「結婚式を挙げるなら、式場よりも先に“彼女”を押さえろ」と言われる人物がいる。ブライダルヘアメイクアーティストの服部由紀子さんだ。式場内や提携先の美容室でのヘアメイクが一般的なウェディングの現場。そこに「指名制」という新しいスタイルを確立させた。彼女の確かな手腕と信念に、Instagramでは13万人を超える人が熱い眼差しを向ける。

名古屋の小さなマンションの一室からサロンをスタートし、今や国内のみならず海外まで飛び回る服部さん。多忙を極める中、取材に応じる彼女は意外なほど “等身大のひと“ だった。「仕事にはとことんこだわりたい。でも人間だから、落ち込むこともたくさんあります。どちらの自分も好きです」。カリスマと呼ばれても、弱さを隠さず決して自分を飾ろうとはしない。

「どんな経験も、全てが今に繋がっている」と語る服部さんから、時に迷いながら働くすべての人へ。熱くてまっすぐなエールを贈る。


天職との出会い。あらゆる場所を駆け回った新卒時代

服部:もともと美容が好きで、高校卒業後は美容専門学校に行きたかったんですが、両親の意向もあって福祉系の大学に進学しました。けれど美容関係の仕事を諦められず、在学中も「福祉と美容がコラボできる仕事ってなんだろう」とずっと考えていました。

大学では福祉の現場実習があり、体に障がいがある方、ご年配の方……いろいろな方に出会いましたが、「どんな方にも喜んでもらえる」という点で、福祉と美容には共通するところがあるなと感じました。美容は、老若男女全ての人が平等に感じられる喜びなんだと。

服部:在学中に、あるフォトスタジオでヘアアレンジをさせてもらえることになって。そこでウェディング業界に出会ったんです。もう……なんて素晴らしい仕事なんだと。心から喜んでもらえて、自分がアレンジさせていただく立場なのに、ひときわ感謝や喜びの気持ちをいただける。どんどんハマっていきました。もうこの仕事しかない!って思いましたね。今でも天職だと思っています。

卒業後は新卒で結婚式場に就職しましたが、ここではヘアメイクの仕事だけではなく、アルバムの製本や皿洗い……ドリンクや料理の提供など、やれることはなんでもやりました。

服部:もちろん大変でしたよ!夜遅いことも朝早いことも当たり前でしたし、なんとか毎日を乗りきるしかなかった。でもね、振り返ってみるとすごくラッキーだったなと思うんです。一見すると遠回りでも、経験したことは必ず自分の力になっている。この時の経験が、確実に今の私に繋がっていると思います。

例えば今は、ヘアメイクだけではなく結婚式全体のプロデュースのお仕事もしています。全体の流れを考えるのはもちろん、ペーパーアイテムからアルバム制作まで全てを提案します。これができるのは、新卒時代の経験があったからです。

服部:私もそう思います。式に関しても「ヘアメイクの技術だけを提供すればいい」という感覚ではありません。”2時間半の披露宴”という限られた時間の中で、出席者全ての「感動」を生み出す仕事をするためには、スタッフがお互いの気持ちを理解してサポートし合う必要がある。

“あの頃”があったからこそ、「今誰が、どんなことを手助けしてほしいか」という気遣いができるのだと思います。多くのスタッフが関わり、その全員がいてこそ成り立つ仕事ですから、他の人がやっていることを理解できたほうが絶対にいい。

だから、決して“無駄な経験”なんてないと思っています。


誰に対しても「正直でまっすぐな姿勢」が信頼関係を生み出す

服部:嘘をつかないことです。誰に対してもまっすぐ、とことん誠実に。サロンのスタッフを採用するときにも、必ず面接の時点で伝えます。「失敗はみんなでカバーすればいい。でも嘘だけは絶対にやめよう」って。式場などのお取引先に対しても同じ話をします。「嘘や取り繕うことがとても嫌なので、腹を割って対等な位置で仕事をさせてください」――と。

発注する側・される側という立場ではなく、お互いに高め合える関係で一緒にいいものを作り上げていきたいんです。

これは、家族や友人に対しても同じです。嘘をつかず素直にぶつかっていくことが、相手からの信頼につながると思っています。

服部:もちろん!ウェディングのヘアメイクって、”花嫁さんの希望をぜんぶ叶える”っていうイメージがありませんか? それもひとつの正解だと思いますが、私はまず花嫁さんに「結婚式はお世話になった方々に“感謝”を伝える場。ご招待したお客さまへの“おもてなし”の気持ちが一番大事だよ」ってお伝えします。いろいろとご希望をお持ちの花嫁さんも、「そっか。私だけじゃなくて、お客さまが喜んでくれなきゃダメですね」と気付いてくださいます。

一般的な式だと、挙式・披露宴・お色直しと3パターンスタイリングが変えられるので、「完全なる自己満足と、お客さまが喜ぶこと、そしてパートナーが喜ぶことをしてみない?」って伝えると、スムーズに進められることが多いです。

服部:シャイで恥ずかしそうな花嫁さんには、「堂々と前に出ていくのもおもてなしだよ!」と励ましたり、「数百万円っていう大金を数時間で使い切るんだよね?めいっぱい楽しまないともったいないよ!」とか現実的なことを伝えることもあります。ここまで言うヘアメイクさんって、たぶんあまりいないですよね(笑)

でも一度納得すると、花嫁さんはみるみる表情が変わっていきます。お客さまへのおもてなしの心を持つと内側から輝いてくるんですよね。だから最高の一日にしていただくために、必ず最初に率直な話をしますね。

服部:「間(あいだ)で仕事をすること」を常に意識しています。

例えば映画作りでも、顧客のニーズを理解せずに、“作り手が作りたいもの”を作ってしまったら、それはただの自己満足になってしまいます。他の仕事でも同じ。結婚式は、さまざまな世代・性別・職業の人が集まります。もしも花嫁ひとりの視点で創り上げてしまったら、本当に伝えたいことが伝わらないかもしれない。だから私は、花嫁さんとお客さまの「間」に立って、それぞれの視点で仕事をする必要があるんです。

情熱ばかりでは失敗するし、頭で考えすぎても良い仕事にならない。

式場の方とのお話しの中でも、ヘアメイクの技術を提供するプロとして、「技術の安売りはしません」という現実的な話はしつつ、相手側視点での利益……例えば式場の成約率をどうやってあげるかまで、責任をもって考えたい。そういう意味でも中立を意識しています。


毎日が誰かの「一生に一度」。落ち込んだらとことん泣いて切り替える

服部:達成までの道筋を逆算して生活することでしょうか。ウェディングは時間との勝負なので、「次のタスクは2分30秒でこなす」とか、イメージすることが身に染みついています。

スタッフに頼み事をするときも、「これお願いするね、〇分で」って明確に時間を伝えます。だからスタッフも「これやります。〇分で」とか「次のミーティングは〇分後で」と伝えてくれる。“〇分”と発言することで、自分にタイマーをつけるみたいな感覚ですね。

服部:1円でもお金をいただいたら、“上手”なのは当たり前だと思うんです。成長の過程にある場合は仕方がない分もありますが、「仕事をするとは、お金をもらうとはどういうことか」を常に考える必要があると思います。

プライドって、「自分ってすごい、かっこいいと自信を持つ」みたいなニュアンスで使われがちじゃないですか? でも私にとって、プライドとは「準備をする」ということが全て。求められるものに対して、それ以上の達成をしたい。1秒、2秒の差で結果が変わってしまうからこそ、流れるようによどみない仕事がしたいんです。だからメイクルームでは、ブラシの配置ひとつにもこだわって準備します。

服部:あるある! 人間ですから(笑)。そういうときは思いっきり泣きます。ただし、“泣いていい”時間を決めるんです。場所も大事ですよ。布団とか自分がリラックスするところで泣いたら絶対ダメ。私の場合は「車に行って、5分」。思いっきり大声を出して号泣して、アラームが鳴ったら「はい、終了!」って車から出る。バタンと扉を閉めると結構スッキリしてたりね。

私、メンタルが強く見えるようで、「メンタルが落ちたときはどうしたら脱出できますか?」ってよく聞かれるんです。そんなときはこの方法をオススメするんですけど、実践した人からはけっこう評判がいいんですよ(笑)

服部:時間を無駄に使うのは、もったいなさすぎると思っちゃうんです。自分の足で自由に動ける年齢って……何歳くらいまででしょうか? 今は人生100年時代ですが、元気に走り回れる年齢には限界があると思うと、この仕事ができる残りの年数が見えてくる。ずっとやっていたいのに、もう残りが短すぎます。

だから躊躇していられないし、1時間もメソメソ泣いてるのと、めいっぱい5分泣くのとでは、55分も違う。だったらその55分を、誰かの「一生に一度」のために使いたいですね。


服部由紀子

全国の花嫁様から引も切らずに指名予約が入るヘアメイクアップアーティスト。日本全国にとどまらず、海外まで依頼をこなす。講師として国内だけでなく海外でもレクチャー。2022年にはMBS「情熱大陸」へ出演し話題に。アクセサリープロデュースや美容商品開発等、トータルビューティーのコンサルタントとしても活躍。著書に「どうせ24時間印象に残る女になれ」(KADOKAWA)
Instagram:@ceu0116 店舗アカウント 東京店 @ceu.tokyo 名古屋店@ceu_wedding

取材・執筆:紡もえ
編集:山口真央
写真:梶 礼哉