22歳で『作ってあげたい彼ごはん』(宝島社)を出版し、シリーズ累計370万部を超える大ヒット作を生み出した料理家のSHIORIさん。自ら海外に飛び出し、世界各国での料理留学を経て、アトリエ兼料理教室『L'atelier de SHIORI』や、ファラフェルサンド店『Ballon』をオープンするなど、着実に「自分のやりたいこと」を形にしてきた。

そんなSHIORIさんは、27歳で結婚。2019年に出産した第一子に重度の難聴があることが判明し、当初は不安を覚えたという。そんな中で突入したコロナ禍により、大切なアトリエも手放すことに……。押し寄せる不安と正面から向き合い、家族とともに、柔軟に変化していく道を選んだSHIORIさんに、「不安や悩みを乗り越え、自分らしく働き、生きる」ためのヒントを聞いた。全ての働く人に贈る、SHIORI流 “好循環”とは。


「幸せ」の定義を180度変えてくれた、夫と息子

SHIORI:ありがとうございます。自分の気持ちを文字にするのはとても時間がかかりましたが、あの記事を書いてから、本当にたくさんの方からメッセージをいただきました。

息子は、生まれてすぐ先天性の重度の難聴であることがわかりました。コロナ禍も相まって先が見えず、私は当初、不安でたまらなかったんです。でも、隣にいる夫は不思議なくらいずーっと楽しそうだった。夫は常に「いま」を見つめていて、日常にある些細な幸せを見つけるのがとても上手なタイプ。対して私は「仕事大好き人間」で、野心も闘争心も、夢もあった。ずっと無我夢中で走ってきたからこそ、息子の難聴と、コロナ禍とが一気に押し寄せてきたときに、辛くなってしまったんです。

でも、ステイホームを余儀なくされるなか、家で過ごす毎日を全力で楽しむ夫の、“ものの見方・考え方”に触れて、すごく良いなと感じて。少しずつ私の中の「幸せの定義」が変わっていきました。「家族で一緒に仲良く過ごせること、それが一番の幸せなんだ」と。今の幸せをかみしめられるのは、夫の影響が大きいですし、「私には家族っていう最強のチームがある」って思えるようになったんです。

SHIORI:私はひとりでいると考え込んでしまうタイプ。でも、「家族」というチームがあれば、どんなことも乗り越えていける。夫がそばにいてくれれば大丈夫だって心から思えたのが、出産からコロナ禍の時期でした。

出産当時を振り返ると、私の不安は「息子の難聴に対する無知や見通しの立たなさ」にあったんだと思います。自分の知らない未知の世界って、圧倒的な恐怖を感じるんですよね。

当時は、難聴というキーワードについて調べること、知ることでさえ怖かった。新生児の難聴って、疑い始めてから確定するまでに数ヵ月かかるんです。息子も例外ではなく、「もしかしたら聞こえているかもしれない」「ちょっと反応が鈍いだけかもしれない」って希望を持つたびに、「目の前の息子はやっぱり音に反応しない」という現実がその希望を打ち消す――。数ヵ月間はその繰り返しでした。

でも、今だから言えますが、難聴についての正しい知識さえあれば、必要以上に怖がる必要はなかったんです。夫と一緒に知識を得るにつれて、少しずつ、恐怖や不安が払拭されていきました。

息子は現在3歳。3歳になる頃から、少しずつ言葉が出てきたんです。「うれしい」「たのしい」「ありがとう」って。息子が自分の気持ちを言葉にして、一生懸命伝えようとしてくれるのが、たまらなくうれしいです。


目的はぶらさない。手段だけを変えていく

SHIORI:そうですね、悩み抜いて決断しました。私にとってのアトリエは、生徒さんたちと対面で向き合うことができるとても大切な場所でしたから。コロナウイルスが蔓延し、対面でのレッスンができなくなってしまったこと、そして息子の療育に向き合う時間を作るための選択でしたが、やっぱり、生徒さんたちと一緒に終わりを迎えたかったという心残りはありました。

だけど、長年の夢だったアトリエを立ち上げてからの約6年間は、生徒さんたちに全力で向き合ってきました。心残りがある一方で、「やるべきことは精一杯やれた!」という清々しい気持ちもあったんです。アトリエをクローズしたからといって、生徒さんたちと築いた絆が切れるわけじゃないって。

今はオンライン料理教室に形を変えましたが、結果としてもっと多くの生徒さんたちとつながれるようになりました。オンラインだから、世界中からレッスンに参加してくれるんです!もちろんアトリエ時代からの生徒さんともつながれるので、私にとってまたかけがえのない大切な場所ができました。夫や妹にも手伝ってもらって、試行錯誤しながら運営しています。
※オンライン料理教室「L’atelier de SHIORI online」。2023年3月現在は、世界約30カ国、約1万人の受講生がいる

SHIORI:そうですね、これまでもメディア出演や執筆、アトリエでの料理教室と、さまざまな活動をしてきました。現在は、お店の経営や、オンライン料理教室の運営などをメインに活動していますが、どんな活動においても、私の軸は「料理の楽しさを伝え広める」ことなんです。これだけは、ずっとぶれていません。「目的をぶらさず、手段だけを変える」ことを意識しています。

ライフスタイルの変化や、コロナ禍など社会の流れに合わせて、手段を変えていく。これってとても普通の、自然なことだと思っているんです。同じやり方に固執しないほうが、自分の可能性を広げていけるんじゃないかと。振り返ってみると、これまでの人生もずっと「変化すること」が普通だったんだと思います。

SHIORI:怖くはないですね。私のチャレンジ精神は、短大の頃の大失恋と就職活動全敗してしまったところから始まりました。そこで、「これからは好きな事をして自立して生きる!大好きな料理を仕事にする」って決意したところが私の原点です。結婚後には、順調だったメディアのお仕事をお休みして、料理留学にも挑みました。やっぱり、自分の成長とともに、やりたいことや価値観は変わっていくものだと思います。むしろ、チャレンジせずに後悔したり、同じところに留まり続けることのほうが私は不安に感じちゃいますね。

次々と新しいことにチャレンジしていると、「中途半端だ」とか「飽きっぽい」とか言われることもあるんです。もっとも、私が『彼ごはん』シリーズを出版したときも、各所から「前例がないから売れるわけない」って言われたんですよ。だけど、私は目の前のことに夢中になっているから、まったく耳に入ってこない(笑)。圧倒的に結果を出せばいい、って思うようにしています。


「本当にやりたいこと」と向き合うために、何かを手放す

SHIORI:もうこれは、「やらないことを決める」に尽きます。

私がそうなんですけど、本当はあれもこれも全部やりたいですよね。でも現実的には、1日は24時間しかない。だから、自分と向き合って「自分にとって本当に大切なものは何か」を見定めて、優先順位をつけてみる。そして次に、勇気をもって大切なこと以外は手放してみる。そうすれば、自分にとって大切で本当にやりたいことに集中できると思うんです。

SHIORI:たくさんありますね……。コロナ禍や息子の療育をきっかけに、レシピ本の出版や取材、講演など、メディア関連のお仕事はほとんど手放しました。本当はやりたいんです。だけど、こういったメディアの仕事は、常に締切りと隣り合わせ。療育のためには心のゆとりが大切なので、いったん新規のお仕事はお休みすることにしたんです。

引き受けるお仕事の量は調整していますが、「大好きな料理を仕事にする」っていう本質的な欲望は満たされている。結果的に家族で過ごす時間も増えて、自分らしく働けていると実感できています。好循環が生まれていると思います。

とはいえ、なかなかひとつのものを手放すのは大変だし、不安ですよね……。勇気が要ることですが、時間や気力に余裕が出てきたら、また戻せばいいと思うんです。私もいつか、時間に余裕が出てきたらもう一度やりたいことがたくさんあります!

SHIORI:よく言われます(笑)。私って、ポジティブな性格に見えますよね? でも実は真逆なんですよ。家族や近しい友人は、私のことを「スーパーネガティブで、心配性で、気にしすぎる性格」だと思っているはずです。きっと。

心配性だからこそ、万全な体制でレッスンに臨むために、入念すぎるくらいに準備する。同じやり方のままでいることも不安で、手段をどんどん変えていく。気にしすぎる性格だから、自分の言葉に傷ついている人はいないか、裏の裏まで想像してしまう。ポジティブどころか、かなりのネガティブなんです。

でも、ネガティブが悪いことだとは思いません。ネガティブだからこその準備力や、優しさは強みでもあると思うんです。無理して前向きでいる必要はないと思っていますし、こういう自分と向き合っていくのも悪くないかなって。


完璧じゃなくていい。助けを求めることが、人と人の“好循環“を生み出す

SHIORI:抱えているものが多すぎたり、「あれもこれも、できてない!」と焦ったりしてしまうと、気持ちが圧迫されちゃいますよね。でも、世間にただよう、「こうあるべき」といった“ものさし”に、自分を当てはめる必要はないと思うんです。

とくに女性は、「完璧でなければならない」と抱え込みすぎている方が多いような気がします。「完璧じゃなくてもいいんだよ!」って、声を大にして伝えたい。

私自身、料理は大好きで、集中力も続くし底なしのエネルギーが湧きます。でも、掃除や片付けは苦手で全くできない。それに忘れ物も多くって、息子が保育園に持っていく物もしょっちゅう忘れます。夫からは「仕事ができるポンコツ」って言われてるくらい(笑)。

SHIORI:そうですね(笑)。でも、それでいいじゃないですか。そのぶん、自分が得意なこと、できることで役に立てばいい。苦手なことを無理に頑張るよりも、好きなことや得意なことに費やすエネルギーは枯れにくく、持続可能ですから。

そもそも、人ってそこまで完璧にはなれないと思うんですよね。だからこそ、周りの人に頼って、ときには頼られて……そうやって、社会は成り立っている。完璧を目指す必要なんてないし、できることで還元していけばいいんですよね。

SHIORI:私も、夫や妹、友人や家事代行サービスなど、たくさんの手を借りまくってます(笑)。人を助けることは尊いことだけれど、自分から「助けて!」って言えるのも同じくらい尊いことなんじゃないかと思うんです。

助けを求めることで、相手にも役割や仕事が生まれますよね。自分が完璧人間だったら、そんなつながりも生まれません。そう考えたら、助けを求めることのハードルが下がってきませんか?

その代わり、何事も「当たり前」と思わずに、ちゃんと「ありがとう」を伝える。「ありがとう」って、相手の行為や存在そのものを受け入れることですよね。相手に自分の喜びが伝われば「またやってみよう!」と未来の優しい行動を後押しできるかもしれない。その積み重ねが、家族であれ他人であれ、温もりのある関係につながっていく。

どんどんテクノロジーが発展していって、自分ひとりでできる範囲も広がってきています。でも、人間同士の、温もりのあるつながりを絶やしちゃいけない。自分からつながっていくのって、大事だと思うんです。私はこれからも、自分からたくさんの人とつながりに行きたいと思っています。

 “おいしいヴィーガン”を広めるためにSHIORIさんが経営するファラフェルサンド店『Ballon』にて

SHIORI:まさにそうですね!人と繋がって、温もりのある循環を生み出すことが、仕事であり、働くことであり、生きることだと思います。

仕事って、どれだけ相手に幸せになってほしいか、その本気度が質となって表われるものじゃないかと。その本気度が相手に伝わったら、喜んでもらえて、応援してもらえる。そしたら「また頑張ろう!」ってエネルギーになって、自分に還ってきますよね。そんな好循環を生み出したいから、働くことがやめられないのかもしれません。


<プロフィール>
SHIORI/料理家
レシピ本『作ってあげたい彼ごはん』をはじめ、著書累計は400万部を超える。フランス・イタリア・タイ・ベトナム・台湾・香港・ポルトガル・スペインでの料理修行経験があり、和食にとどまらず世界各国の家庭料理を得意とする。代官山のアトリエでは6年間料理教室『l'atelier de SHIORI』を主宰し、2020夏からはレッスンの場をオンラインへと移す。一児の母で、家族が喜ぶ家庭料理を幅広く提案している。


取材・執筆:北村 有
編集:山口 真央(ヒャクマンボルト)
写真:梶 礼哉(studio.ONELIFE)