人間関係って、とても面倒くさい。

どれくらいの距離感で接するのが正しいか?この話は相手にとって退屈ではないか?正しい反応ができているか?一緒にいて疲れる相手ではないか?誘っても断られないか?趣味や価値観は?金銭感覚は?差別する人も文句ばかり言う人も嫌だ。そもそも、私のことをどう思っているんだろう?そういうことを考え始めると、気が遠くなる。

友だち同士ならまだいい。でもそれが、会社の人となると話は変わってくる。仮にクラスが同じなら絶対仲良くならないタイプの人とも、毎日一緒に働かなければならない。もちろん自分に似た性質を持ち、価値観が合う人と働けたら楽しいだろう。しかし、会社ではそうはいかないシチュエーションも山ほどある。

しかも、私は会社で浮いている。周りから「合わないな」「変な人だな」と思われている気がする。私は都内のIT企業に勤め始めて7年目になるのだが、「なんでずっとこの会社にいるの?好きじゃなさそうなのに」「会社とキャラクターが合ってないのになんで働いているんですか?」とド直球で言われるくらいやる気のない働き方をしていて、キラキラとした社風と一線を画す。

更に言ってしまえば、私は仕事ができるタイプではない。真面目で強い責任感を持ち、長時間残業をしながら休日も残った仕事をこなすような人たちに囲まれていると、「私はこうはなれないな」とすら思う。それもあってか、未だに「社会人何年目だよ!」みたいな単純なミスもするし、後輩にも迷惑をかける。同じ間違いを繰り返しながら上司に平謝りをする。その度に落ち込んで、「死んでやる」とすら思いながら、転職サイトをなんとなく眺めている。

ミスばかりを繰り返し、自信を喪失すると、何もかもが上手くいかなくなる。一度その輪のなかに入ると、なかなか出てこられない。私にはそういう経験が何度もある。人に質問をするのも、会議で発言をするのも、業務における判断も、何もかもが間違っていて、大きなミスにつながってしまう気がして怖くなる。

そんなとき、いつも助けてくれるのは、家族でも友だちでもなく、同僚だった。価値観も金銭感覚も、仕事への責任感もまったく異なる同僚が、私にいつも少しの自信をくれるのだった。

以前、チーム内での人間関係に悩んでいたことがある。一緒に仕事をしているメンバーとどうしても仕事のやり方が合わない。はっきり言ってしまえば、嫌いだ。でもそれはお互いに思っていることで、空気はとても険悪だったし話しかけるのも嫌になり、都内で有名な縁切寺に祈りに行くほど悩み、転職くらいしか解決策はないのだと思っていた。

今冷静に考えれば社内での人間関係の悩みなんて“あるある”だろう。飲み会の席で同僚になんとなく相談をしたら仕事の振り方、関わり方、精神状態の保ち方、自分の経験などを話してくれて、「自分だけじゃないのか」「こうすればいいのか」と思った記憶がある。話を聞いてもらい、アドバイスをもらうだけで、「うまくいかない」輪から抜け出せそうな気がした。気持ちがふっと軽くなる。なんでこんな些細なことで頭を抱えていたのだろうとすら思う。そのあと、私が無事に異動してその人とも関わることはなくなったのだが。

今の若者は、飲み会が嫌いで不要だと思っているらしい。その気持ちはよくわかる。天気とか家庭菜園とか昔の仕事の自慢話とか人の噂話とか子育ての話とかに、興味のあるふりをしながら話を聞かなければいけないのは、面倒くさい。

それでも、救われることがある。どれだけ仕事ができる人でも、毎日楽しそうに働いている人でも、同じように仕事に対する何かしらの課題を抱えていて、大なり小なり悩んでいる。

飲み会やランチの席で膝をつき合わせて話を聞いてみると、たまたま同じ経験をしていて、アドバイスをすると感謝されることもある。まったく関わりのない部署の人でも仕事について話をすると、駒を前に進められることもある。暗かった目の前がパッと開ける瞬間があるのだ。

どんなに些細な悩みでも、会社の人たちは真剣に話を聞いてくれ、どうすれば解決できるのか、真面目に考えてくれる。それだけで、私の信頼に値する。

私は、会社の人たちが私生活でどんなことをしていて、毎日どんなことを考えているのか、何も知らない。あまり興味もない。それに、会社の人間関係というのはとても不思議で、すぐに切れてしまう関係のように思える。

でも、同じ方向に向かって、毎日真剣に考えてきたからこそ、仕事においてはお互いに助けられている部分が大いにあると感じているし、仕事においては絶大な信頼を置いている。私は、ほとんど何も知らないあの人たちを、心のどこかで信じているのだ。


あたそ

普段は会社員。たまにインターネット上であれこれ文章を書いたりトークイベントを開いたりしている。好きな飲みものは酒。
著書は、『女を忘れるといいぞ』(KADOKAWA)、『孤独も板につきまして 気ままで上々、「ソロ」な日々』(大和出版)がある。