さみしいことにこのコラムも最終回になってしまいました。さみしい、終わらせたくないという私の気持ちがそうさせてしまうのか、何書いていいか全くわからなくなってしまった。

思えば私の人生はいつもそうです。さみしい、終わらせたくない、そして就職先もないという気持ちで大学卒業後に大学院に行ってしまったものの、何を学ぶべきかよくわからなくなってしまいなぞの2年を過ごす。

飲み会もそうです。さみしい、終わらせたくないの気持ちで必要以上に飲んでしまい、結果何しゃべったかわからなくなってしまって翌日おそるおそる「私、お金払った?」と友達にLINEをするのです。

人生にはつけるべきけじめがあります。そのけじめを交わしながら、モラトリアムをのりしろのように貼って伸ばし続けては、気づけばライターになっていました。竹内まりやは「毎日がスッペシャ〜ル」と歌いますが、私の場合毎日が執行猶予みたいなものです。何かの執行を逃れながら、徐々に何を執行されるかも忘れてしまい、とりあえず今日もベイスターズの試合に全精力を注ぐのでしょう。

 「仕事をしている人へインタビューしないといけないんだけど、ママでいいか」

大学に通い始めた長男がちょっとかったるそうに言いました。キャリアデザイン的な授業での課題レポートなのだそうです。これは神様がミモザマガジンコラム最終回ネタのために我に与えたもうた救済の青汁……と内心ほくそ笑みながら「まあ、そんなめんどくさくなければいいよ」と快諾しました。

「でも明日までに出さなきゃいけない」

明日!? なんでこんなギリギリになって言うのよ。締め切りをなんだと思っているのかと苦言を呈すると「ママだっていつも『あ〜〜まだ1文字も書いてない〜〜』とか言ってるじゃん」と早速矛盾を突いてきました。ママはね、いわば締め切り守れない日本代表だよ。締め切り守れない界でいったら大谷翔平なの。昨日今日の締め切り守らないあなたと一緒にしないで。しかも締め切り守れないし文字数は大幅にオーバーする二刀流なの、なめないで。

 「まずはあなたのお仕事はなんですか?」「ライターです」「仕事内容は?」「誰かにインタビューしてそれを文章にまとめます。ときどき芸能人のとんちきをおもしろおかしくコラムにしたりします」「会社には所属していますか?」「知ってるっしょ」

 長男の顔が「(ちょっとそういうのではないんだけど……)」とも言いたげに曇ります。ああこういう顔、私も普段のインタビューの時にしてるんだろうな。

「あなたがこの仕事を選んだ理由は?」「はい。(選んだもなにも就職先がなく実家の飲み屋の手伝いをしていたところあなたを妊娠したため新たな仕事を探した結果たどりついたのですが)言葉で何かを伝える仕事に魅力を感じたからです」。「お、いいねえ」わかりやすく長男の顔に光が刺しました。私もこういう顔してんだろうな。

「仕事上でのやりがい、はたらきがいはどんなところにありますか?」「(インセンティブのつく仕事で爆バズりした時です)そうですね。やっぱり読者の方に喜んでもらえた時かなぁ。言葉がちゃんと届いたんだなとうれしくなります」「今まで仕事で最も苦労したことはなんですか? またそれをどうやって乗り越えましたか?」「(おっかないラッパー取材の録音データをうっかり消してしまい、記憶を頼りにラッパーになりきって原稿を仕上げました)取材相手の言葉を正しく伝えられているのだろうかとそれは今でも悩みます。でも結局場数をたくさん踏んでたくさん失敗するしかない。昨日よりは明日、いいライターであればいいのかなって」「はいはいはい」

 こんな調子で親子の騙し合いのようなインタビューは進んでいきました。いつもはインタビューをする側ですが、されて初めてわかる、ざっくりとした質問して相手を困らせているんだなということ。そしてインタビュー相手は、インタビュアーが求める言葉を敏感に察知して、答えを紡ぎ出してくれている。本音と建前を揺れ動きながら、でもそれが「対話」というもの。

「では最後に今の私に伝えたいことは何ですか?」

「ライターにとって文章は商品で、作品ではない。作品だとあまりにも自分が強すぎて、作品が評価されないと自分まで否定された気持ちになっちゃうけど、商品だと思えば、売れなかったら引っ込めればいいし、改良すればいい。どこか売れそうなところに持っていくこともできる。あなたがこれからどこかで仕事をして、うまくいかなくても、それはあなたという商品がその会社や自流に合ってなかったというだけで、あなた自身がダメなわけじゃないから。それくらいの距離感で人生楽しく働いてください」

 最後の最後に本音と建前は溶け合いました。皆さん、またどこかでお会いしましょう。

西澤千央
1976年、神奈川県生まれ。実家の飲み屋で働きながら、『KING』(講談社)でライターデビュー。現在『文春オンライン』(文藝春秋)や『Quick Japan』(太田出版)、『GINZA』(マガジンハウス)、『中央公論』(中央公論新社)などでインタビューやコラムを執筆。