“30代は想像よりもずっと楽しくて、知らなかった世界がどんどん拓けていく。「若い方が価値があるのでは」という長年のつまらない呪縛から解放されて万歳!歌いたい!って気分だよ。”

──という高揚感に満ちた言葉を、Instagramに投稿していたのは4年前のこと。2019年の10月、31歳になったばかりの私は、自分の人生の中で今がどれほど自由で、楽しくて、好奇心に溢れているかということを高らかに綴っていた。泥臭い下積みを経てようやく仕事が自分のものになり、20代の頃よりもお金や時間を自由に使えるようになり、知的好奇心もぶわっと開いて、知りたいことがどんどん増える。やりたかったこと、何でもやったる。30代、思ってたよりも全然楽しいやんか! と、人生最高の無双感にも包まれていたのだ。

ただそこで謳歌していた「自由」とトレードオフに、自分の子を持つという可能性をすり減らしていたのかもしれないな……と今になって思う。

ここ1年弱、私は不妊治療に取り組んでいるのだけれど、子宮まわりの持病がいくつもあるために簡単には実を結ばない。不妊治療クリニックで渡された資料には「35歳を過ぎると、受胎能力の低下が速まります。1ヶ月でも早く不妊治療を!」という文字。「いつからでも、遅すぎるということはない」とか「年齢なんてただの数字」だとか、これまで社会のあちこちで目にしてきた私たちを勇気づける言葉たちは、あの空間では途端に通用しなくなる。目の前の辛辣な言葉に思わずNO!と反論してしまいそうになるけれど、エビデンスのある情報なのだからどうしようもない。

週2、3回の通院をして、飲酒や運動は控えて、治療費をなんとか工面して、そして心身に大きなダメージを刻んでいく……それをいつか成功するまで繰り返す日々。通院、通院、また通院。これまでとほぼ変わらずに仕事や出張をこなしている夫に比べて、どうしても私の行動範囲は狭くなる。

「子育てか、仕事か」と女が二者択一を迫られる時代は終わり、子育てや家事は夫婦で協力しながらやっていくものだとばかり思っていた。そんな中で、出産だけは女しか出来ないから、それを望むのであれば頑張るしかないよね……ということは覚悟していた。ただ、それすらもまだ始まっちゃいない段階で、私はしばらく足踏みをしてしまっている。仕事であれば自分が動けばある程度は片付けられるけれど、こればっかりはいつ終わりが見えるのか、さっぱりわからない。いや、終わりは始まりなのだけれども。ただ、それが本当に来てくれるのかすらわからない。

そんな中で、見逃してしまった仕事のチャンスはいくらでもある。毎週スタジオで収録がある仕事。現場に出向いて、話を聞く必要がある仕事。日本中を飛び回らなきゃ出来ない仕事……。いや、不妊治療中であれアクティブに働いている人もいなくはないけれど、体調の安定しない私はどうしても保守的になってしまう。けど治療にも金がかかるのだから、休んでばかりはいられない。そこであれも諦め、これも諦め……と手放していった中でも手放さずに済んだのが、こうやって家で文章を書く仕事でもある。

洗濯物を干しながら、ぱっと思いついたことをメモしておく。米を洗いながら、原稿のその先を追いかける。同じことを繰り返す日々の中で、僅かな差異をつかまえていく。そうして見つけた言葉の断片を、ひとまとまりの文章に形成してSNSに流してやれば、ときには遠い場所に住む人とも繋がれる。

「不妊治療中も続けられるから、エッセイストになろう」だなんて思ったこともなかったけれど、この仕事は案外、困ったときほど役に立つ。2020年、パンデミックが始まった頃の感じと少し似ている。

そしてSNSを見れば、金継ぎ、イラスト、縫製……と、家で何かを作ったり繕ったりしながら、それを生業にしている女性たちが多くいる。子を育てながら、家の番人をやりながら、持てる技でしっかり金を稼いでいるのだ。

私は京都市立芸術大学というところに通っていたのだけれど、入学した頃は周囲から「え、将来食っていけるん?」とか「まぁお嫁さんになるんやったらええけど……」とか、どうしたもんか「芸術大学に行く=売れない画家になる」もしくは「お金持ちと結婚して優雅に暮らす」という大前提で認識されることが多かった。けれども卒業から10年以上経った今、磨いた技術で確かなものをこしらえて、しっかり飯を食っている学友は少なくない。

芸は身を助ける、だなんてずっと前から言われ続けてきたことだけれど、今の時代それはより強いものになっているのかもしれない。あらゆる仕事が効率化され、次々とAIに置き換えられていく中でも、人間臭い仕事は残る。つるりとした画面の先にある、人間の感情に触れたくなったり、量産品ばかりではなく、確かな手触りのあるものが欲しくなったり。そしてデジタルであれアナログであれ、インターネットで作品を個人間販売する市場は年々大きくなるばかりだ。

30代、あちらもこちらも……と手を伸ばそうとすると、思っていたよりもずっと無理難題が出てきてしまう。ここ数年ですっかり、「やりたかったこと、何でも出来る!」という無双感はなくなってしまった。今はどうしても、自由気ままには動けない。でも家の中からでも、限られた体力の範囲内でも、出来ることは残されている。そんな便利な時代に遭遇していることに感謝しながら、通院と家事の合間にこの原稿を書いている。


塩谷舞(Mai Shiotani)

1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)