誰もが「ちがう」想いや悩みを持って⽣きています。でも、もしかしたら誰かが導き出した答えが、あなたの答えにもなるかもしれません。「根ほり花ほり10アンケート」では、さまざまな業界で活躍する“あの人”に、10の質問を投げかけます。今回は、東京・高円寺の本屋「蟹ブックス」店主の花田菜々子さんが登場。

きっと、「みんなちがって、みんなおんなじ」。たくさんの花のタネを、あなたの心にも蒔いてみてくださいね。


花田菜々子(はなだ・ななこ)

1979年東京都生まれ。書籍と雑貨の店「ヴィレッジヴァンガード」に入社し全国各地で店長を務めた後、「二子玉川 蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長、「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長、……と約20年間さまざまな本屋を渡り歩く。2022年9月、東京・高円寺に「蟹ブックス」をオープン。また、自らの実体験を綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)は2018年の刊行から現在までに世界累計13万部超えのベストセラーとなった。


23歳のときに「ヴィレッジヴァンガード」という店にアルバイト入社して書店員となって以来数社を渡り歩き、さまざまな書店を経験しながら43歳で独立。ファーストキャリアから数えると、23年間、本を売る仕事を続けています。

本が好きであることはもちろんなのですが、自分の場合はそもそも『おすすめしたい本に自分の言葉でPOPを書く。そしてそれが目の前で売れていく』という入社当初に知ったよろこびが、売ることを愛する強烈な原体験となりました。また、子どもの頃から『店』という空間が持つライブ性も大好きだったので、好きが重なり、そこから本屋の仕事に夢中になっていきました。

本を売る仕事に飽きることはなく、今でも「こんな本があったのか」「こんな売り方があったのか」「本屋はこんなこともできるのかもしれない」と発見の連続です。

いい本を探すために他の書店を巡回することも、それが店に届いて棚に並べる時間も、お客さんと本について話すのも、何もかもがずっと楽しいです。


〈「好き」「やりたい」っていう子どもみたいな気持ちだけで全部なんとかしてきた人生〉、という感じでしょうか。実際には仕事においては「好き」という気持ちだけではどうにもならない場面は多々ありますが、根幹の「好き」を貫くために他のすべての悪条件や苦難を全て受け入れてきたと思います。……いや、でも、そこまで言うほどつらい苦労はしてないかな?とも思うので、〈全部本が切り拓いてくれた人生!〉くらいのほうが自分の実感に近いかもしれません。


若い頃に読んだ岡本太郎の本の「ぼくはいつでも、あれかこれかという場合、これは自分にとってマイナスだな、危険だなと思う方を選ぶことにしている」「怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ」という言葉に感銘を受け、迷ったときはその教えの通りにしてきました。ここからさらに自分流に応用して「より自由な方を選ぶ(より自分が自由になれる、自由を感じられる、という意味)」ことも大事にしています。

それでも「こちらの選択肢を選べば、今持っているものを大きく失うかもしれない」と思うことは恐怖ですよね。たとえば年収、人間関係、仕事内容、安定した生活など……。そんなときはやや雑なワードですが、「死にはしない」という言葉で無理やり自分を説得してきました。恐怖の中にいるとき、飛び降りる前は「これを失ったら終わりだ」という気持ちになってしまうのですが、ほんとうにだいたいの場合は死にはしないし、手放すことでしか次の道が開けないものなので。


私は毎日お風呂に入る前に「お風呂に入るのは面倒だな」と感じるのですが、いざ入ると「お風呂は最高だ」と感じ、入浴を後悔したことは一度もありません。にもかかわらず懲りずにまた「ああ、お風呂が面倒だ」と思う自分の脳は一体どうなっているのだろうと自分がつくづく心配になります。

その『仕事に行きたくない』は一体どんな『仕事に行きたくない』なのでしょうか。出勤してしまえば忘れるような面倒さですか?それともずっと神経を蝕んでくるようなしんどさですか?

たとえば、『死にたい』の言葉の本当の意味は「生きたいけど苦しみが強すぎて、この苦しみが続くなら死を選択したほうがマシかもしれないと考えてしまうくらい苦しい。誰かに助けてほしい」であることも多いと思います。

「仕事に行きたくない」もそんなふうに因数分解してみると、次の道が見えるのではないでしょうか。


いろいろなタイプがある、としか言えないように思います。私は「今」のやりたいことは尽きないし迷いなく没頭できるのですが、「未来」について長期的なビジョンで考えるということがとにかく苦手で、これまでに目標を持ったことがありません。そんな自分に誰かがむりやり目標を持たせようとしてもうまくいかないでしょうし、逆に「やりたいこと」を仕事にすることが向いていない人もいるようです。自分がどのタイプなのか、早めにわかると楽ですよね。

私は自分には絶対にできないことなので、特に面白いわけでもない仕事をずっと続けられる人のことを心から尊敬しています。


お金の不安や職業の不安、今の社会への不安はなくせるものではないから、無理になくそうとするのも不自然だと思います。不安は不安のまま持ち続けるしかないし、「こうすれば不安がなくなりますよ」という謳い文句はすべて疑うべし。

ただ、その一方で、若い子から「将来が漠然と不安で……」などと相談されて悩みの内訳をよくよく聞くと、「自分は何も変化したくない。リスクは取らずに、何のアクションもせずに、自分が置かれている状況がよくなってほしい」という話をしていることがよくあって、因果関係は不明ですが「動くのが面倒」の言い換えになっていることもあるのかなと思います。なので、そんなときはまず何か行動してみるのもよいかもしれません。


好きなことを仕事にしていることの弊害かもしれませんが、仕事とプライベートの境界がなくなってしまいやすいので、独立してからはなるべく家にPCを持ち帰らず、仕事は店にいる時間で完結させるように心がけています。それを実現できるようになってからは本当に生活の幸福度が上がりました。

それでも家にいる時間や休日に本を読んでいること、本屋にいることも多く、行きすぎると脳内がハウリングのようにわんわんしてくるので、意識的に「本と全く関係のない時間」を作るようにしています。

お金の使い方は下手すぎて、偉そうに人に言えることは何もないのですが、「本はノーカウント」……つまりどれだけ高くても、すでに買いすぎていて経済的に厳しいとしても、それを気にして購入をやめてはいけない、というのは昔からずっと自分との約束です。出会って魅力的だと思ったその場で買うことも絶対のルールです。「この本屋で、こんな気持ちになって、買った」という体験も含めて自分にとっての大切な宝物なので。


若い頃にたくさん若さを謳歌してくれてありがとう、と伝えたいです。体力と気力があり余っていて、朝まで飲んでそのまま仕事に行くなどはもちろん、路上に座り込んでいつまでも友達としゃべったり、夜中に無目的に自転車で街を走り回ったりしていました。今では体力的にできないことばかりだし、そうしたいとも思わないのですが、元気だった頃の思い出は「ほんとうに生きていることが好きで、全身で味わおうとしていたな」と感じられて、今でも心を温めてくれます。


どんな衰えよりも好奇心がなくなることがいちばん恐ろしいので、年齢とともに減りやすいものだとしたら、これからは意識的に“筋トレ”していかないと、と思っています。

本屋は儲からないと昔から言われ続けているので(もうこの23年間で1万回くらいは言われました)お金持ちになろうという夢はありません。生活していけるだけのお金があって、1年に1回くらい海外旅行に行けたらいいな。そして本屋を続けられて、自分自身も本をたくさん読んで、ときどき「これはすごい本だ!」って大騒ぎできたら、それで十分です。でもあまり安定していても退屈になってしまうかもしれないので、突然本屋を辞めて海外移住したりして、自分を裏切ってほしい気持ちもあります。


今は独立していますが、会社員としての書店員も20年ほど務めました。何のためにやっているのかわからない仕事をさせられているとき、どんどん心が濁っていきました。大人として生きている以上はそれをゼロにすることは難しいかもしれないけど、苦しかった時代も、心のよりどころは「誰かに今ここにあるこの本のよさを伝える」という仕事をすることでした。

いい本に出会うたびに、これを誰かに知らせなくては、見てもらわなければと思い、ほとんど盲目的にそれが自分の働く意味だと信じてきました。

日々の仕事の中で「本を届けられた」と手応えを感じられたとき、身体の中で魂が小さな電球のようにぴかっと光っています。

そういう瞬間が、自分らしく働いているときなのかなと思います。


自分の「好き」を軸に、本を売る仕事を続けてこられた花田さん。文面から、日々のお仕事や、本や人との出会いを本当に楽しんでいらっしゃることが伝わってきて、読んでいる私も笑顔になりました。一方で、⑥の「『将来が漠然と不安』は『動くのが面倒』の言い換えかも」というご回答など、ハッとさせられる箇所もいくつもありました。花田さん、ご回答ありがとうございました。蟹ブックスで本を購入したことがあるのですが、確かに、「この本屋で、こんな気持ちになって、買った」という体験が宝物になっています!