テレビに出る仕事をしている。

最初、本を出した時「負け美女」というタイトルがキャッチーだったからか、「ゴロウデラックス」という番組で本を紹介させてもらえたのだ。初めてのテレビ出演で稲垣吾郎さんと小島慶子さんと共演だなんてとてつもないことだ、家でずっと介護していた日々とのギャップにくらくらした。姉に「すごいで! 吾郎ちゃんやで! 小島さんやで!」と報告したのをよく覚えている。吾郎さんは、優しく傾聴してくれ、話しやすい空気を作ってくれた。小島さんは寄り添いながらも、私が言語化できなかった気持ちを言い表してくれた。今でもテレビデビューで共演したのがこのお二人だったことを自慢に思っている。おばあちゃんになったら、この話ばっかりすると思う。

「負け美女」というタイトルは、いわゆる「美女」であろう友人たちに飲みながら話を聞いてみると、人生イージーモードどころか「めっちゃ大変な経験たくさんしてる」と思って綴った話だ。今となっては友人たちを「負け」「美女」とカテゴライズしたことに心から反省しているが、彼女らの話してくれたエピソードは私にとって一生の宝物で、彼女らがいなければ私は本を出してテレビに出ることもなかった、キャリアの……命の恩人である。この深い感慨は前回書いた、介護時代の話とつながっている。

そこからありがたいことに、12年間なにかしらテレビに出る仕事をやっている。当初「エッセイストが本業である」と思っていたけれど、自分の言いたいことを表現するという意味ではどちらかを本業と括るのも違うなあという気持ちに変化もした。

最初は、「仕事をなくしてはいけない!」「テレビに順応しなければ」と焦り、本来の自分とは違うキャラクターをやることもあった。「負け美女」という本を書いたから、「負け美女」を自称している人だと思われることが多く、SNSに批判的な意見もたくさんきた。電車の改札を出る時に気がついたら泣いていたこともあった。「でも、自分でそのキャラを演じてしまったし」と最終的には自分を責めて泣くのだ。

「仕事が減ってもいいから」と偽ったキャラを演じるのはやらないと決心したら、特に仕事が減るわけでもなく心地よく出演できるようになり、「過度にテレビ的であろう」としていたのだなと痛感することになる。そこからはコメンテーターの仕事が多くなってきた。

コメンテーターの仕事は「一番弱い立場の人のことを考える」をベースに「知ったかぶりをしない」「人を傷つけないよう最大限の努力を怠らない」「データは裏付けがあるかチェックを怠らない」が自分のルールだ。コメンテーターをやるなかで「児童虐待防止」という自分が一生かけて向き合いたいテーマが生まれ、「#こどものいのちはこどものもの」という児童虐待防止チームも発足し、人生が変わった。最初は「自分なんかが出て良いのか」という葛藤もあったし、今もそれはあるけれど、今困っている子どもや弱い立場の人について勉強しながら、なんとか現状をお伝えする力に少しでもなれたら、という気持ちだ。

最近はバラエティで俳句に挑戦しており、俳句の楽しさにワクワクしている。コメンテーターでは直に専門家の話を聞けて、バラエティでは新しい扉が開いたり、芸人さん同士のスーパーサイヤ人のようなコミュニケーション芸を目の当たりにできる。テレビは本当に面白いのだ。

ここまでテレビの仕事を振り返ってきたけれど、そんな中一番怖かったのは産休・育休だった。フリーランスだから、テレビを休んでいる間は無収入である。せっかくのレギュラーの席を休むというのだって怖い。レギュラーに復帰できるかどうか不安で不安で仕方ない日々。子どもが生まれたらこれまで以上にお金がかかるのに……。フリーランスと子育ては、それはそれでしんどいところがたくさんある。保育園だって認可は全部落ちた。「家で仕事をしているんだから見られるでしょう」という判断なのかもしれない。また、子どもといる時間の確保と、仕事の量のバランスでも悩むことになる。基本、仕事はキャパよりも多めに受けてしまっていた。フリーランスは仕事を断るのがとても怖いのだ。

先日シッターさんの予定が合わず、娘と一緒にテレビ局へ行った時、楽屋に叶美香さんが挨拶に来てくれた。千疋屋のフルーツサンドを渡してくださったのだが、光り輝く衣装を纏い、圧倒的オーラを放つ美香さん。「わあ、スターだ!」とはしゃぎ、きゃあきゃあとマネージャーさんと喜ぶ私。それを見て娘は「楽しいね」と言った。

私の働き方は「正しい」のか「正しくない」のか、ちっともわからない。「あの時の判断は正しかったのだろうか」と悶々とすることもある。でも、私が楽しいと思って仕事している姿が娘に伝わるなら、悪くないと思うのだ。


画像: 出演する(でる)仕事 犬山紙子<第二回>

犬山紙子(イラストエッセイスト)
仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職。20代を難病の母親の介護をしながら過ごす。2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書き始めたところネット上で話題になり、マガジンハウスからブログ本を出版しデビュー。現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで粛々と活動中。
2014年に結婚、2017年に第一子となる長女を出産してから、児童虐待問題に声を上げるタレントチーム「こどものいのちはこどものもの」の立ち上げ、社会的養護を必要とするこどもたちにクラウドファンディングで支援を届けるプログラム「こどもギフト」メンバーとしても活動中。その反面、ゲーム・ボードゲーム・漫画など、2次元コンテンツ好きとしても広く認知されている。

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