ガーナのスラム街には、先進国からさまざまなごみが集められています。有毒ガスをまき散らしながら焼却されていく、無数の電子廃棄物――それらを材料にアートを生み出すことで、環境や貧困の問題と向き合っている美術家が長坂真護さんです。

強い課題意識がインスピレーションをもたらす作品は、いまや年間1000点以上。アートで生み出した資金をガーナでの事業に還元し、現地に生きる人々の暮らしを変えようと力を尽くしてきました。もともとはさまざまな職業を転々とし、路上で自作の絵を販売していた時期もあった長坂さん。ガーナへの想いや取り組みの目標、一人ひとりができる社会貢献について伺いました。


ガーナと出会い、自分のアートに“志”が生まれた

長坂:絵は好きでしたが、自分のやりたいことははっきりしていませんでした。勉強もスポーツもできなかったし、社会に対して責任を負うこともなかった。いま振り返れば、社会に期待されたり必要とされたりする経験を、それまでしていなかったからじゃないかなと思います。バンドをやっていたので歌手になりたくて、でもそんなことを言ったらきっと親は許してくれない。新宿にある文化服装学院でデザインを学ぶことを口実に、地元の福井県から上京しました。はじめは何の目標も志もなかったです(笑)

長坂:昔から「どうして東京のすさまじいラッシュのなか毎日会社に通ったり、ネクタイやスーツといった堅苦しい服を身につけたりしないといけないんだろう。どうしてみんなはそれができるんだろう」という漠然とした疑問は抱えていたんです。「大学や専門学校を出たら、どうしてみんな当たり前のように就職するんだろうか」と。

じつは、僕は履歴書も書いたことがないんですよね。明日ごはんを食べるお金もないから、なんとか履歴書を書いてバイトをしなくちゃと思っても、書けない。「どうしてこんな紙1枚で自分の存在意義を提示しなければいけないんだろう」と考えてしまうと、もう手が動かないんです。だから、社会と自分の落としどころを探っていくなかで、さまざまな仕事に就きました。

そんな暮らしをしていくうちに残ったのが、絵を描くことだった。子どものころから好きだったし、学校でもデザイン画をたくさん描いてきたし……目標や志がなくても、絵を描くことだけは続けられたんです。

長坂:既存の社会は逸脱してしまったけれど、一方で、何かしら社会との接点がなければ存在できない、とも感じていたんです。いろんな人が歩いている外国の路上なら、自分のセンス次第で面白い出会いがありそうでしょ。「誰かとすごい出会いをして、そしたらどこか遠くまで行けるんじゃないか?」という淡い期待がありました。……いま振り返るとなんでもかっこよく聞こえちゃうかもしれないけど、そこにも特別な志はありません。毎月1枚の絵が数万円で売れればいい。楽して生きたい、と思っていたんです。

お金を稼ぐために、電子機器やブランド品のバイヤーなんかもやりました。先進国を渡り歩いてバイヤーをしているだけで、渡航と暮らしの費用くらいは稼げましたね。ただ、ある日見かけた雑誌「Forbes」でフィリピンのスモーキーマウンテンの記事が目にとまり、衝撃を受けました。そこからゴミの問題をいろいろ調べていくなかで世界最大の“電子機器の墓場”と言われる、ガーナのスラム街・アグボグブロシーの情報に行き着いたんです。自分は社会になじめないなりに、生きるために絵を描いたりバイヤーをしたりして、誰にも迷惑をかけていないと思っていた。でも、電子廃棄物を燃やすことで、死んでいく街があると知って……そんな消費活動を早めているのは自分自身だと感じ、ガーナを訪れたんです。

長坂:プラスチックの焼けるにおいや、ガスマスクも付けられずに有毒ガスを吸い続ける子どもたちを目の当たりにして、いよいよ目が覚めました。あれは、行き過ぎた資本主義が作り出した墓場です。「こんな社会をつくる側の一員でいてはいけない」「誰かを犠牲にしないで済む世界がつくりたい」と感じ、スラムの廃棄物をかき集めてアートをつくろうと思いつきました。ごみでつくったアートの売上をガーナに還元すれば、きっとスラムを変えていけるはず。とてもわかりやすい、サステナブルなプロジェクトですよね。そうして描いた一作目のアートが、大成功したんです。それまでは何をやっても大当たりなんてしなかったのに、その作品には1500万円もの値がついた。自分なりの芸術を活かして、大きなうねりが起こせると思いました。


アートを起点に、ガーナで「循環性のある仕事」を生む

長坂:確かに、最初は「ごみはどうやったらアートになるんだろう」と悩み、制作に半年ほどかかりました。でも、手を動かし続けるうちにだんだんと輪郭が見えてきて、いまは着想や制作に苦労はありません。アイデアはいくらでも湧いてきます。大変なのは、時間との闘い。年間1000点を基本一人で制作しているため、作業時間の確保は至難の業なんです。毎日17時までは制作にあてたくて、会議や取材などは入れていません。

でも、いくらつくっても飽きないんですよ。絵を描き始めた20代のころ「絵が好きか」と聞かれたら自信を持って答えられなかったけれど、いまは世界で一番愛しているものがアートだと言いきれます。息をしたり歩いたりすることって自然すぎて、誰もいちいち意識を向けないでしょ? いま僕にとってアートをつくることはそれと同じ。趣味嗜好や想いを超え、自分の神経と直結している作業です。自分がこの社会に祝福してもらったきっかけはアートだから、一生絵描きでいたいという想いもあります。2023年の8月には個展も開催するので、ぜひ作品をご覧になっていただいて何かを感じていただきたいです。

長坂:アーティストの仕事は、僕にしかできないからです。でも、工場や学校をつくれば、ガーナの多くの人たちが従事できるかたちで、“循環性のある仕事”を生み出せます。いま進めている主な事業はアートのほかに3つで、ひとつはリサイクル事業。電子廃棄物のプラスチック箇所をリサイクル処理することで、環境負荷を最低限に抑えながら、物理的にごみを減らします。2つ目の農業は、ガーナ国内で栽培実績があるモリンガやシアバター、コーヒー豆を生産し、電子廃棄物の野焼きで汚れていた空気をもきれいにしていく事業です。3つ目のEV事業では、電動バイクや電動キックボードを製造し、高水準の給与が継続的に渡せる雇用を生んでいます。

長坂:現地の工場には35名の従業員がいますが、日本人は僕だけで、8割がスラムに暮らしていたガーナ人です。でも、僕がしているのは、役割を与えることだけ。細かなやり方は現場に委ねているし、この機会を通じて自分の人生を切り拓くのは彼ら自身です。そうした緊張感があるから、それぞれが自分の仕事に全力で取り組んでくれているし、運営で困ることはさほどありません。そして、仕事と向き合うときの緊張感は僕だって一緒。アートの売り上げの5%を自分の給料に、残りを工場などの運営に回しているので、最低でも毎年1億円くらいは売らなくちゃいけないんです。東京の事務所にも、不必要に手厚い保障を受けている社員はいないし、みんないい緊張感をもって仕事ができていると思います。

長坂:先進国の手厚い就業保障や終身雇用を支えているのは、直接的ではないにしろ巡り巡って、スラムなどの劣悪な環境で働く労働者たちだと考えているからです。だから、僕たちの会社ではそういうインセンティブは付けません。でも、働く本当の喜びを得られる場所だとは思っています。ガーナに貢献するための事業にとことん打ち込むことで、自分にも大きなギフトがあるんです。


自分のエネルギーを、あなたは何のために使うのか?

長坂:全体の達成率はまだ0.3%というところですが、まずガーナで30名以上の雇用をつくれたことはうれしいですね。でも、目指すのはガーナの1万世帯に仕事を提供すること。歩みを止めることなく、年間0.3%の達成を一生積み重ねていくしかありません。

長坂:はい。でも、いまはもうその目標を謳うのはやめました。リサイクル工場はつくってしまったし、100億円以上の資金を集めること自体には意味がない。「ガーナにとって有益なことは何だろう」と改めて考えた末、いまはスラム撲滅のために「100億円規模の事業で一万人の雇用を生む」ことを目標としているんです。正直なところ、絵が描けて営業ができれば、だれでもある程度のお金は集められると思います。大切なのは、集めたお金をどう使っていくか。きちんと事業や組織を組み立て、ガーナに還元できる仕組みを継続的に整えていきたいんです。

長坂:だって、スラムを撲滅するのは難しいと思ったら、何も進まないですから。あえて「絶対にできる」「簡単だ」と思うようにしているんです。

長坂:昔は「サステナビリティ」という言葉さえ知られていなかったから、だいぶ意識されるようにはなってきていますよね。ただ、既存の枠組みがあるなかで、急に事業をサステナブルなものに切り替えることが難しいのもわかります。エンジンで動く車を作っていた会社が、環境にいいからといって電気や水素の車に生産を切り替えた場合、苦しむ下請けがたくさんいるでしょうし……だから、社会って難しいんですよね。

そんななかでも大企業が続々とサステナビリティ部門をつくるなど、できる施策を最大限に実行していく流れができてきたことには、いい風を感じています。

長坂:まずは、自身のなかにある「やりたいこと」を見つけるために、自分と向き合う時間も大切にしてみてほしいです。社会に出るとつい労働という義務にのみこまれ、自分のクリエイティビティや哲学を見つめる時間がなかなか取れなくなってしまうけれど……僕は就職もせずにふらふらと世界を渡り歩いたからこそ、スラムにたどり着き、絵を描く意味を見つけることができました。そうやって自分の持つエネルギーを見つけたら、今度はそれを、人を助けることに向けてみる。

社会人として働いているなら、自分がものをつくったり、サービスを提供したりしているそのスキルを活かして、人を助けるのか、苦しめるのか? ……使うエネルギーが同じだとしたら、僕は人を助けるために絵を描きたくて、取り組みを続けているんだと思います。


長坂真護

1984年生まれ。2009年、路上の絵描きとなり世界を放浪後、2017年に世界最大級の電子機器の墓場と呼ばれるガーナのスラム街・アグボグブロシーへ向かう。それ以降、スラムの人権と環境保全を改善するため廃棄物で作品を制作し、その売上から生まれた資金で、現地にアートギャラリー、リサイクル工場建設、オーガニック農業やEVの事業を展開。経済・文化・環境の3軸が好循環する新しい資本主義の仕組み「サステナブル・キャピタリズム」を提唱し、2030年までにガーナ人10,000名の雇用創出を目指す。スラム街をサステナブルタウンへ変貌させるため、日々精力的に活動を続けている。2022年上野の森美術館にて自身初となる美術館個展を開催。第51回ベストドレッサー賞(学術・文化部門)受賞。ガーナに「MAGO MOTORSLTD」を設立し、現在ガーナ人数十名の雇用を創出している。2023年8月23~28日には、日本橋三越本店本館7階にて「長坂真護展」を開催。

取材・執筆:菅原 さくら
編集:山口 真央
写真:KEI KATO