「障害があるから不幸」ではない。自分らしい道への希望を伝えていく

千野:今の社会は、まだまだ視覚障害者と一緒に生きるのが普通になっていないと感じます。多くの人が視覚障害に関する正しい情報を受け取れていないことが理由ではないでしょうか。普段当事者と接することがない人が想像する視覚障害と、実際の視覚障害が全然違うという状況が生じている。あらゆる情報が溢れている社会なのに変ですよね。

だから私たちは、『あしらせ』というデバイスの普及を通して、視覚障害者の皆さんが普通に社会に入っていけることを目指していきたい。全ての課題を解決することはできないかもしれないけれど、私たちが発信することで情報の非対称性がなくなって、社会から少しずつ視覚障害の課題がなくなる流れにつなげていきたいと思っています。

将来的には海外展開も考えて準備をしています。インフラや文化は国によってまったく違うけれど、視覚障害における課題は共通しているところがある。海外の方と交流をする中で、『あしらせ』へのリアクションや質問はほぼ同じなんです。日本で価値を上げてきたものを、海外に同じように広げていけると思う。国を越えて、困っている当事者の皆さんの力になれたら私たちは嬉しいです。

西川:僕は当事者のひとりとして「自分らしく生きられる世の中」をつくりたいです。高校生の頃、本当につらいことがあったときはシャワーの音で声をかき消しながら泣いていました。すごくしんどくても、人に言えないんですよね。恥ずかしい気持ちもあるし、家族に言ったら悲しむだろうな……とか。そういう思いをする人を少しでも減らすために貢献したい。

『あしらせ』はその第一歩になれると期待しています。『あしらせ』が提供する「ひとりで歩ける」という実感は、「自分は何がしたいか」「自分らしさとは何か」を考えるための基盤になると思います。

そして当事者が自分らしく生きることで、そのご家族にも元気になってもらえたら嬉しい。ご家族の中には、当事者以上に心を痛めている方がいます。「障害で辛い思いをしている、させてしまっている」と。障害があるから大変なことも確かに多いです。でも、「決して不幸ではないんですよ」と伝えたい。障害があっても、幸せに生きる道はあります。その希望を、自分の経験を含め『あしらせ』と共に伝えていきたい。これが今前を向いて言える僕の、僕たちのミッションです。

西川隆之

網膜疾患の視覚障がい当事者。視力0.1、視野が狭くソフトボール程度の大きさ。
15年ほど通信会社で社内システム運用業務に従事し、その後1年半ほど外資系IT企業にてスマホアプリの視覚障がい者向けアクセシビリティ改善業務(障害者が便利に使える機能・設定)に従事。2023年よりあしらせメンバーとして、ユーザー対応等カスタマーサービス業務に携わる。

千野歩

2008年本田技術研究所に入社。電気自動車や自動運転の研究開発に従事。2018年SensinGood Labという任意団体を設立し、「あしらせ」の開発を開始。2021年4月、Ashiraseを創業、代表取締役CEOに就任。

執筆:紡 もえ
撮影:梶 礼哉