。
あれから月日が流れ、40歳を過ぎた今、仕事も子育てもひと段落して「自分が積み上げてきたキャリアや経験を、これから残りの人生でどのように社会に還元しながら生きていくか」を考えるようになった。まだまだ稼いでいかなければならないけれど、より自分の人生を主体的に生きていきたいという気持ちが強まっているのを感じる。
そう思うと、いつまでも引っ込み思案な私のままではいられなくなってきた。自分がやりたいことを語り、学びながら仲間を探し、パーフェクトではなくても時には打席に立つことが必要なのだ。
2022年の春先、音声配信プラットフォームからお声がけいただき配信を始めた。裏方として書いたり編集するのが本業で、自分が表に出るのには大きな抵抗があったし、何より話し下手なので、これまでの私だったら絶対に考えられない選択肢だった。
しかも、昨年は年に一度、限られたパーソナリティだけが出場できるフェスに「出てみたいです」と立候補した。応援してくださる方がいるから一歩踏み出せたといえばそれまでなのだけど、私のような内向的な人間が心のうちに秘めていることを表で発言することで、同じような方を励ませたら、という思いだった。
何かに立候補するなど人生で初めてのことだったけれど、「弥生子さんが出たいと言ってくれたから、あなたに投票しました」という方々のおかげで、フェスに出場することができた。
このようにして「ライター・編集」という私のキャリアに「音声配信」という項目が加わり、私もスラッシュキャリアの実践者となった。
数えてみたら、私は今年45歳になるらしい。人生の折り返し地点付近で自分を優先する練習を始めたばかりだが、すべてを完璧にこなせなかったとしても、自分が幸せを感じられるようにバランスを取りながら働く台湾スタイルの働き方に、私も少しずつ足を踏み入れている。
近藤弥生子(台湾在住ノンフィクションライター)
1980年生まれ。東京の出版社で雑誌やウェブ媒体の編集に携わったのち、2011年に台湾に移住。日本語・繁体字中国語でのコンテンツ制作会社を設立。オードリー・タンからカルチャー、SDGs界隈まで、生活者目線で取材し続ける。近著に『心を守りチーム力を高める EQリーダーシップ』(日経BP)、『台湾はおばちゃんで回ってる?!』(だいわ文庫)、『オードリー・タンの思考』(ブックマン社)など。